四回表「焼き菓子とやきもち」

 フランツ含む国境警備兵に囲まれる形で、俺たちはイテマエ領土に足を踏み入れる――。

 ミリッツァが先頭で、彼女の後ろを俺が続き、リゼットが最後尾と言うシュペルブに乗ったときと同じ配置だ。


 また監視されるように進んでいるため、全身に緊張が走る。

 そのせいか、真っ先に違和感を覚えたのは、歩く地面の感触と見た目だった。

 ガンバレヤに比べて土壌が柔らかく、ところどころに野草や花も点在し、さらにはしっかりと道が舗装されている。

 本来、これが国内間を効率的に行き来する領土してのあるべき姿なのかもしれないが、国境線を超える前と後でここまで世界が変わるとは思ってもいなかった。


「ここが我がイテマエ国だ」

 しばらく歩くこと数分。

 まず目に飛び込んできたのは、交差するように埋められた木の杭。それらに巻きつけられた鋭利な鉄線――。

 明らかに外部からの侵入を防ぐためだけに作られたような物々しい物体が、イテマエ国の城壁を囲むように配置されていた。


 そんな独特な雰囲気に飲まれしばし無言になっていると、横からリゼットとミリッツァが耳打ちをしてくる。


(イテマエは、ガンバレヤのような防御特化型の国ではなく、迎撃特化型の国なんです)

(迎撃特化型って?)

(あの交差された木の杭と鉄線の柵。あれが結構厄介な代物なんだ。特に馬などで突撃した場合は馬自体が柵に恐れ立ち往生してしまう……)

(その間に迎撃するってわけだな)

(そして交差された木の杭にできた直角の隙間……。これも妙案だ。ここにクロスボウや鉄砲の銃身を置いて、固定をしたり手振れを軽減させたりする)

(銃器は重く、長時間構えていると体に負担がかかりますからね)

(なるほど……。すべて計算尽くされた配置ってことか)

(ガンバレヤは、敵に近づかれる前に遠距離から対応する陣形ですが、イテマエはむしろ敵をギリギリまで引きつけて一気に迎撃する陣形を取っているんです)


「キサマらはここで少し待っていろ。A班は監視棟に戻れ、B班はここで待機、C班は俺と一緒に来い」

 国が違えば、戦い方も違うことを再認識したあと、フランツは仲間の兵士にそれぞれ指示を出した。

 残された俺たちとB班は、文字通りここで待たされることになる――。

(ヴィヴィアンヌって言ったか。その人はどういう人なんだ?)

(ヴィヴィアンヌ・シュルマイスター。イテマエを代表する少女騎士団団長。ジゼルよりも1歳年下でありながら、抜群の剣術センスと身体能力を持ったカリスマ……)

(おまけにずば抜けた美貌とスタイル、上品で美しい金髪縦ロールの巻き髪で、コー・シエンすべての異性を虜にするとも聴きます)

(だがまぁ、見てくれはいいがかなりの自信家でワガママなところもあり、言わば単細胞な――)

 ――と、ミリッツァがそこまで説明したところで、はるか前方から甲高い笑い声が響いてきた。


「お~~ほっほっほ!! はるばる遠方からご苦労ですわね!」

 黄金の甲冑を身にまとい腕を組み、腰には大振りの剣を携えた女騎士――。

 頭部にはあえて何も着けておらず、金髪縦ロールのロングヘアが風に乗って優雅になびいている。

「フランツ。もう下がってけっこうですわ」

「ハッ!!」

 外にいるにもかかわらず、心なしか香水の匂いが漂ってくるのも、風上に立っている彼女のせいなのかもしれない。

「あ~~ら、相変わらず田舎臭いカッコをしてますコト。少しは騎士である以前に、女であることも意識した方が良いんじゃないかしら」

「ご忠告感謝する、ヴィヴィアンヌ」

「参謀のミリッツァ、薬師やくしのリゼット、そしてこちらの三枚目はどなたですの?」

 三枚目……? それって俺のことか? まぁたしかにおかしな格好はしていると思うけど、顔は普通だぞ?


