詩人の地 3

 海岸沿いに広がる公園を歩いていたミニュイは、石造りの建物に行きあたった。

 その武骨な建物は、子どもが絵に描きそうな姿をしている。正方形の箱の四隅に、小さな筒をのせ旗を立てたようなシンプルな形は親しみやすい。

 観光客たちが話すのをこぼれ聞き、かつて要塞だったとわかると、ミニュイはひどく納得した。くたびれて見える外壁は、刻まれた時の証、いわば勲章のようなものだろう。

 見渡せば、広場の端から石塀が要塞と一体化して遠くまで延び、先端には小さな灯台が据えられている。石塀の始点には、花壇に囲まれた何かの記念碑がある。

 近寄ったミニュイは、ぎょろりとした目に睨まれ、震え上がった。中年男の顔の浮彫り、神経質そうに刻まれた眉間の縦皺の下には、男の名が刻まれている。ミニュイは弾かれたようにその顔を見つめた。ジャン・コクトーだった。


 道路に回り込むと、噴水が吹き上げられた小さな広場を挟んで、隣はもう入り江だ。船がずらりと並び、まどろむように波に揺れている。


 ミニュイは、おそるおそる、要塞の外壁を見上げた。

 アーチ状にくりぬかれた3つの空間には、白と黒の浜辺の石を並べて作ったらしいモザイク画がある。中央のアーチに据えられた大きな扉の上にはジャン・コクトー美術館と名が刻まれている。

 だがミニュイの目は、一番右端に描かれた男の顔に惹き付けられていた。その、角を持つ男の顔に、見覚えがあった。


「牧神パンだって?」

 コンフェッティは、海岸沿いに並ぶパラソルの下で、ミニュイの報告に驚いてみせた。コンフェッティも牧神の描かれた作品を見たと話すと、ミニュイは確信を持って語りだした。

「コクトー美術館は、2つあるってことか」

「彼は、ギリシア神話にとりわけ関心の強い詩人でしたから……、扉を通してパン様に会ったのではないでしょうか」

「妄想にしちゃ似すぎだよな。あのしゃくれたあごといけすかない口元、パンそのものだ」


 ミニュイは、口を開こうとした矢先に、道路を挟んだビストロから、3枚の皿を持ったギャルソンがこちらへ向かってくるのに気づき、押し黙った。


 運ばれてきたのは、ゆで卵とアンチョビ、オリーブ、たっぷりのレモンとチーズが散らされたマントン風のサラダ。ここの名産のひとつでもあるムール貝の白ワイン蒸し。そして海老や貝がまるごと投入された、華やかな魚介のパスタ。

 コンフェッティは鼻息も荒く、この海辺の街に高らかに感謝を捧げて、食事に取り掛かった。


 足元でミニュイは、バゲットの皮を噛みちぎりながら考えていた。コクトーが石で描いたあの牧神のモザイク画がどうしても気になる。

 夜に、あの場に行ってみればより詳しくわかるかもしれない。日のあるうちに、旧市街の地理感も養っておきたい。

 そのためには、と、テーブルの上で舌鼓を打ちならす相棒を見上げる。


 コンフェッティは、ムール貝の殻をトングのように使って、器用に殻を身から放して食べている。他の客の見よう見まねでやってみると、なかなか利にかなった食べ方だ。手がベトベトになるのだけが難点だが、それはパンに押し付けて食べてしまえば気にならなかった。


 ミニュイには、コンフェッティを誘い出すとっておきの策をめぐらした。

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