第88話 ドラゴンの慟哭

 ダッシュガヤはいくら命令しても動く気配の無い軍団を、高みから眺めていたが、段々とつまらなくなって来た。

「もう良い。打つでない。放って置け」

そう言うと玉座に腰をかけ、脚を組み、右手に扇子を持ち、左手をこれで打ちながら苛立っていた。

「我とてもあの柵がなんのためのものか 、それくらいは分かっておるのじゃが。相手の策に乗っても、力で押しつぶしてやろうと言う気持ちよ。奴らに覚悟がないと言うことか」

頬に左手をあてがい、扇子で自分の口を隠し、小さな声で自分に聞かせれように言い放った。

「もう良いわ。ここまでじゃぁ。後は好きにするが良い。そう全軍に伝えい」

ダッシュガヤは大声で言い放つと扇子を腰に刺し、剣を握り、盾を持ち、玉座から降り立った。


すると、控えの将軍サヨウテが慌てて側に近寄り平伏し、ダッシュガヤに進言しました。

「我ら一万を持ちまして、今柵前の空堀の水門の奪取を成功いたしました。もうしばらくお待ちあれ、すでに我が手中となったからには前進が始まります」

これを聞き、ダッシュガヤは軍団を眺める所に出て来た。みると今や自軍は奮戦中、敵の柵にたどり着き、壊さんと攻め込んでいるところが見えて来た。


「ふふん。まぁ良いわ。早く中つ国を落とせばよし、然もなくばどうなるかわからんぞ」

ダッシュガヤは玉座に座ると戦況報告を求めた。

「まだ先ほど戦端が開かれた所です。しばらくお待ち下さい」

そう言って、サヨウテは早く報告を上げろと兵達に伝えた。


しばらくして、左の陣地に攻めかかっていた部隊から第八柵を攻略したとの報告を受け、ダッシュガヤはやっと落ち着いて来た。次々と柵の攻略の報告が続く中、将軍の討死の報も届くようになり、サヨウテの顔は俯き加減になって来た。


「おぬしも我に怒っておろうな。無理な攻撃を求めてばかりで」

「いえ。武人は死ぬのが使命。決して命の炎消えるとも恨む事なき身の上」

サヨウテはそう言って次の間に下がり、報告の来るのを待っていた。敵の柵は五十はあったと思うがもう三十が落ちている。もう少しで全てが落ちると予想していたサヨウテであったが、ここに来て討ち死にする将軍の数が増え続け、戦況は動かなくなってきた。特に三十五番の柵の守り手が強硬で、すでに攻めかかる将軍を十人は討ち取られているとの報告が寄せられて来た。


 慌てて物見台から見るサヨウテは、柵に兵が蟻のように群がる中、剣を振りかざし、決死の覚悟で守る相手の将軍の姿に涙した。

「なんという事だ。何と!」

将軍サヨウテは慟哭し、物見台で指示を出していた兵達が皆振り返った。

「将軍。どうしたのですか」

そう言ってサヨウテに近寄って話しかけたソウカは、その後ろにダッシュガヤの姿を見て恐怖した。次の瞬間、サヨウテの髻をダッシュガヤの左手はつかんでいた。その首を物見台に立ちすくむ兵達に向かって放り投げ笑った。

「ワハハハ。このくらいの事で何を戸惑う。愚か者どもが」

その身は半身に返り血を受け、ナラニオは赤く光りかがやいていた。一瞬の事で立ち尽くす兵士をぐるりと見まわした後、玉座に横に置いてあった盾を手に持つと自軍の陣を後にした。


 支配する者が居なくなっても戦は続く。敵の陣地に懸命に攻め込む武人と死を覚悟した兵の抵抗。多くの死がそこら中に溢れかえる戦場。狂気の佇むその場所に大きな声が聞こえた。


「ギャオ〜!」

この一声に誰もが動きを止め、敵味方ともに声のした方をみた。それはダッシュガヤ軍の後方から聞こえて来た。多くの兵達は黒い塊が後方に蠢く姿を見た。


「あれは何だ。ドラゴンではないか」

味方の兵はなぜ今頃出て来たのかわからず唖然とした。敵側の兵はくる時が来たと覚悟を決めた。


ダッシュガヤはドラゴンの上に乗り、剣を天に指し示し、盾を胸に抱えていた。

「何という事。黒いドラゴンは出ぬ筈。これはどうした事か」

中つ国の大臣バルバは血の気が失せていた。それでも兵の者共に下知することを忘れず、一人剣を手に持ち駆け出さんばかりであった。

「バルバ殿。あまり興奮為さるな。あなたが居なくては誰がこの戦いの行方を見届けます」

ソレアは笑いながらバルバをなだめながら黒いドラゴンを見て居た。

「やはりアキオ様が言っておられたようにツノがない。禁忌のドラゴンか」

「この戦いは大詰めを迎えた。水門を奪われた時は悩んだが。これは悩みというよりも災いというべきか。ソレア殿。後ろに控えし兵どもに退却を指示しようかと思うのだが」

「ミランダ殿。安心なさい。あなたの叔母御の言葉お忘れか。どちらにも勝負の権利があると言われておったではないか。まだ勝負は決まってはおらん」

「そうだな。が、なぜ奴は出て来た。あそこにいることは当にわかって居たこと。ダッシュガヤは我らが知っているにも関わらず、会合に出て来た」

「それは分からぬ。仕方のない事」


 二人は戦場を眺めて居た。ドラゴンの炎に焼き尽くされると震える兵達。彼らが見上げると笑いながら話す二人の女の姿を目にする。多くの兵達が逃げ腰になっている最中、何か珍しいものを見て、二人で楽しんでいるような雰囲気に兵の士気は己が上にも高まり、攻め来る兵士を圧倒し始めて居た。最初の攻撃から攻め込まれて押されて居たものが押し戻しつつあった。しばらくしてどうにか元のいちに押し返し、雄叫びをあげる兵士に敵も見方も声をあげ、賞賛を惜しまなかった。

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