(落ち着けサワムラ。こいつは初対面に対してもこういうことを平気で言う性格なんだ。今はただ社交辞令として受け取り、流した方がいい)

(あ、ああ。分かった……)


「お初にお目にかかります。俺はサワムラ・ショウと言います」

「へーぇ。パッとしない見た目に、貧弱な体、頭も悪そう……こんな人材を好んで使っているなんて、ガンバレヤも落ちぶれたものですわね」

 ヴィヴィアンヌは俺の頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見た後、贅の限りをつくした暴言を浴びせる。

「はは。よく言われます」

 ミリッツァの助言通り、彼女の性格を考慮しできるだけ刺激をしないように円滑に挨拶を進めた。

 もしかしたら、こうやって人を小馬鹿にするような態度をとっているのは、相手の冷静さを欠くためにわざとやっているのでは? とも勘ぐったからだ。

 現に、俺に反論する気がないと悟ると、ヴィヴィアンヌは先ほどまでの余裕のある表情とは一変、眉間にしわを寄せる。

「……で、何の用ですの? まさかとは思いますけど、降伏しにきたとかバカなコトをおっしゃるつもりではないですわよね?」

「いえ。少し聞きたいことがありまして……」

 俺は極めて低姿勢でヴィヴィアンヌに迫った。

「9日後に迫った紛争。イテマエ国も、あの土地を得ようと画策しているようだけど……実際に得たとしたら、その土地をどう使うつもりなんだ?」

「はっ。何かと思えば、そんなコトを易々と敵国に話せるわけがないでしょう。それに、どうしても知りたいと言うなら、まずそちらから話すのが筋ってモノじゃありません?」


 参った。このヴィヴィアンヌと言う女騎士は一見チョロそうに見えるが、意外とガードが堅そうだ。

 相手を怒らせるようなコトを平気で言ってみたり、そうかと思えばいきなり正論を貫いてみたり、実は頭のキレる人間なのかもしれない。いや、単なる天然と言うセンも捨てがたいが。


「ヴィヴィアンヌの言うことももっともだな。では、ボクが疑問に思ったコトなどひとつ……」

「……?」


 彼女の案内で、イテマエ国内部に足に踏み入れた俺たち――。

 居住地区には数多くの建物が並んでいる。

 そのほとんどがガンバレヤに比べ大きくしっかりとした作りではあるが、玄関の扉はもちろん、ありとあらゆる窓が閉ざされていた。

 それどころか、人っ子ひとりの気配もしない。水を打ったように静まり返っている。


「子供やお年寄りの姿がまるっきり見えないな。前はここ一帯、お年寄りを連れた子供のはしゃぎ声が聴こえてきたものだったが……」

「……っっ!?」

 ふいに語ったミリッツァのセリフに、ヴィヴィアンヌの肩が大きく揺れる。

「それにあの柵自体の見た目も気色悪い。いくら紛争が迫っているとは言え、あんな門前払いを思わせる厳重さでは国の景観を損ね、客人でさえも不快に思うぞ」

「し、しかたないのですわ」

「しかたない? どうして?」

「ここ最近、畑を襲う獣が出没するようになって……」

「獣……ですか? それって、リュリュちゃんを襲った……」

「ええ。リュリュの他にも、大けがを負った子供やお年寄りも少なくないのですわ。だからわたくしたちは、過剰とも思える防壁を二重、三重、作った……」

「さすがに過剰すぎやしないか。イテマエは実際こんなものに頼らなくても、十分迎撃できる精鋭が揃っているはずだろ」

「それは……負傷を最小限に抑えるためですわ。紛争を前に、絶対に大怪我をしてはならない。今、わたくしたちはそれを恐れてる……」

 ヴィヴィアンヌは体を抱くように腕を組み、小刻みに震える。

 その姿は先ほどまでの女騎士団団長としての毅然さや余裕はなく、ただのひとりの少女のように映る。

(怪我を恐れる騎士団……?)

