第二章31『罠』
──っ! これって……!
その雪原に転がった瀕死の獣を見て、翔は思わず驚愕する。その猛獣は通称『
──隊長達でも油断をしたら喰われる、そんな
翔自身のその経験則に加え、先に聞いたフレボーグの話からもその強さは十分伺える。それほどの強さを誇っている
「……
そう分析してから、少し考えて、翔はダイヤルを回して通信を
「……あの、隊長これって多分……」
「ああ、そうかもな……」
元二もその翔の言わんとすることを考えていたらしく、翔の言葉は結論を言う前にそう遮られる。そして神妙な口調になってから、元二は言った。
「……これは、件の『新種』の
そう元二が考えたのは偏にこれまでの経験によるものだった。雪原の
「……詳しく調べてみる必要がありそうだな」
元二はそう呟くと、全員に通信を繋げて遠征隊にその死体の調査を命令した。そして自らも改めて、その死体の様子をまじまじと見る。
──
元二の推測通り、その
──それにしても、
改めて目の前の事態にそう驚嘆してから、ふとその裂傷を見返して、元二はある可能性に気付く。
「……
その元二の推理は一見整合性のある論理のように思えた。同種同士で争ったならば雪原最強の獣が敗れたというのも納得がいくのに加え、腹の裂傷もその歯刃によってできたものだと考えることが出来る。
そうして、その死体がまだ見ぬ『新種』によるものではないという可能性が出てきたことで、遠征隊は少し安堵の色を見せる。が、その束の間の安心も、翔の冷静な分析により砕かれることとなるのだった。
「……いや、隊長。それにしちゃこの状況はおかしいです」
元二と同じことを推理していた翔は、一足早くその『違和感』に気付いていた。
「
その翔の言葉に、遠征隊は辺りを見渡す。彼らの希望を裏切るかのように、その白のキャンパスにはほとんど赤色に染まっているところは見当たらなかったのだった。
「同種同士の戦いにしちゃ、この個体と戦った
その翔の分析は冷徹に希望の光をかき消していった。そして仲間割れという可能性が潰えた今、その雪原に転がる猛獣を殺した殺戮者はまず間違いなく『新種』の獣であろうということは遠征隊の誰にも想像出来た。何故ならば殺された
──けど、この調子だとその『最強』の称号も直に別の
『であった』と過去形で表現した通り、その最強の座はこのままでは『新種』に奪われることになるからであった。周囲に血痕が少ないということはつまり、その『新種』はほぼ無傷で
──いや、僅かに残った血痕が
翔はそう推測してゾッとする。その翔の仮定がもし正しかったとすれば、最早その『新種』は一切の傷を負わず雪原最強の獣を倒したこととなるからであった。
──どちらにせよ、デタラメな強さみたいだな。『新種』の獣ってのは。
そうして翔がその『新種』のことを考えている一方、自らの推理を否定された元二は改めてその死体の傷跡を見て考える。
──確かに、同種討ちにしちゃこの傷跡も変だな。よく見るとこりゃ、『噛まれた』っつーよりも『刺された』感じだ。
その傷跡からも自らの先程の論が誤りであることが分かり、元二はため息をつく。そうして観察するその傷跡は、
──『新種』の攻撃スタイルか……? ヒナの情報によると、やけに長い腕を持ってるらしいが。
その『刺された』ような傷跡を見て元二はそう考える。少なくとも
──それよりもむしろ、これじゃ
そうして何か、妙な考えが元二の頭を
──いや、ちょっと待て。何か、おかしくないか?
その時、元二はすっかり自らの頭から抜けていたことがあったことに気付く。
──この
そうして元二は辺りを見渡す。だが、やはりその雪原に獣の姿は見当たらなかった。
──『新種』は肉は喰わないのか……? だとしたら喜ばしいことだが、その場合なぜ
元二にとってその場に『新種』の獣がいないことは奇妙であった。この
──なんで『新種』はここに死体を置いていった……? それこそこんなところに放ったらかしにしてたら、
ようやくその思考に至った元二は、戦慄して瞬時に通信を繋いで叫ぶ。
「──総員警戒!! これは……」
その元二の叫びとほぼ同時に、その雪原には爆音が轟いた。
********************
その元二の通信の少し前、翔は未だその『新種』の痕跡を探していた。
──とはいえ、この血痕が『新種』のものか
そうしてため息をつく翔の視界が、あるものを捉える。
「……! これは……」
翔が捉えたものは一面白のキャンパスに出来た僅かな窪み。円形状に出来たそれは、先程までそこにいた
──見たこともない形だ。少なくとも
そうしてその足跡を観察していた翔に、ある考えが芽生える。
「──! もしかしてこれって……!」
翔はその言葉に続けて、自らの推理を心の中で呟いた。
──この
翔のその考えは何の確証もないが、同時にそれを否定するものも何も無かった。また『新種』がこの場に先程までいたという事実も相まって、翔はその自らの推理を正しいと思い込んでいたのだった。
──ってことは、この足跡の先には……。
その足跡は一方から生じ、一方へと消えていっていた。翔の論が正しいのならば、その足跡の先にいるものはもはや明白であった。
──『新種』が、いるはずだ。
そう考えを巡らせた翔は、その考えの正しさを実証するかのように、その足を足跡の進む方に一歩踏み出した。
それが既に、
否、若しくは翔がその足跡を見付け、その考えに至るまでのプロセスに問題があったのかもしれない。翔の考えは半分
「……この先に、『新種』が……」
そうして一歩、足跡の指す方向に足を踏み入れた翔の様子を、一人の男は静かに見ていた。が、その時、その男と翔を含めた全隊員に、元二からのその通信が入った。
「──総員警戒!! これは……」
しかしその先の言葉を聞くことは、翔にもその男にも叶わなかったのだった。彼らはまさにその時、一匹の獣と対峙していたのだから。
通信が入った瞬間、翔は何か嫌な予感を感じていた。
──おかしい。何かが
しかし翔はその予感が指し示す、迫り来る『新種』の獣の存在に気付くことは出来なかったのだった。
何故ならばそれは翔の
「……バッカ、野郎がァァァァ!」
雪原にそのランバートの声が響く。それと同時に、翔は自らの身体が突き飛ばされる感覚を覚える。
「──っ!」
思わず数メートル程雪原を転がってから、翔は体勢を整えてその『先輩』の方を見る。
「……
しかしその不平の声も途中で断絶される。何故ならばそこには既に『先輩』の姿はなく、ただ一匹の、白い獣だけがいたのだから。
──っ! こいつ……!
その白い獣は翔を見つけたかと思うと、微かにその口角を上げた。翔にはそれが、まるでその獣が笑っているかのように思えて、思わず身震いした。
「──総員警戒!! これは……」
その時、元二が発していたその指令の続きが、漸く翔の耳まで届いたのだった。
「……これは、これは全て、『
そうしてその雪原で、絶望の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます