七回表「晴れときどき尻」

「ぷく……」


 ガンバレヤの設備倉庫に戻った俺を出迎えたのは、何やら不機嫌な様子のリゼットである。


「ずいぶんとのんびりしてたんですね」


 そう。ジゼルたちが半ば突発的に始めた演奏会によって、帰国時間を大幅にオーバーしてしまったのだ。

 この件についてはジゼル自身も謝罪し、ことなきを得た……かに思えたが、何故か俺だけが未だ詰問を食らっている。


 理由は明確だ。

 イテマエを出る前、ヴィヴィアンヌに野球道具一式を渡す代わりに、食料とお菓子を貰ったまではいい。

 問題はもうひとつ。明日の予定だ。

 彼女に対し、エエンヤデに外交に行く旨を話しところ、

『それでしたら是非わたくしもご一緒します。きっとお役に立ちますわ!』

 などと言う始末。

 外交に、他の国の人間が同行するなんて聞いたことがない。

 ないのだが、

『では、明日のイチゼロマルマルに、エエンヤデ正門近くのクロマツ下で待ち合わせしましょう。遅れちゃ、ダメですわよ♪』

 ウィンクとともに、まるでデートにでも行くような言い方をするものだから、リゼットの機嫌も悪くなったと言うことだ。

「ショウさん。あなたは紛争を止めるため、子供やお年寄りの未来のために外交に行ってるんですよね?」

「あ、うん……」

「レティシアさんとサンドラさんを助けたまでは良いです。でも、やきう勝負の報酬がショウさん自身になったと言うのは納得できません」

「それに関しては、俺も納得してないんだけど……」

「どうせヴィヴィアンヌさんの口車に乗せられたんでしょう? じゃあ私も一緒に行きます」

「じゃあ……って。いや、ちょっと待て。まだ足が完治してないんだろ? 無理だよ」

 リゼットの右足首には今もなお包帯が巻かれ、松葉づえをついている痛々しい状態だ。

「大丈夫です。だいじょう――」

 リゼットが意気込み、前に歩き出そうとした際、ふいにバランスを崩した。

「きゃっ!?」

 慌てて、俺は彼女の体を抱きかかえる。

「ほら、言わんこっちゃない」

「う、うう……ぐす……っ」

「どこか痛むのか?」

「いえ。そうじゃないんです。悔しい……。私、こんな大切なときに怪我しちゃって……。何の役にも立たなくて」

 リゼットは大粒の涙を溜め、上目遣いで訴える。

「何を言ってるんだ。リゼットがいなかったら、そもそも俺も生きてないし、外交の話も進まなかった。ここまでこれたのは君のおかげだよ」

「本当、ですか……?」

「ああ」

「ふふっ、なんだかショウさん。優しい。それに温かくて、まるでお兄様みたい……」

 以前、津波がすぐそこまで迫っていると言う切羽詰まった状態で、リゼットが口にしたお兄様と言う単語。

 ミリッツァから断片的に話を聞いていることを伝えると、彼女はさらに表情を緩めた。

「ショウさんを初めて見たとき、本当に嬉しかった。帰ってきてくれたんだ……って。たとえ後で人違いと分かっても、私はとても幸せな気持ちになりました」

「リゼット……」

「置手紙の温もりだけを頼りにプラチナバスターズの一員として活動をしてきた私に舞い降りた希望。それが、あなたです」


 手紙の件もミリッツァからそれとなく聞かされている。

 俺は内心、これ以上の詮索は無粋とは思いつつも、尋ねずにはいられなかった。


「その手紙には何て書いてあったんだ?」


 リゼットは一拍置き、しっかりと俺の目を見ながら答えた。


。ただ、それだけです」


 その言葉を聞いて、ふと俺の脳裏にエエンヤデでリゼットとオリヴィアが剣を交えたときの映像がフラッシュバックする。


 リゼットが過剰なまでに他人に優しく接するのも、人であると言うことの誇りであるし、オリヴィアに対し激しく激昂したのも、騎士であることの誇りなのだろう。

 つまり彼女は、ここに至るまでずっと、兄の教えを糧に歩んできたことになる。


「リゼット、お願いだ。せめて足が完治するまでは、ワガママを言わず待機していてくれないか」

「ショウさん……」

「ここで無理をして余計に酷くなったらどうする? ガンバレヤの子供たちも、お年寄りも、元気になったリゼットの姿が見たいんだぞ」


 リゼットをエエンヤデに連れて行くのを避けたい理由は怪我の他に、実はオリヴィアに会わせたくないと言うものもあった。

 あれだけの剣戟をしでかしたのだ。次も起こらないとは限らないし、次も無事で済むとは限らない。


「分かりました。今回の遠征は我慢します。でも、代わりにひとつお願いがあります」

「お願い?」

「私と一日、デートしてください」

「で、デートって……」

「いいですよね?」

「う……」


 胸元を掴み有無を言わせぬ迫力に、

「……」

 俺は思わず首を縦に振るしかできなかった。


「……じゃないとイヤですから」

「えっ、今なんて?」

「お兄様であり、お兄様以上の関係じゃないと、私イヤですから」


 どういう意味だ?

 真意も掴めぬまま、俺はリゼットに肩を貸しつつ自宅へと送り届け、再度詰所へと戻ったところで、大きな箱を前に抱えたミリッツァとロジーヌに出くわした。


「おー、いいところにきた。ちょっと手伝ってくれ」


 ミリッツァは大きな箱の横から顔だけひょっこり出して言う。


「あ、あわ……あわわ……」


 ロジーヌに至っては、箱からツインテールが伸びている構図になっており、前がまったく見えていないような足取りだ。

 ふらふら、ふらふらと、とても危なっかしい。これは、いつものパターンだと――。


「あ、ぁぅぅ……。ん、んぅ、ぁ、あれっ、と、ととッ……んっ、ぁきゃぁぁッッ!!??」


 やっぱり足を踏み外した。

 予め彼女の前に立っていた俺は、箱と体を同時に押しとどめた。


「あ、ありがとうございましゅ!」

「いや。気にするな。あ、これはもしかして……」

 

 箱の中に入っていたのは、いわゆる消波ブロックテトラポッドと言うやつだ。

 

「試作品を持ってきた。後はこれを量産していけばオリヴィアに歩み寄るきっかけになる」


 素材はやはりガンバレヤの石なのだろう。

 ロジーヌの体の半分くらいの大きさにもかかわらず、軽くて丈夫な感じが手触りから伝わってくる。


「ああ。オリヴィアと言えば、明日の遠征にはリゼットを連れて行かない方がいいと思うぞ。また言い争いになるかもしれないからな」

「一応、その件に関してはさっきお願いしておいたよ。怪我が治るまで待機していてくれって」

「まったく……リゼットはお前のコトが気になってしようがない感じだな」

 ミリッツァは、少しだけ口元を緩めた。

「たしかに、さっきもめちゃくちゃ言い寄られたよ」

「だろうな。それに聞いたところによると、あのヴィヴィアンヌを上手く丸め込んだらしいじゃないか」

「互いの国の不足している部分を補って助け合おうと言っただけさ。彼女も、話の分かる人で安心したよ。初めは面を食らったけどね」

「と言うことは、イテマエとの外交は成功したってわけだな」

「獣にやられて傷ついたレティシアとサンドラの治療もジゼルたちがしてくれたし、併せて良い方向に向かっていると思う」

「それで思い出した。ジゼルとミシェルとサラも、明日の遠征には参加できないらしい」

「そうなのか?」

「ん。何でも、楽器を作って子供たちに贈りたいとか言って、さっきも……なぁ? 素材が欲しいってロジーヌのところへやってきたんだぞ」

「は、はい。笛を作るらしいです」

「笛か。なるほど……」


 俺はイテマエの緑地公園で行われた演奏会について、かいつまんで話す。


「ジゼルの父親は手先が器用だったらしいからな。その血を引いてるんだろう」

「ジゼルたちが遠征に行けないとなると、他に誰が――」

消波ブロックテトラポッドのコトもあるし、ボクとロジーヌは同行。後は……どういう経緯か知らないが、ヴィヴィアンヌと待ち合わせしてるんだろ?」

「な、なんでそれを! まだリゼットくらいにしか話してないのに……」

「ふん。ボクの情報網を甘く見るな。ベアトリスからの報告も上がってるんでね。ま、一番最初に伝えられたのは、お前にケツを揉まれたからもうお嫁に行けないってものだったけど」

