六回表「希望の風」②

 ミシェルとサラが共有しているシュヴァル・ブランのエスポワールは希望と言う意味を持っているらしい。

 シュペルブに比べて筋肉はやや細いものの、毛並みは美しく、立ち姿も優雅でしっかりとしている。

 そこへジゼルのラファールが並べば、まさにとなり今の俺たちにとってとても力強い追い風にもなるような気がした。


「忘れていた。ショウ、これも着けろ」

「これは、リゼットの皮袋?」

「あやつはこの間の件で足を負傷し、しばらくはマトモに動けんようだ。我がイテマエに行くと言ったら、それを渡してきてな」

 皮袋の中には大量の薬瓶が詰められていた。

 そのため、腰に着けると白銀の胸当てと相まってかなりの重量となる。

(でも、リゼットは胸当てよりもさらに重い甲冑をまとっているんだ……。凄いよな、やっぱ)

「どうした?」

「い、いや。なんでも」

「そうか。では我と一緒に乗れ」

 思い返してみれば、ジゼルがこうして手を差し伸べてくれたのは初めてかもしれない。

(剣を差し伸べてきたことはあったけどな)

 俺はその白魚のような手を掴み、ラファールへとまたがる。

 たった一瞬の出来事ではあったが、彼女の指に触れたとき、まるで電気が走るかのような強い胸の高鳴りを覚えた。


 この気持ちはいったい――?


 疑問に感じている間もなく、ジゼルが号令を発する。

「ミシェル、サラ。お前たちが先導しろ! ここから北東へ向かい、地点Aを経由、小休止ののちイテマエへ向かうぞ!!」

「「はっ、承知しました!」」

 乾いた手綱の音を響かせ、エスポワールは一足先にと軽快に駆けていく。

 それに続いて、ラファールもいななきとともに前脚を高く掲げ走り出した。


「ジゼル。地点Aって言うのは何なんだ? 前にイテマエに行ったときはそんなところ通らなかったけど」

「偵察班のひとり、ベアトリスが待機している箇所だ。本来ならばあやつは、ガンバレヤの一部と団員だけの極秘の存在なのだが……」

 ジゼルは若干走行速度を緩め、振り返りながら言う。

「ショウには、プラチナバスターズ全員の顔を覚えておいてもらおうと思ってな」

「ジゼル……」

「ただ、あやつは地面や背景、植物などに擬態していたりするからな。我でも認識できないときがある。おまけに極度の人見知りときたものだ。でも、見つけてやると凄く喜ぶぞ」


 しばらく会話を続けているうちに、いつしか見知らぬ森林地帯へと足を踏み入れていた。

(石ころだらけのガンバレヤに、こんなところがあるなんて……)

 辺りは静寂に包まれ、馬の足音だけが力強くこだまする。

 ふと視線を上げてみれば、木々の間を縫うように差し込む太陽光がとても神秘的に映った。

「ここからもう少し進んだ先が地点Aだ。近くに湧き水が出ている所もある。少し休んで行こう」

 すでにエスポワールとミシェル、サラ一行は地点Aと思われる箇所で待機をしており、俺たちの到着を待っていた。

 それにしても、馬にまたがっているときはそれほど気にはならないのだが、降りた途端に股や太もも付近がじわりと痛む。

 彼女たちも同条件なはずなのに全く平気な顔をしていると言うことは、やはり正しい乗り方や姿勢のようなものがあるのだろう。

「……」

 無意識に、ジゼルの下半身を見つめる。

(痛くはないのか?)

 などと、俺は至って真面目な気持ちで注視したはずなのだが、当の本人は……。

「き、キサマ! さっきから我のどこを見ている!?」

 即座に反応し、体を反転させた。

「あっ、いや、これは違うんだ!」

「何が違うのだ! 返答しだいでは斬り捨てるコトになるぞ!」

 って、もうすでにロングソードを取り出して斬る気マンマンじゃないか。

「ジゼル様、お止め下さい!」

「そうですわっ。男性なのですから、少しくらいは大目に……!」

「変な言い方をするなって! 俺はただ股を見ていただけで!」

「やはり見ていたのではないか、この助兵衛! どうやら一度痛い目を合わせた方が良さそうだな!?」

「う、うわっ!」

 俺は切っ先から逃れるため、その場で尻餅をつく形となった。そのときである――。


 むにっ。


 と言う、柔らかくて弾力のある感触が俺の右手に広がった。

(な、なんだこれは?)

 地面にしてはほのかに温かく、それでいて気持ちいい――?


『あひゃぅん゛ん゛っっ!!』


 おまけに聞いたことのない誰かの嬌声染みた悲鳴が辺りに響く。

(いや。誰かって誰だよ? 今ここにいるのはジゼルとミシェルとサラだけだぞ……?)