 俺はその真意を今ひとつ掴めぬまま、視線を周りに向ける。

 すると、道の一角に何かが大量に積み上げられているのが見えた。

(……なんだ、あれ?)

 イモ、にんじん、葉物……と言った野菜が乱雑に置かれている。

 いや、正確には置かれているのではなく、打ち捨てられていると言っても良いかもしれない。

 反射的に俺は、今朝食べた質素な食事のことを思い出す――。

(リゼット。ここでは食料をあんな扱い方するのか?)

(い、いえ。イテマエは、ガンバレヤと違って食料が潤沢にあるだけです。食べきれないから、捨てているだけだと……)

(そうか。イテマエは食料が溢れるほどにあるのか……)

 イテマエの内部事情が少しだけ垣間見えたような気がする。


 さらに国の中を進むと、突然ある民家から子供の泣き声が響いてきた。

 ヴィヴィアンヌは血相を変え、その場に直行した。俺たちはその背中を足早に追う――。


「なにごとですの!?」

「あ、ヴィヴィアンヌ様……。じ、実は娘が……」

 

 向かった民家の中には若い母親と、泣きじゃくる小さな娘。

 娘の足には痛々しい傷跡。どうやら化膿しているようで、傷口が大きく腫れ上がっていた。

「私の制止も聞かず、外で遊びたいと言い出して。まだ傷も塞がっていないのに……」

 困惑した様子で語る母親を、苦悶の表情で見つめるヴィヴィアンヌ。

「薬はないんですか? こんなに痛がっているのに……」

 俺は、娘が怪我をして苦しんでいるのにまったく処置を施さない母親に尋ねた。

 しかし返事は返ってこず、代わりに口を開いたのはヴィヴィアンヌだった。

「……ですわ」

「えっ?」

「わたくしたちの国には、傷を治す薬がないんですわ」

(そうか。イテマエの騎士団が怪我を恐れ、過剰な防衛を行っているのも、傷薬の不足が原因なのか……)