「ケツを揉むって……。サワムラさん、酷いのです! 最低なのです!」

 そう言って、ロジーヌは軽蔑の眼差しを向ける。

「ち、違うって。それは誤解で、たまたま俺が尻餅をついた手の先に、彼女のお尻があったってだけで……」

「ま、なんにせよサワムラ。お前はヴィヴィアンヌと言い、ジゼルと言い、ベアトリスと言い、いろいろなところにちょっかいを出しているようだな。これじゃ、リゼットも気が気じゃないわけだ」

「なんでそこでいきなりリゼットが出てくるんだよ?」

「やれやれ。男の鈍感は罪だな」

「まったくなのです」

「え? どういうことだ?」


 俺の疑問にもミリッツァは軽く微笑み、ロジーヌも呆れ顔をするばかりで何も答えてくれない。そして、勝手に会話は進む。


「鈍感大バカモノはさておき、ひとつ気になるのは獣の問題だな」


 ベアトリスの報告によれば、獣の発生源である巣はイテマエのはるか西に存在しているらしい。


「そこで、詳しく位置情報を調べたところ、どうやら地点B。つまり、偵察班のドミニクが待機している箇所の近くの洞窟のようだ」

「危険じゃないのか。そんな近くで待機してて……」

「刺激さえしなければ大丈夫らしい。蜂の巣みたいなもんだ」

「逆に言えば、刺激しようものならタダじゃすまないってことか」

「だろうな。でも対抗しようにも、あいにくボクやロジーヌは戦闘向きじゃない。分かるだろ、こんなにか弱い乙女なんだぞ」

 それは胸を張って言うことなのだろうか?

「じゃあ、まずは動向を探るだけってことか」

「ふふ……」

 ミリッツァはそのままの姿勢で続ける。

「そこでだ。うまくヤツをけしかけようと思ってるんだ」

「ヤツ?」

「オリヴィアさ。ヤツの持つオプスキュリテに少し活躍してもらおうと思ってな」


 オプスキュリテは、ひとたび斬られれば出血が止まらなくなり、ものの数分で命を奪うエモノだ。

 人に使われればもちろん恐ろしいが、それは獣に対しても同じ……。


「うまくヤツを丸め込めば、獣を一掃してくれるかもしれない」

「でも、オリヴィアは一筋縄ではいかない性格だったぞ」

「そこで役に立つのが、何の因果か知らないが、同行に買って出たヴィヴィアンヌだ」

「ヴィヴィアンヌが? なんで――」


 待てよ……。たしか初めてイテマエに行ったときの帰り際、リゼットと彼女が言い争っているとき、たしかに……。

(エエンヤデには古くからの知り合いもいるって言ってたよな。まさか、オリヴィアのことなのか?)


