第二章08『選択』

 氷塊の中から見つかったその子供の取り調べは翌日行われた。理由としては遠征隊に疲労が溜まっていたことと、その子供が次の日の朝まで目を覚まさなかったからであった


 目を覚ました子供はなんとも行儀よく与えられた椅子に座って待っていた。その様子に多少面食らいながらも、遠征隊はその子供への聞き込みを始めた。


「……ええと、じゃあ色々と聞かせてもらってもいいかな?」


 たどたどしい口調でそう口火を切ったのは元二であった。流石に遠征隊全員で一人の子供を質問攻めにするというのは憚られたため、元二と翔の二人でその子供と向き合うこととなった。


 その元二の問い掛けに、子供はコクリと頷いた。その様子を見て、緊張した面持ちで元二が尋ねる。


「まず、キミの名前を教えて欲しい。自分の名前、分かるか?」


 その元二の問い掛けに、子供は小さな声で答えた。


「……キラ。コガラシ・キラ」


「そっか、キラくんか。漢字ではどう書くの?」


 キラキラネームじゃないか、というツッコミは強引に引っ込めて、今度は翔が問い掛ける。しかし子供は顔色を少しも変えず答えた。


「冬に星って書いて、キラ。こがらし冬星きら


「やっぱりキラキラネームじゃねぇか! キラだけに!」


 とうとう我慢出来ず翔がそう突っ込むと、元二が翔をギロりと睨む。翔は一つ咳払いをして、手に持った報告書にその名前を書く。


「……じゃあ、キラくんは何であそこにいたのかな? お父さんとお母さん、一緒じゃない?」


 元二は次の質問へと話を移す。この場では元二が質問役、翔が書記である。翔と元二は二人その子供の答えをじっと待つ。少ししてから、『キラ』が話し出した。


「……お父さんとお母さんは、死んだ。僕は一人であそこで生きてきた」


 そのキラの答えに、翔は少なからず驚きを覚える。翔は時間跳躍直後、たった数日のことではあるが外で暮らしていた。しかしそれはフィーリニも一緒でのことで、加えて翔は高校生だ。それに比べ、この子供はたった一人で、あの冷たい世界を生きてきたという。その孤独は、冷たさは、翔には想像できなかった。


 元二もその答えに内心驚きつつも、次なる質問に話を移す。


「……キラくんが手に持ってたお手紙、あったよね? あれはどこで拾ったの?」


 その手紙というのが指しているのは言わずもがな、朝比奈遥からの手紙のことだ。あの手紙を持っていたということは、このキラという子供は失踪した朝比奈遥と何かしらの接点を持っているということになる。


「……それは……」


 その質問にキラは黙り込む。その様子はどこか、まるでおねしょを隠す子供のようで、翔は疑問を覚える。


 しばらく時間が経っても、キラの口から答えが出ることは無かった。元二はひとつため息をついてから、また次の質問に移った。


「……キラくん、君はなんであんな所で氷漬けになってたんだ?」


 その質問にもどこか少年キラは答え辛そうであった。元二は頭をポリポリと掻く。思っていたよりも目の前の子供から引き出せる情報が少なそうであったからだった。


 ──まずいな、ある程度は腹の中を話してくれないとヒナが許してくれないんだけどな。


 今フィルヒナーは部屋の外からガラスを通してこちらを見つめている。それはいわばマジックミラー一方通行の鏡で、部屋の中からはその様子は伺うことができないが、その緊張感がひしひしと伝わってくるのだった。彼女を納得させるには、それ相応の有用な情報を目の前の少年から引き出さなければいけない。


 ──そうだよな、もう気を遣っている場合じゃないよな。


 元二は覚悟を決めその質問を口に出すことを決めた。その少年を基地に連れてきてから気付いた、明らかなを。


「……じゃあキラくん、またひとつ聞いていいかな」


 そうして元二はその質問を口にした。


「……?」


 その質問にキラがビクリと身体を震わせたことから、元二がやはりその点がこの少年の謎の核心に近いものだと悟る。外の猛吹雪の中ではあまり感じられなかったが、防寒具を脱ぎ、その身体に触れた時そこから何の温もりも感じられなかったのだ。しかし呼吸音はしており、脈を測るときちんと心臓は動いていた。しかしまるで、その子供はのだ。


