第14話

 諸泉は写真部の夏合宿、という名目でここに来ているが、誰もいない学寮に来るにあたり、いくつも仕事を請け負ってきたらしい。その仕事が何かは、千仁たちも身をもって知ることとなった。


 いま、千仁たちの目の前には、白いかたまりがある。

 かたまりの正体はふんわりとした白い布。シーツ類だ。それが乱雑に畳まれたまま、いくつもいくつも積み重なっていた。高さは千仁の胸のあたりまでくるぐらいだろうか。

 さらに、ごく近くから洗濯機がまわる、ごうんごうんという音が聞こえていた。

 それもひとつだけではなく、いくつか重なって聞こえてくる。洗濯機は三つあるから、重なって聞こえるのは道理だろう。おまけにあるのは洗濯機だけではなく、乾燥機もあるのだ。

 洗濯機とシーツに埋め尽くされた部屋は、ずいぶんと狭い。

 この狭い部屋のなかに四人は閉じこもって、シーツの山と格闘していた。


「……、これ、まだ続くんですか」

 乾燥機から取り出されたシーツを畳みながら、千仁の口からは愚痴がこぼれおちていた。

 なにせ、朝食を食べてからずっとシーツと格闘しているのだ。

 千仁たちが写真を撮りにいっているあいだ、諸泉たちは各部屋のシーツを集めていたらしい。それを洗濯機にいれて、洗い終わったら乾燥機にいれて、乾燥が終わればきっちりとたたんで。またシーツを洗って、乾燥機にいれて、シーツをたたんで、エンドレスエンドレス。ずっとこのくりかえしだ。


 こらえ性のない性格と相まって、千仁はすでに放り投げたい気持ちでいっぱいだった。

 そっと政志を見るが、彼は飽きたようすもなく、洗濯機にシーツを放り込んでいる。なんで耐えられるんだ。おかしい。

「続くぞ。何せ学寮には俺たちしかいないからな」

 千仁の口からこぼれおちた愚痴に、諸泉はさらりとかわしてくる。ただ、まだまだ続くとか言いながら、諸泉はすでに疲弊したようすだ。証拠に乾燥機からシーツを取り出している手つきがずいぶんと投げやりである。解せぬ。


 千仁が心の中で愚痴を言っているなか、政志がふと手を止めていた。

「学寮、俺たちだけかと思ってましたけど。違いましたね」

 政志の言葉に、諸泉の手が完全に止まっていた。千仁と背を向けている那智の動きもぱったりと止まったように見える。


 なんとなく気がついてはいたが、あの「文貴」と呼ばれる男の存在は、この二人にとって、触れてはならない存在のようだった。

 千仁も気になって仕方がなかったのだが、あの沈黙を見てしまったあとでは聞くにも聞けない状況だったのだ。


「俺たちは押しかけたやつらかもしれませんけど。話を聞かせてもらう訳にはいかないんですか?」

「っ、まさ……」

 千仁は政志を止めようとしたのだが、政志がちらりと投げてよこした目に、続く言葉が止まってしまっていた。

 政志の目が、とても真剣なものだったからだ。


 いつだって、政志はまっすぐな目をしている。だから彼がまっすぐな目をみせるたびに、少しだけ追いつめられたような気分になるのだ。

 今だって、この場を切り抜けるために止めようとしたことを見透かされたような気持ちになっていた。だから、喉まで出ていた言葉が止まってしまっていたのだ。

 政志のまっすぐな目に宿る気持ちは、諸泉たちにも伝わったようだ。

 手を止めていた諸泉が、息をひとつ、ついていた。


「そうだな。このままじゃ不公平だ」

 諸泉はぽつりとつぶやくと、休憩するかと呟きながら腰を下ろす。仕事は山のようにあるのだが、仕事をこなしながら話すことではないようだ。

 千仁たちも諸泉に合わせて、作業の手を止める。

 諸泉はすこし遠くを見るように目を細めると、そっと口をひらいた。


音田文貴おんだふみたか。聞いたことあるか」

 諸泉が口にした名前は、はじめて聞くものだった。芸能人や有名人では無いようだ。千仁はゆるりと首を横にふる。

「さっきは名前で呼んでしまったが……本当は音田先生と呼ぶべきだったのかもしれん。俺と同期、国語の先生だ」

「先生……なんですか」


 諸泉がいう「さっき」とは、魚のむれのなかに立っていた、あの男のことだろう。あの男は、先生だったのか。

 諸泉の同期ということは、高等科の先生なのだろう。だが、千仁は名前すら聞いたことがないのだ。

「音田は写真部の顧問だった。人がいないからって俺もよく付き合わされてなぁ……」

 諸泉は懐かしそうに笑ったようだった。近くに座って話を聞いていた那智もうなずいている。那智も写真部と言っていたから、その頃の写真部を知っているのだろう。

「部員は今よりもいてな。夏はここで合宿をしていた。……もう、あれから三年になるのか」

 諸泉の言葉に、なぜだろう、背筋がひやりとするのがわかる。


「三年前の夏合宿。文貴は死んだ。海で溺れて死んだんだ」


 諸泉の声が、部屋のなかにじわじわと響いていくようだった。

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