 まさかラファールやエスポワールがこんな声を出せるはずもないしと思い、恐る恐る右手の方へと視線を向けると……うつ伏せで寝ていたひとりの女の子と目が合ってしまった。

 地面や背景と同化するようなペイント入りの衣装をまとい、頬や髪のところどころにススを塗っている。

 実に奇妙な風貌と体勢だが、俺は直感的に彼女の名前を察した。

「えーと、君はもしや……」


 ――バチィィィィィィンッ!!


 しかし、名前を口に出す前に飛んできた大き目のビンタが、俺の意識と一緒に吹っ飛ばしてしまった――。


 ◇◆◇


「すまない。ワタシとしたコトが」

 俺が再び意識を取り戻したのは、それから数分経ってからだった。

「いででで! もう少し優しく拭ってくれよ」

 水に濡らした布が、赤く腫れ上がった頬を往復する。

「す、すまない……」


 さっきから何度このセリフを聞いたことか。


「ふふっ。そう落ち込むなベアトリス。今回の件は、全面的にショウが悪い」

「お、俺のせいなのか!?」

「当然だ。我は先ほど、彼女は地面や背景、植物などに擬態していたりするから……と、警告をしておいたはずだが?」

「そんなこと言ったって、分かるはずないだろ……」

「ま、おかげで我は楽しませてもらったがな」

「俺は全然楽しくないんだけど! むしろ痛かったんだけど!?」

「ぷっ……ふははっ! そんな情けなく腫れ上がった顔で怒っても説得力はないぞ? さ、ベアトリス改めて自己紹介でもしたらどうだ?」

「は、はい。ワタシは、ベアトリス・ダンハウザー。プラチナバスターズ偵察班のひとり……」


 ススでわざと汚した頬と髪をキレイに拭いた彼女の横顔は、ジゼルに負けず劣らず美しく、凛としていた。

 また意外に背が高くスレンダーで、いわゆるモデル体型と言うヤツだ。

 ただ、視線は常にどこか別の場所に浮遊していて、目を合わせてくれない。


(極度の人見知りとは聞いていたけど、まさかこれほどとは……)

「それにしてもベアトリス。たかが尻を触られたくらいであそこまで取り乱すのは、さすがにことだ」

「す、すみません。ワタシ、あんな風に……その、揉まれるの、慣れてなくって。しかも、男性に……」

 正面からではなく、横からチラリチラリと窺うベアトリスの頬は羞恥心からか真っ赤に染まっていた。

「言っとくけど、揉みたくて揉んだわけじゃないぞ! なんで俺をそんな悪者を見るような目で見るんだよ!」

 必死に弁解する俺の姿に、ジゼルが腹を抱えて笑う。

「あははは! そ、そんなに笑わせるな。腹が痛い!」


(な、なぁサラ。ジゼル様ってあんな風に笑う人だったっけ……?)

(いえ。常に気張っていると言うか、難しい表情を崩さない方でしたわ)

(さっきの、その……ベーゼと言い、サワムラとの出会いがあの人の何かを変えたのか?)

(可能性はありますわね。でも、逆に安心しましたわ)

(安心?)

(ジゼル様も、わたくしたちと同じ、人であり、女性だったってコト。悲しいときは泣き、嬉しいときは笑うのが人のあるべき姿なのですから)

(じゃああのベーゼの意味は……)

(少なからず、彼に好意を持っている証拠でしょう。何がキッカケでそうなったのかはさすがにはかりかねますが……)


 雑談が一段落したところで、ジゼルは表情を改める。


「ベアトリスには、ガンバレヤ周辺の監視と、イテマエの動向を主に探ってもらっている」

 向こうの動きはどうだ? と、ジゼルははるか前方に揺らめくイテマエ国の全景を見据えながら言った。

「はっ。昨日の深夜、イテマエ国周辺に大型の獣が出現。対応にあたったの数名が負傷した模様です」

「なるほど……獣か。それは厄介だな」

「ちょっと待ってくれ。ゴールデンファイターズって……?」

「ショウ。キサマはイテマエに行ったのではないのか?」

「行ったことには行ったけど、実はそこまで腰を据えて話をする時間はなかったんだ」

「ふむ……まぁ良い。ヴィヴィアンヌ率いる少女騎士団の名称のコトだ。我々プラチナバスターズとは1名少ない、計9名で構成されている。それで、負傷をしたと言うのは?」


 プラチナバスターズと言い、ゴールデンファイターズと言い、ここコー・シエンでは俺のいた世界のプロ野球チームの名称がしっかりとリンクされているようだ。

 ということは、オリヴィア率いる少女騎士団も、そのような名称があるのか――?