「とにかく、明日は早朝から出発する。せいぜい寝坊をしないように気を付けるんだな。心配ならボクが起こしてやるぞ」

「頼むから普通に起こしてくれよ……」

「普通ってベーゼか? ふふっ、サワムラ。まさかこのボクもその気にさせようって言うのか? そしてゆくゆくはロジーヌも手中に……」

「その気ってなんだよ」


 そう言えば、さっきからロジーヌの気配が消えていると思ったら、彼女は部屋の隅っこの方で直立不動のまま寝息を立てていた。


「昨日も無理をさせたからな……。どうやら、潮時のようだ」

「じゃあ俺も寝ることにするよ」

「ん。じゃあお休み前のベーゼを――」

「お休み」

 唇を尖らせ近づくミリッツァのおでこを、俺は軽くデコピンしていなす。

「照れるなよ。ボクとお前の仲だろ?」

「お休み」

 その後も何度かくんずほぐれつし、やがて夜は更けて行った――。


――――・――――・――――・――――・――――・――――・――――・―――


「相変わらずの役得だな、サワムラ」


 翌日の早朝、休息を取りすっかり調子を取り戻したらしいシュペルブを操りながら、ミリッツァはにんまりと振り返る。

 彼女の言葉の意味は、座る配置が以前と同じだからだろう。

 ただひとつ違うのは、俺の後ろに座ったロジーヌのさらに後ろに荷台があり、いわゆる馬車のような見た目になっていると言うことだった。

 荷台には消波ブロックテトラポッドがこれでもかと積まれ、ガタガタと音をたてている。

 石ころだらけで道の悪いガンバレヤでは、何かの拍子で荷物が飛び出てしまうかもしれない――。

 そんな心配もあったのだが、普段よりも走る速度が遅いからか、未だ俺たちにとっても荷物にとっても快適な走行が続けられている。


「この辺り、見覚えがないか?」

「ここってたしか、石ころだらけだった道だよな……」


 しばらく進んだ後、記憶に新しい道に入る。

 起伏が激しくデコボコで、とにかく歩きづらい道――だったのだが。


「そうだ。でも今はキレイになってるだろ?」

「誰かが掃除でもしたのか?」

「その答えは半分が正解なのです。要するにこの辺りにあった石は、姿かたちを変え、現在わたしたちの後ろに乗っかっているのです」

「後ろ……って、そうか! 消波ブロックテトラポッドか」


 ショウの面前には、見渡す限りの美しい大地。

 また、乱雑に転がっていた石がなくなったことでここ一帯の地に太陽の光がまんべんなく降り注ぎ、土壌の状態も回復しつつある。

 カラカラの土の上にところどころ緑の草花が生えていて、つまりは野球場向きになったってことだ。

(後は上手く整備をすれば練習もできるし、試合もできるじゃないか)

 石を無駄にすることなく、新たな道具として変換。そして開発したものを他国に有効活用してもらう。まさに一石二鳥と言える。


「でも、大変だっただろ。石を運ぶの……」

「そりゃあな。何往復したか分からん。ロジーヌに至っては運びながら寝てたしな」

「途中からノエルも手伝ってくれたので、200往復の見積もりが150往復で済みましたのです」

「ノエルが?」

「ん。鍛錬代わりにと買って出てくれたんだ。おかげで助かった」


 数キロある距離を200往復しようと見積もりを立てていたロジーヌに驚くべきなのか、200往復を150往復に縮めてしまうノエルに驚くべきなのか。

 どっちにしろ、俺にとっては途方もない話だ。


「よし。この森を進めば地点Bだぞ」

(偵察班の待機地点は、森林地帯と言うのがセオリーなのか?)

 おおよそ、隠れやすい、見つかりにくいと言った利点があるのだろうが、となればベアトリスと同じように、ドミニクもどこかに擬態して……。

 と思い、ふと視線を上に向けたとき――。


 ベキ、ベキベキ!!


 と言う枝が折れる音。そして甲高い悲鳴とともに、が降ってきた。


 あれは、尻だろうか。

 珍しい天気だな。尻が降るなんて。


(えっ、尻って!?)


 面前に広がる尻。

 そう。突然尻が降ってきたのだ。


「うわああッッ!!」


 どすん! ドカっ、べきっ、ぐしゃぁッッ!!


 事態を把握することもできず、俺は尻の直撃を食らい、そのままシュペルブから振り落とされた。


「い、いでででで……。なんなんだよ、いったい」


 舞い上がる砂埃に紛れ、聴こえてくるお気楽な声――。


「あ、はは。悪い悪い。怪我はないか?」


 悪いと言っている割にはその言葉の節々に誠意のかけらも感じられない。

 おまけにすぐにどこうともしないし、この失礼極まりないのはいったいどこのどいつだ……?