 特に子供やお年寄りは免疫力が弱く、傷の治りも遅い。

 居住地区の民家がこぞって扉や窓を閉めているのも、万が一の獣からの被害や、外出先での怪我を恐れて……のことなのだろう。

 イテマエの事情は、食料が潤沢にある一方、怪我を治す薬が枯渇していると言うことらしい。

「さすがに見ていられないな。リゼット」

「はい」

 ミリッツァに促される前に、リゼットは腰の皮袋に手を伸ばし動き始めていた。

 娘を椅子に座らせて、患部の状態を探る。

「お嬢ちゃんのお名前はなんて言うのかな?」

「ぐすっ……ひぐっ。え、エマ……」

「安心してエマちゃん。私が痛いのを治してあげる。治ったら、またすぐにお外で遊べるようになるからね」

「ほ、ほんとう……?」

「本当だよ。エマちゃんは何して遊びたい? かけっこ? それともお絵かきかな?」

「けんけんぱしたい! それとなわとび!」

「けんけんぱとなわとびかー。お姉ちゃん、こんなカッコしてるけど、跳ねるのは得意なんだぞー♪ うさぎさんみたいにぴょんぴょんぴょんって!」

「え、見たいな! エマ、リュリュちゃんと一緒に見たい!」

「リュリュちゃんとお友達なんだ。実はお姉ちゃんもね、お友達なんだー」

「そうなの? じゃあ一緒に遊ぼ! エマとリュリュちゃんと一緒に遊ぼう!?」

「くすくすっ。それなら、ちゃんといい子にして傷を治さないとね。治るまで、我慢できるかな?」

「うん! 分かった! 我慢する!」

「よし。いい子いい子」

 会話を終えると同時に、傷の治療は完了していた。

 手慣れた子供の扱いと手際の良さに、ヴィヴィアンヌと母親は言葉を失う。


「あ、あの……なんてお礼を言ったら良いのか。本当にありがとうございます」

「いえ。しばらく安静にしていれば傷は塞がるはずです。後は栄養のあるものを食べさせてあげてください」

「は、はい! しかし、あなたがたはガンバレヤの……何故私たちを助けるようなコトを……」

「子供に罪はありません。それと、あなたにも。ここに、ひとつで恐縮ですが薬瓶を置いておきます。患部に塗るだけで良いので3日間に分けて使って下さい」

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 母親は、俺たちが玄関から出た後も頭を下げ続けていた。

 そんな様子を見つめた後、今度はヴィヴィアンヌが頭を下げる。

「正直、助かりましたわ。ありがとう」

「ん? お前が頭を下げるところなんか初めて見たぞ」

「う、うるさいですわね。このわたくしが感謝してやってるんですから、ありがたく思いなさい!」

「ヴィヴィアンヌさん。こう言ってはなんですが、エマちゃんの傷、あと数日治療が遅れていたら危ないところでしたよ」

「そ、そうなんですの!?」

「ええ。傷のきっかけはおそらく転んでできた小さいものだったと思うのですが、治療をしない状態が続くとばい菌が入って化膿し、やがて皮膚を壊します」

「皮膚を……壊す?」

 ヴィヴィアンヌの顔が青ざめる。

「じ、実はイテマエには、エマだけじゃなく同じような症状の子供やお年寄りがたくさんいるんですわ」

「それなら、即急に対処しないといけませんね……」

「ちょっと待ってくれ。この国には医療施設はないのか? いくら薬が不足していると言っても、子供の怪我を放置する親がいたり、同じ症状のお年寄りがたくさんいるなんて異常だと思うんだけど」

 難しい顔をするヴィヴィアンヌに俺は問う。

「で、ですからあの土地を得て即急に病院を建てようとしてるんですわ! 海の向こうから腕利きの医師もいっぱい雇って――」

「そうか、病院か。国民のコトを考えての立派な決断だな」

「それだけじゃありませんわ。どうやらあそこには、生命の木があると言うウワサも――あっ!!」

「……っ!?」

「生命の木……それは本当か?」

 驚くリゼットとミリッツァ、そしてしまったと言う顔をしたヴィヴィアンヌを前に、俺は首を傾げるしかなかった。

「ミリッツァ、生命の木ってなんだ?」

「コー・シエンに代々伝わる伝説の植物だ。この木になる果実は、あらゆる病に効くと言われている。ただし、一年に一度、その年の夏にしかその実をつけない……」

「イテマエは、微熱からくる風邪も流行しているんですわ。ただ、いつまで経っても改善しない人が多く、別の病だと唱える人もいて……」

「それはもしかしたら、肺炎と言う病かもしれないな。だとしたら、しっかりとした治療をしなければ治らないぞ。そのうえ、最悪人から人へとうつる可能性もある」

「でも、そのしっかりとした治療を行う施設もなく、薬もなく、立ち往生しているのがわたくしたちの現状……」

 語るに落ちるとはこのことだろうか。

 ヴィヴィアンヌは歯を食いしばりながら、自分たちの置かれた立場を語り続ける。

「いずれ皆が病に倒れ、国が壊滅する……。そんな未来も遠くないと危惧しているんですわ」

(もしかしたら、初めて会った時の余裕や人を小馬鹿にした態度は、ただ虚勢を張っていただけなのかもしれないな)

