サンジェルマンの取引 4

 静かに話を聞いていたミニュイが尋ねる。

「そうした素晴らしいご計画なら、僕たちみたいな末端の現場担当ではなくて、より権力を持った中枢組織の上層部に話すべきなのではないですか」

 サンジェルマンは笑みを浮かべて、片手をあげる。

「その通りだ、ド・ノール君。だが、物事には、順序というものがある。そして、私の魔法も」


「魔法……ですか?」

 元人間のサンジェルマンは、当然魔法を使えるわけはない。魔力を持たぬこの男の言う「魔法」とは何なのだろうと、ミニュイの頭の中は疑問符で満たされた。

「この世でもっとも強い魔法、いや、私がそうと信じていることは『交渉術』というのだよ。物事を順序だてて運べるように取り計らう方法のことだ」

 二人は、互いにチラチラと視線を送り合いつつ、サンジェルマンの話に耳を傾ける。サンジェルマンが片手をあげると、少年執事がデザートの洋梨のコンポートと、ワインを運んできた。

 サンジェルマンは気に入らないが、食べ物の趣味はいいと、コンフェッティは気を良くした。


「多くの場合、何か大きな変革を成し遂げようと思った場合、物事はトップダウン形式で進めるのが最も早く成果もあげるだろう。だが、実際に動くことになるのは現場の担当となる君たちではないだろうか。その段階での反発というのも、少なからずあるのではないかね。ならば、その現場の声を予め汲み入れ、無理のない形を模索した上での提案だったらばどうだろう。より良い形での実現が可能になるとは思わないかね。つまり君たちにはそうした、計画を確実に実行するためのアドバイスをしてほしいと思っているんだ」


 コンフェッティはミニュイが小刻みに震えているのに気づいた。

 料理に毒でも仕込まれていたかと、白猫に視線を滑らせたが、白猫はうっとりとサンジェルマンの演説に酔いしれ、すっかり毒気が抜かれていた。

 再びミニュイを見ると、瞳が潤んでいるようだ。

 ――ああ。

 コンフェッティは理解した。いつもの熱病だ、と。


「……そもそも、多層文化的なバックボーンを内に持つものと、一つの価値観に囚われたものとでは、物事の理解の仕方が違うとは思わないかね?」

 ミニュイは何度も頷く。

「つまりそれは、最果てから出ずに最果てと人間界のことを語る方々と、最果てと人間界の両方を見聞している僕たちのような存在との理解の食い違いということですね?」

 コンフェッティは少しの間考え、サンジェルマンの考えを彼なりにまとめた。

「つまり、頭の固い古き神々には話せない段階、だってことか」

「そして、僕たちがそれを実現する礎を作ると――」

 ミニュイの尻尾はもはや、高速ハタキのようになっている。


「君たち自身のこととして考えてみてくれたまえ。これは、最果てにも人間界にも、いや、神々や魔族、元人間、人間たちそれぞれにとっても、素晴らしい計画のはずだ」


 コンフェッティは軽く咳払いをした。

「残念ですが、俺は規則に反することはしない主義で」

 サンジェルマンの笑みが深くなる。見た目は笑顔のはずなのに、コンフェッティの背筋を冷たい何かがはいあがった。

「もちろん、そうだろうとも。規則に『反する』ことはない。ただ、何事にも多様な解釈というのは存在する。そうだろう、ド・ノール君」

「は、はい」

 ミニュイは突然名前を呼ばれて飛び上がり、テーブルの上のグラスにぶつかった。赤ワインがたおれて、血のように黒いクロスを禍々しく染め上げていく。少年執事が手品のようにクロスを引き抜き、たちまち新しいクロスにかえたが、コンフェッティの脳裏には、禍々しい赤がいつまでも焼き付いているように思えた。


「すぐに結論を出してくれとは言わない、考えておいてくれたまえ」

 白猫が立ち上がって異議を唱えた。

「わが君! この連中をこのままお返しになるおつもりですか?」

「ミディは引き留めるつもりだったのかね。無茶を言ってはいけない、彼らには、彼らの仕事もあるのだから」

「でも……!」


 サンジェルマンは両手を上に向け、仕方ない、とでも言うような仕草をした。

「ではこうしよう、シガレットを楽しむくらいの時間をもらうのはどうだね」

 白猫は憮然としていたが、サンジェルマンの決定にそれ以上文句を言うつもりはないのか、かわりにその膝にのり、ただの猫のように喉を鳴らしている。

「薄荷煙草はお好きかね、先日百年熟成の極上品が手に入ったんだ」

 コンフェッティが頷くと少年執事が窓を開けた。

 心地よい風が、オレンジの香りをのせて吹き込んできた。

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