 いや。地点Bに来たと言うことは、大体予想はついてるんだけど。


「おいドミニク。いったい何をやってるんだ?」

「いや。この木のてっぺんに……ほら、果実がなってるだろ? 腹も減ってたんで、ちょいと登ろうとしたら案外枝がもろくてね」

「冷静沈着が掟の偵察班として、そんな軽率はあるまじき行為なのです……」

「そう言うなよ。腹が減っては偵察できずってね。おかげで取れたよ。ほらほらほら♪」

 果実を見せびらかしはしゃぐドミニクの下で、未だ身動きが取れない俺がいる。

「そ、それは良かったな……。もうそろそろ、どいてくれないか」

「あっ……と! 今どくからそんな怖い顔をするなよ。それにもし、あーしが甲冑を着てたなら、今頃アンタはお陀仏だったんだからな」

「……」

「それどころか、あーしのお尻をたっぷり堪能できたんだ。十分元は取れただろ?」


 この能天気で軽い口調は、どことなく現代のギャルを思わせる。

 こんな人間がプラチナバスターズの一員なのか?

 苛立ちを通り越して呆れの無言を貫く俺の耳元で、ミリッツァとロジーヌが囁く。


(まぁ、なんだ。人にはそれぞれ個性って言うものがあってだな)

(ふざけた風に見えますが、あれでもジゼル様やノエルに続く、れっきとした、ぶとうは、なのです……)

(武闘派? マジかよ……)


 チラリと横目で窺うと、ドミニクはシュシュで一本に結わった長い金髪をピコピコと上下させながら、美味そうに果実を頬張っていた。

 その視線に気が付いたのか、彼女はニコリと笑い近づいてくる。

 どこからどう見ても、そこらにいる普通の女の子だ。


「自己紹介がまだだったね。あーしはドミニク・クライトマン。プラチナバスターズの偵察班のひとりさ。で、アンタは?」

「俺はサワムラ・ショウ」

「ああ~、アンタがそうか。ジゼルから聞いた。異世界から変なヤツが来たってね。きゃははっ、おっかしいの! まぁヨロシクね、ショウ♪」


 ベアトリス同様甲冑を脱いでいるため、上目遣いで屈んだ彼女の体の線がよく分かる。

 実に良い肉付きを……って、そうじゃない。


「で、獣の様子はどうなんだ?」

「んー。よくないな。この間デカブツを倒されただろ? それで仲間がだいぶ殺気立ってるみたい」

「まずいな……。即急に策を打たねば」

「ところでアンタたちは何しにきたんだ?」

「何しに……って、君のところには情報が回ってきてないのか?」

「いーや。回ってきてるよ。ただ、聞いてなかっただけで」


(おいミリッツァ。この子、大丈夫か?)

(元からこんな調子だからな。軽く受け流せ)


「おいおい。そんなに難しい顔するなよ。あーしだってちゃんと給料分は働いてるんだからさ。この間の地震のときだって、いい連携してたろ?」

「まさか、ジゼルにいち早く知らせたのは君なのか?」

「まぁ。あーしの前に、エエンヤデからもっとも近い地点Cにシルヴィがいるけどね。シルヴィ、あーし、ベアトリスの順に連携して、ジゼルに知らせたってわけ」


 と言うことは、結果として津波から辛くも助かったのはそもそもドミニクたち偵察班のおかげってことか。

 何も考えてないように見えて、実はすごい能力の持ち主なのかもしれない。


「お? 見直したって顔してるじゃん。じゃあミリッツァ、ジゼルに来月からの給料を上げるように言っておいてくれよ」

「お前の、そうやってすぐ調子に乗るところはいかん。だいたい、今月は給料が出たばかりなのに何言ってるんだ」

「……」

 すると突然動きが止まり、顔面蒼白になったドミニクにロジーヌが突っ込みを入れる。

「まさか、使っちゃったのですか?」

「こく……」

「何に?」

「えーと……アクセサリーと、コスメと、洋服と、別冊コー・シエンウォーカー。後は……」

 ドミニクはそのまま自身の指が足りなくなるくらいの品を上げていく。

 そんな彼女の様子に、ミリッツァはため息と同時に肩をすくめた。

「あー、もういい。分かった。ジゼルにはそれとなく伝えておく。だが期待するなよ?」

「やったー♪ わんわんっ!」

「伝えておくだけだからな。それにいきなり犬みたいになるな」

「わんわん! わふっ♪ なのです」

「ロジーヌもどさくさに紛れて加わるな」


 俺の妹のセリナも、入ったバイト代をその日のうちにほとんど使ってしまって、次の給料日がくるまでみじめになることが多かった。

 なんだかドミニクを見ていると、ふとセリナのことを思い出して、情けなくても懐かしい気持ちになってしまう。

 ま、どこの世界にも、無計画な人間はいるもんなんだよな……。


「わんわんっ、わ――。んん?」


 やかましく遠吠えを続けるドミニクだったが、急に静かになって再び俺の側にトコトコやってくる。

 そしてそのまま俺の下半身を目掛けてしゃがみ込んだ。


「お、おい! いきなりなんだよ」

「くんくんくん。なんかー、ここから、良い匂いがするー」


 下半身は下半身でも、ドミニクの標的は皮袋だったようだ。

 リゼットには何かがあった時のために薬を補充してもらっている。だが、今日は薬以外のものも入れられていた。

 それは――。


「ドミニクは常人よりも嗅覚が優れているんだ。言わば犬なみにな」

「偵察班の3名はそれぞれ、嗅覚、視力、聴力に優れた人材を配置しているのです。よってドミニクは嗅覚の専門と言うことになりますです」

「そうなのか? じゃあベアトリスは……」

「ベアトリスは視力。ヤツは視力が11.0あるらしい。遠方にいる兵士の鼻毛が出てるとかも分かるみたいだぞ」

(11.0ってどんな世界だよ……)

「ま、犬なみのドミニクに知られたからにはもう観念するしかないようだな、サワムラ」

「う……。本当はこれ、エエンヤデの子供たちにってリゼットから言われてるんだけど……」


 俺はしぶしぶと皮袋からリゼット手製のマカロンを数個取り出す。


「なんだコレ! お菓子? すっごい、宝石みたいじゃん! 食べていいのか?」

 文字通り、宝石のように目を輝かせ食いついてくるドミニク。

「あ、ああ。でもあげる代わりに……って、食べるの早いよ!」

「ぱくぱく、もぐもぐ……。んー、分かってるって。で、代わりに何をしたらいいんだ?」

「獣の様子をしっかり監視していてほしい。それに、イテマエに限らず危険が迫ったらすぐに知らせてくれ」

 後は、ミリッツァがまとめた野球のルールブックを手渡し、理解しておくように促した。

「そんなコトでいいのか? わぁーた、わぁーた。ひまんほころはらいじょーぶらからはふはふ」

「今のところは大丈夫だからたぶん、らしいですわん♪」

「食べながらしゃべるなよ……。で、ロジーヌ、通訳はありがたいけど、もう犬はいいから……」


 その後もドミニクにこれでもかとマカロンを搾取され、ようやくエエンヤデに向けて出発することになった。

 念のため、獣の巣を刺激しないよう大幅な迂回ルートを取る。


「はぁ~、何だか異様に疲れたよ」

「ん。まぁドミニクはプラバスの中ではかなり異色の存在だしな」

「あれでも武闘派なんだろ? どうやって戦うのかまるで想像がつかない」

「ぶとうはぶとうでも、ドミニクは舞踏派だがな」

「……って、そっちの舞踏かよ!」


 ますますどうやって戦うのか分からない。改めて謎の人物だ。

 まぁ謎って言えば、これから会う人物も、他国の人間でありながら外交に同行するなんて言い出す、相当謎の人物なんだけどな……。

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