「レティシアとサンドラ、以上2名。いずれも重傷です」

「どちらも主力ではないか……。これは戦力に大きな差がつきそうだな」

 ジゼルは自然と顎先に手を置く。

「何とか助けてあげることはできないのか?」

「……まるでリゼットのようなコトを言うんだな、ショウは」

 さらに、眉間にしわを寄せた。

「イテマエは慢性的に薬が不足しているんだ。傷を放っておいたら、命にかかわる事態まで発展してしまうかもしれない」

「自国の人間ならまだしも、レティシアもサンドラも所詮は敵国の人間。それを知っての発言か?」


 敵国の主力が無力になっていると言うならば、自国にとっては有益なこと。

 それを助けようとするならば、結果としてジゼルが口を酸っぱくして言っていた、自国に不利益が生じることにつながる。

 どちらも間違ってはいない。

 しかし、この問題ははたしてそんな単純に割り切れるものなのだろうか――?


「敵国の人間を助けたことによって、自国に有益をもたらす可能性もあるんじゃないか?」

「なぜだ?」

「イテマエに獣の被害が絶えないのは、おそらく食料が潤沢にあるからだろう。もしガンバレヤが領土を得、田畑を開拓し食料を確保できるようになったら……今度はガンバレヤが獣の標的になるかもしれない」

「ほう。つまり、イテマエの直面している問題が、後にガンバレヤの問題にもなるかもしれない……。そう言いたいのだな?」

「それに、ヴィヴィアンヌは領土を得たときの使い道は病院だと明確に言っていた。病院だって、ガンバレヤにとって必要だろ?」

「たしかに、我が国では小さな診療所の医師とリゼットぐらいしかまっとうな治療をできるものはいないな」

「ガンバレヤの領土の使い道である田畑だって、イテマエにとってあるにこしたことはない。ここは手を取り合うときじゃないのか?」

「敵国の、それも紛争を行おうとしているところと手を取り合う……か。まったくとんでもない話だな」

「自分でもおかしいと思ってるさ。でも、俺は」

「残念だがその提案は却下だ。敵国を助けたばっかりに我々が怪我を負ったらどうする?」

「でも――」


 ジゼルの正論を覆す持論を俺は持っていなかった。

 助けたい。ただそれだけのちっぽけな正義感では、むしろ周りに迷惑をかけてしまう。

 勇敢と無謀は紙一重。今になって、この言葉の重みが強くのしかかってくる。


「ジゼル様!」

 俺が諦めかけたそのとき、再び地に這って偵察をしていたベアトリスが突然声を張り上げた。

「どうした?」

「イテマエ国のはるか西から、巨大な獣の気配が近づいています」

「なに?」

「とてつもない速度です。正門への推定到達時間はあとおよそ10分。現状手薄のイテマエでは、被害も甚大なものになるかと……」

「む……」

「ジゼル、お願いだ。ヴィヴィアンヌたちに力を貸してやってくれないか」

「……」


 しかし、俺の懇願も初めから聞く気がないかのように、ジゼルは黙って目を閉じ腕を組んだままだ。


「頼む。ジゼ――」

「ベアトリス。獣はどういった種のものだ?」

「狼に似た風貌をしており、動きも早い。雑食系で鋭い牙と爪をもつ凶暴な性格をしているようです」

「そうか……」


 小さく息を吐いたジゼルはやがてカッと目を開き、咆哮とともに片手を横に振りかざす。


「ミシェル! サラ! いけるか?」

「は、はい! いつでも準備はできています!」

「右に同じっ……って、今はたまたま左におりますけれど」

「ジゼル!? と言うことは……」

「勘違いするな。キサマが先ほども言ったように、いずれ我々が領土を得、田畑として活用するにあたり、その獣とやらがガンバレヤにも行動範囲を広めるとも考えられるからな」

「あ……」

「自国に不利益をもたらす危険がある悪意の芽は、予め摘み取っておいた方が良いと言う判断だ」

「ありがとう! ジゼル!」

「しかし、まずはあの国境を越えねばどうしようもならん。ま、策はあるのだがな」

(策……?)

「ジゼル様、陣形はどうしますか?」

扇の陣エヴァンタイユ。我とミシェルが前衛。サラは後衛だ」

「はっ、承知しました!」


 ミシェルは打てば響く返事を返すや否や、自身のエモノを颯爽と取り出す。

 プラチナバスターズのほとんどが剣を使用している中、彼女は槍を用いているようだ。


「ミシェルは、アジャーニ流と言う槍術の名家の出身。エモノの射程範囲は団の中でも指折りだ」

「まさかこんな形で腕を披露するコトになろうとは。精一杯やらせて頂きます!」

 ミシェルの左にいるサラは、右手に拳銃のような姿形をしたクロスボウを用意していた。

「サラは腕の筋力の低さを補うため、クロスボウを使用している。遠方から標的を撃ち抜く正確さにかけては団イチ。過去の紛争ではたった一発の矢で戦況を変えたコトもある矢の名手だ」

「お褒め頂き恐縮です。さぁ、わたくしも粉骨砕身の覚悟で頑張りますわ!」

「ショウはベアトリスとシュヴァル・ブランとともにここで待機をしておけ」

「わ、分かった」

「よし! まずは国境警備棟を目指し進むぞ!」

 ジゼルは自ら先陣を切り、追い風に乗って走り出した――。

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