第58話 クルドの目覚め
湖のほとりでゲルニカ達は祈祷をしていた。毎日毎日祈り続けていた。自分達の安寧の為、何とか早く目覚めて貰いバクラを滅ぼしてもらおうと考えてのことであった。その光景を見ていてアキオは笑いながら呆れていた。どの様な集団でも幾らかは遊ぶ者がいる。だが、ゲルニカの集団は狂った様に祈りを捧げているのがわかる。それはもう狂おしい程に健気で、食う事さえ忘れる程であった。恋の季節に相手を求め、食うのも忘れ、さまよう事は多くの事例で知ってはいたが、この様な必死さを見たのは初めてであった。
「早く目覚めて下さい。きっと強くなってて下さい」
カールが声をあげて祈願している。シャーマンであろうか、カエルの癖に蛇の格好をして飛んだり跳ねたりするものや、泥だらけになり、手足を振りながら走り回り、鳴き続けているものもいる。最初は静かにやっていたものが、段々と興奮して来て今や大きな音を出しても注意しても、ゲルニカ達は狂った様に踊り出した。もうこれでは誰も止めようがなくなった。ネズミが暴走を始めると海岸線を突っ伏して飛び込み、集団自殺するかの様に誰の言葉も大きな音さえ気にもとめずに騒ぎ出したのである。
そんなお祭り騒ぎが続いている時、大きな音が聞こえた。
「ガッガン。ガッガン」
と二回大きな音がした。その音にゲルニカ達は静まり返った。それは紛れもなくバクラの発する声であった。ちょうどバクラはアの国に行きかけたが、後ろから聞こえて来たゲルニカ達の声に引きつられ、そっちの方に戻ろうと立ち止まり、鳴き声をあげたのであった。
「オイッ。きゃつめ逃げるぞ。我らが火を恐れたのではないか。火にはやはり弱いのであろう」
「いや、あの岩が問題なんだろう。奴の体は鱗がない、だから体に刺さり痛いのさ。これから大岩を投げつけようと考えていたが、間違いなくやっつけられる」
「お前達の言う事、最もである。多くの実情が奴の弱点を示していると思われる。王様には攻撃するなと、きつく言われているが、今が攻撃の好機と見た」
軍議で決まりアの国の軍隊はバクラを攻撃した。バクラだって食ってばかりでは腹が一杯になり、食えなくなる。そんなバクラの状況が弱り目に見えたのであろう。何もしなければ湖に帰るものを攻撃したものだから、バクラはアの国に進み始めた。当初は攻撃に苦しむ様に見えたが、排泄を終えスッキリすると、その進む速度は尋常でなく、当初の破壊を思い出させる速度であった。アの国の国境には大きなバクラのウンチがゴロゴロしており、大変臭かった。
アの国の王は当初の戦況を聞いて楽観視しており、怪物は弱って来ており、もう退治できるぐらいに考えていた。この時、一人の兵が慌てて謁見の間に入って来た。
「申し上げます。怪物が反撃を始めました。第三軍団、第五軍団は消滅。さらに第四、第一を飲み込まんと迫って来ております。どうかさらなる援軍をお願いしたいとラテヤ将軍が申しております」
王はどうしたものかと思案していると、次の伝令が到着。
「申し上げます。ラテヤ将軍戦死。前衛の軍全て消滅。控えの第二軍の指揮官カイム大将が防衛の責を引き継ぎました。なお、カイム大将の御指示で各防衛拠点を死守する様に名が下され、各地の軍は臨戦態勢にあります」
報告が終わらぬうちに次の伝令がくる。王は「なんだお前は」と、つい苛立ちの言葉を発した。
「申し訳ありません。我が王よ。後は来るまいと思います。さればカイム大将最後のお言葉お伝え致します。我死すとも御国に栄えあれ。王の栄光は永遠にあり。全軍死力を尽くし、攻撃まいらせ給う。以上です」
これを聞いて王はガクッと気持ちが折れて、兵の問いかけに何も答えることができなくなった。王の側近は慌てて、首席大臣のアリテイヤを呼びにやった。
アリテイヤは王の前に立ち、ガテヤを召し出し、ソレアをして怪物を止めさせようと進言した。急いで伝令がガテヤの家に向かった。
湖のほとりでは多くのゲルニカ達が怯えていた。ある者は湖の中に逃げ込み、ある者は木に登り、また多くのゲルニカ達は腰が抜けた様に地面に座り込んでいた。
「大変だあ。動けない」
カールも腰が抜けた者の一人だった。
「気にするな。来たら来たらでやりようもある。クルドも目覚めが近い様に思う」
「アキオ様、本当ですか」
「ああ。クルドは起きる時、ああして目玉を動かすのさ。心配するな」
カールとそんな会話をした後、一日ほどでクルドは目を覚ました。
「あ〜ぁ。腹減った」
クルドは何とも緊張感の無い言葉を発して起きた。それはクルドと言うドラゴンの新たな姿への変化の一歩の筈だった。だが、クルドの体は大きくはならず、色も変わらなかった。外見に変化がない以上、アキオにはクルドが力を増したのか分からず考え込んでしまった。それで少し力試しをしてみようと考えた。
「クルド。君、体の調子はどうだい?」
「そうだね。余り変わり映えしないよ」
「それじゃあ。さあ、この前火を履いた山にもう一度火を吐いてもらえるかい」
「ああ、いいよ」
クルドは勢いよく身を反らせるとバッと火を吐き出した。火の玉はこの前と同じ様な大きさだったが、太陽みたいな明るさを保ちながら以前よりもゆっくりと飛んで行った。が、近場の山ではなく、さらに奥のこの辺りでは一番高い山に当たった。火の玉はまるで硬い玉の様に山をなぎ倒し、爆発した。山は無くなり大きな穴が空いた。
「どうだい。こんなものだけど」
クルドのこんなものに驚きを隠せなかった。だがこれでは良いものも悪いものも全てを無くしてしまう。破壊するのは要らないものだけに限定出来なければ使うことはできない。クルドに何度か練習をしてもらい、何とか火を思い通りに吐けるようになってもらった。このおかげで湖の面積が大きくなり、ゲルニカ達には好評だった。
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