二日酔いと幻のジャム 2
宿の向かいに広がるモンスーリ公園には、遊具で遊ぶ子どもたちの声が響く。散歩中の老夫婦や、寝転んで日向ぼっこをしている若者。思い思いに昼過ぎののどかな時間を過ごしているようだ。まぶしさに目を細め、コンフェッティは木陰のベンチに座って、獲物を狩りにいったアンジェリーナをおとなしく待っていた。
アンジェリーナは公園につくなり「あんた、ラッキーだ」とつぶやいて、芝生の広場前に停まった水色のワゴンに猛進していったのだ。
かわいらしいワゴン車だ、とコンフェッティは目を細めた。
公園のしたたるような緑に、やさしい水色が映える。車体には瓶入りジャムの絵がいくつも描かれ、白とレモンイエローの廂の下には、瓶入りジャムといくつかのパン、そして、店員が一人。小柄だが、強面のアンジェリーナと笑顔で語り合っているくらいだから、よほど肝は据わっているのだろうとコンフェッティは思った。
アンジェリーナが絶賛するのはジャムとバターをたっぷり塗ったタルティーヌだ。パリジャンたちは朝ごはんによく食するものだという説明を聞き流し、かぶりついたコンフェッティは、叫んだ。
「これ、このジャム!」
パリにつくなり、カフェで感動した、あのジャムだった。
アンジェリーナはバゲットにつかみかかりながら、じろりと睨みつける彼女流の微笑みをたたえた。
「感動的にうまいだろ。流しのジャム屋だから、会えたらラッキーなんだ」
改めてジャム屋を見る。綿菓子を頭に載せたような、薄い金色のふわふわしたショートカットを揺らして、笑顔を振りまいている。少年なのか、少女なのか、子どものように見える大人なのかも、コンフェッティの座っている場所からではよくわからない。
ワゴンには次から次へと人が集まってくる。中には買い物袋たっぷりに、まとめて買っていくものもあるようだ。
「すごい売れ行きだな」
「まもなく売り切れるだろうよ。うまい上に、次はいつ現れるかもわからない。季節の食材を追って旅をしながらジャム作りしてるらしいね。運よく見つけた時にしか買えない、幻のジャムだ」
コンフェッティは走りだしていた。
芝生を横切り、やわらかい土に足をとられそうになりながら、最短距離のコースをとってジャム屋の列の最後尾を目指す。ようやくコンフェッティの番が来た時には、残りのジャム壜はわずか一瓶になっていた。
綿菓子頭のジャム屋は、間近で見てもやはり性別も年齢もわかりにくかった。落ち着いた応対や客あしらいは大人の余裕を感じさせるが、見た目はすこぶる若い。透き通るように白くきめ細やかな肌も、整った顔立ちも、少年といわれても少女といわれても、あるいは小柄な青年や女性と言われても、どれも納得できそうだ。
「最後の一瓶ですね。東洋では最後の一つを手にすると、幸運があると言われているんですよ」
ジャム屋は満面の笑顔で歌うように言った。その声に、コンフェッティは心をゆすぶられた。ジャムを手渡しながら礼を述べる声は、ジャムみたいに透き通って甘く、女性のものにも思えた。いつまでも聞いていたいような、声だった。
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