錬金術師の思惑 2
「錬金術で扉を開く研究とは?」
「サロン・ダンフェールの経営はあなたが?」
コンフェッティとミニュイが尋ねるのが同時だった。
サンジェルマンはため息をひとつついた。白猫はその様子を心配そうに見守ったかと思うと、険のある視線をコンフェッティたちに投げ掛ける。あまりの形相に、ミニュイは思わず体を震わせた。
サンジェルマンは指先の煙草をもてあそびながら、語りだす。その目は、ここではないどこかを見つめているように遠かった。
「錬金術とは……、料理で言えばレシピだ。そして魔法は秘伝の一皿ともいえるだろう。レシピがあれば誰でも同じように料理は作れる。だが、秘伝の一皿は作り手の経験、技術、才能によってばらつきが生じるはずだ。私はその観点から、長年研究に取り組んでいるのだよ。つまり使い手の力量が必要になる魔法とは違って、錬金術であれば、必要な訓練を積めば誰がそれを行っても、同様の結果が得られる。互いに交流しあうことは発展につながると私は信じているんだ」
「サロン・ダンフェールを作ったのは、あんたなんだな?」
「いかにも。もっとも、私一人ではない。仲間内の錬金術師たちがそれぞれ力を貸してくれている」
「あの墓地の他にもあるのか」
「まだわずかだが、いくつかは。幸い好評をいただいていてね」
ミニュイが、あっと叫んだ。
「ジョージさんが話していた『ある出資者』ってもしかして」
「いや、君たちの洞察力には恐れ入る。私が話したこと、考えておいてくれたまえ」
ごきげんジョージの名が出た途端、サンジェルマンは半ば強引に話を打ちきった。何が機嫌を損ねたかと考える暇もなく、三つ目がやってきてコンフェッティたちは野良犬のように追い払われ、ほとんど廃車に近いおんぼろシトロエンに詰め込まれた。
宿に放り込まれても、ミニュイの興奮は冷めやらず、むしろ、時間が経っていっそう趣が醸し出されてしまったようだった。
せわしない尻尾の動きから、コンフェッティは、ミニュイの意向が手に取るようにわかった。軽く舌打ちして、手帳に今日の料理の数々を思い出しては書き留めた。一品ごとに、白猫やサンジェルマンとの会話が甦ってくるようだった。
「なんて光栄なことでしょうね、どうやったら僕ら、お役に立てるでしょう?」
「僕『ら』? おい、俺は面倒ごとはごめんだぞ」
「最果ての未来がかかっているんですよ? みんなのためになるんですよ? 何を躊躇う理由があるというんです?」
「やることが増えたら面倒じゃないか」
ミニュイは頭から煙を吐く勢いで猛烈に文句を浴びせ始める。チョコレートファウンテンのように、とめどなく文句は湧き出でてきて、コンフェッティはミニュイがこれだけ豊富な罵詈雑言のバリエーションを持つことに感心すらした。
コンフェッティは、ミニュイが落ち着くのを待って、切り出した。
「お前、いつだったか、扉の気配がしたと走り出したことがあったろ」
「ええ、消えてしまいましたが」
「あれは、サンジェルマンたちの仕業だったんだろ。さっき話していた研究だとかなんとか。俺は、あいつはどうも信用ならない」
ミニュイは、鼻を鳴らした。
「だからあなたは、小物だというんです。いいですか、考えても見てください。国家をあげての大プロジェクトともなりうる計画ですよ?そこに僕たちが少しでも加わったとなれば、出世は間違いなしです」
コンフェッティは、自分のシガレットケースから、薄荷煙草を取り出して火をつけた。
「お前の敬愛するニケにも話せない計画だぞ?」
「それは、時が来たら話せるようになります、というより、その調整こそ僕らが橋渡しになるべきですよ」
「背反にはならんのか」
「なるわけがないじゃないですか。だって、最果ても、人間界も、より良い方向に進むための布石ですよ? 発展の手助けは、最果てにとって有益なことです」
コンフェッティは薄荷煙草をミニュイの顔に吹きかける。
「別に、百年も熟成しなくたって、うまいものはうまい。それでいいじゃないか。どっちもうまいんだから。そんなことより、さっさとニケに報告して、帰ろうぜ」
「ああ、そうでしたね。修理報告がまだでした。……いろいろありましたからね」ミニュイはいそいそと準備をする。「これで一度くらい最果てに帰れたら嬉しいのですけどね、祖母にも会いたいですし、シナモン茶を一緒に飲めたらきっと、ゆっくりいい考えも浮かぶような気がします」
「……あの甘ったるさは俺には無理だ」
ミニュイの様子を見つめながら、コンフェッティは考えを巡らしていた。
なぜ、サンジェルマンは、サロンを開いたのだろう。扉を開く研究というのが、気にかかった。自分に利益のないことを進んで行うような男だろうか。
コンフェッティにはまだ、サンジェルマンという男のことが理解できないと思えた。あの白猫についてもそうだ。美術館で詩を石に込めていた。まさか本がわりに読むわけでもないだろう。
コンフェッティとミニュイは、互いに腹のうちに思いを抱え、ニケのもとへ赴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます