第6話 石生

 君はいつもとても危うい。

 ぱたり

 「君!」

 独りにしておくと何をするのかが全く予想できない。

 「え?」

 君はきょとんとした表情で私を見た。左手にはともすれば奇妙なぬめりも持っていそうな輝きを放つナイフを握っていた。ナイフには赤い液体が付いている。

 「切ったの」

 質問ではなく確認だ。君の学生服から覗く右手首には、赤い水が湧き出している。

 「うん」 

 君は綺麗な顔を痛みに歪めることなく、淡々と頷いた。あまりにも人形染みているが、君の手首を濡らす血液が、それを否定しているようで、非現実染みていた。

 「なんでまたそんなことをしたの?」

 「嫌に…嫌になって」

 「何が」

 「これがある限り生きているということで、生きている限り化石にはなれないのかなと思ったら」

 「嫌になったの」

 「そう」

 私は溜息を一つ吐いて君の手を取った。黒い袖からのびる白く細い手。白と黒の間に鮮烈な赤に「ゴクリ」と思わず喉が鳴る。

 あまいだろうか

 痛々しいはずの君の手首は、何故か艶めかしい。白磁のような無機質な肌に生命の象徴ともいえるような赤い血液が流れているからだろうか。君の血液は濃厚な香気を放っている。そっと接吻するように口を付けた。そのまま滑らかな君の肌に舌を這わせる。

 「美味しくないよ。こんなもの」

 「いいや。赤ワインのようだよ」

 「基督(キリスト)みたいに大層なものなんかじゃないよ」

 君は些か呆れたように言った。

 「そんなことはないさ」

 ぺちゃぺちゃと君に舌を這わせていると、君を、穢れのない君を汚しているようで、私の中に罪悪感と愉悦がごちゃごちゃになったような快楽が満ちていく。身体が火照る、いや火照るなんてものじゃない灼けるようだ。君をもっと…もっと壊してしまいたい。

 「痛いよ」

 君の苦言に我に返る。いつの間にか私は君の傷口に歯を立てていた。

 「もう血は止まったよ」

 呆れている。

 声で分かった。君が感情を声に表わすのは私と居る時だけだ。その事実は私の心を焙る。

 「ああ、でも開くといけないから包帯を巻かなければ」

 君は私の、私だけの化石だ。

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