 その質問を聞いた瞬間から、少年の様子が変貌する。冷たい身体から冷や汗が滲み、その目の泳ぎ方からも焦りが見て取れた。そして何よりも決定的なことに、


「……やっぱりか」


 目の前で起こるその超現象に、元二はまるで予想がついていたかのようにそう嘆息する。しかしそれでもその目は険しく目の前の少年を睨んでおり、一回りもふた回りも下の子供に普通向けることがないほどの『警戒』が払われていた。


「……キラ君、君は凍気フリーガス?」


 その元二の問い掛けに、キラは悲しそうな顔をして、小さく一度だけ頷いた。元二の隣に立つ翔は、その少年の様子に驚きながらも改めてその事実を記述する。


 ──常時いつも凍気フリーガス発動をつかってる、と。


 改めて記述してみるとその特異性が見られる。普通凍気フリーガスの発動にはある程度上限がある。走れば息が切れ、走り続ければ乳酸がたまり足が動かなくなるのと同様に、凍気フリーガスも一度に使える上限も、加えてその持久力にも個人差はあれど限りはあるのだ。


 しかし目の前の少年はそれを常時発動しているという。加えて今、少年の精神状態が不安定になっている状況で、どこかその凍気フリーガスは強さを増しているように思える。


 ──精神状態にも大きく左右される、ってことか。


 凍気フリーガスという力に関してはまだ未知数の部分も多い。加えて翔には、朝比奈遥からの手紙に書いてあったあの一言が気になっていた。


 ──『あなた達は凍気フリーガスという力をまだ全然扱えていない』、って書いてあったもんな。


 天才の言うことだ。所詮は凡人の翔に理解できるはずもないが、その言葉がどこか引っかかっていた。目の前の少年が、その『凍気フリーガスの先』を見つけるための鍵となっているのだろうか。


 ふと、翔はその時になって、誰かがすすり泣くような音を聞く。その場には翔とキラと元二、ついでにガラス越しにフィルヒナーしかいない。その中で涙を流すものとなれば、もはやその涙の主は決まったようなものだった。


「……ええと、キラくん、大丈夫?」


 年相応の泣き方をしながら雫を垂らすキラに、翔はそう声をかける。しかし一向にその少年は泣き止む様子はない。その様子に翔が慌てふためいていると、キラが翔の袖を引っ張って言った。


「……そとに、出たい」


 そのキラの言葉に、翔と元二は顔を見合わせる。恐らく気分転換のために外を散歩でもするつもりなのだろうが、それでも外に出ている間にこの少年が何をするか分からない。そう簡単に外に出す訳にはいかないが……


「……よし、カケルが付いていけ。何かあったら帰ってこいよ」


 悩んだ結果、元二はそう言った。それは翔と一緒であったらなにか悪さをしようとしたとしても止められる、という信用によるものだっただろう。その元二の言葉に翔は頷いて、キラと一緒にその部屋を出た。


 ──外に出る、ってことはこの子キラの分のマスク、誰かに借りないとな。


 翔はそんなことを思いながら防寒具を用意する。翔には本当は必要のないマスクを付けるのも、万が一の用心のためだ。ついでに翔は適当に一つマスクを取り、キラに渡す。


「ほら、マスク。貸してあげる」


 しかしその少年は顔色をひとつ変えず、それを返して言った。


「……要らない」


 そのキラの返答に、翔は一瞬目を丸くしてから、正気に戻って言う。


「……いやいや、要らないってことはないだろ。キラくん、死にたくないでしょ?」


 しかしそんな翔の突っ込みも気にせず、キラはマスクを含めなんの装備もせず出口へと向かっていく。仕方が無いので翔はキラの分のマスクをポッケに入れキラを追う。


「……あ、靴どうしよう」


 アンリが作って寄越したあの靴は、昨日履いてみただけでわかるほど異常なものであった。突然急加速する靴など、一歩間違えれば大怪我は必須だ。昨日だって翔は身体の使い方を間違えていたらこのキラが入っていた氷塊にマトモに激突し、全身打撲していただろう。


「……つっても、一応作ってもらったもんだしな」


 翔のために作った、というアンリの言葉が翔の中で響いていたのか、結局翔はアンリお手製の靴を履いた。そしてもう出口の扉の眼前まで歩いていたキラを追い、その扉を開ける。


 ──外に出て少ししたら、マスクが要らないなんて強がりはなくなるだろ。


 翔はそんななんとも甘い考えでキラを外に連れ出した。確かに外のガスは人を即死させるほどの毒性は持ってはいなかった。そのため、その翔の判断は一見正しいもののように思えた。


 しかしその実、最もしてはいけなかった選択であったことは、後後になって分かることだった。


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