 しかし、彼女が素直になったからこそ、こちらも素直にガンバレヤの現状を話す気になる。

「実は……」


 俺がガンバレヤの事情を話すと、ヴィヴィアンヌは真剣な表情で聞いてくれた。


「そうだったんですの……」

「俺たちも、いずれ飢餓と言う局面で国が壊滅してしまう可能性がある。ここは双方のためにも、助け合うときじゃないのか?」

「たしかにそうですが……。わたくしたちはあくまで敵同士。今さら紛争を止めるコトなんてできませんわ」

「紛争は止めない。でも、別の逃げ道……いや、方法で決着をつけると言うのはどうだろう?」

「別の、方法?」


 そこで俺は、いよいよ野球外交について切り出す――。


「やきう外交……」

「人を傷つけることなく、己の肉体と身体能力で決着をつける。魅力的な案だと思わないか?」

「た、たしかにそうですけど……」

「紛争は、勝った方も負けた方も同じ苦しみを背負い続ける……。それは、少女騎士団団長である君も重々感じてるんじゃないか」

「くっ……」

「子供やお年寄りのことを心配する君の顔を見て、国民のことを想う、本当に優しい性格をしているんだなと思ったよ。だから――」

「わ、わたくしは、今まで自分が優しいと思ったコトなんてありませんわ!」

「優しくない人間ほど、自分は優しいって主張するもんだ」

「……ぁっ」

 ヴィヴィアンヌの頬が美しい朱色に染まる。

「サワムラ。今度はヴィヴィアンヌにも手を出そうって言うのか? この助兵衛」

「ち、ちがっ! そんなつもりは……って、いでぇえええ!」

「ぷく……」

 ミリッツァに胸を小突かれたと思ったら、その直後脇腹の肉がリゼットの指によってつねられ、激痛が走る。


(り、リゼット。君の薬には傷を治す他にも、風邪や肺炎を治すようなものはないのか)

 俺は痛みで顔をひきつらせながら問う。

(塗り薬の他にも、苔と薬草を乾燥させ錠剤にしたものがあります。服用し、安静にしていれば効果があるかもしれません……)

(それを食料と交換する提案をしたらどうだろう? ヴィヴィアンヌは俺たちに恩義を感じている。今こそ、好都合だ)

(……分かりました。ガンバレヤであれイテマエであれ、子供やお年寄りの苦しむ姿は私も見たくありませんからね……)

(ありがとう)


「ヴィヴィアンヌ、俺たちはこの辺りで一旦帰ることにするよ。野球外交の是非については、騎士団員同士で話し合ってくれないか。それと――リゼット?」

「こちらは私が今持っているすべての薬です。切り傷すり傷には液体の瓶、熱や風邪には錠剤の瓶。それぞれ使い分けてください」

「い、頂けるんですの? しかもこんなにたくさん……!」

「ああ。その代わり……と言ってはなんだけど、食料を少し分けてくれないか? 半端なものでいい。頼む」

「そ、そんなコトはお安いご用ですわ!」

 ヴィヴィアンヌはパッと笑顔を咲かせ、指をパチンと鳴らす。

 その直後、突然彼女の後ろから甲冑と鉄兜を被ったふたりの女騎士がスッと現れた。

「アネット! クラリス! 用意を!」

「はっ!」

「承知」

 ふたりが鋭い声を上げたと思ったら、俺たちの前に膨れた数個の麻袋がいきなりドン! と現れる。

「どうぞ」

「お持ちください」

「き、君たちはいったい……」

「わたしたちはヴィヴィアンヌ様の影……」

「それ以上でもそれ以下でもありません。では――」

 ふたりとも鉄兜を被っているため表情はうかがえないが、その謙虚な立ち居振る舞いから、礼節をわきまえているのがよく分かった。

「ちょっと待った! 君たちは今までどこにいたんだ?」

「……? その質問の意味は理解しかねます」

「わたしたちはあなたがたがヴィヴィアンヌ様と出会った瞬間からずっと一緒に行動していましたよ?」

「……」

 返事もそこそこに、アネットとクラリスはヴィヴィアンヌの背後に回る――。

 俺は慌てて彼女の背中に回るが……ふたりの姿はなかった。

(マジックかよ……。でも、ずっと一緒に行動をしていたなんて、ある意味怖いな……)

「ムッシュ・サワムラ。こちらもお持ちくださいな」

 不思議に思っている俺をよそに、ふと鼻先に触れる心地よい香水の匂いと、アーモンドのような香ばしい香りが強くなる。

「今日、わたくしが初めて焼いた手製のお菓子ですわ」

 ヴィヴィアンヌが手渡してきた透明の袋には、2枚の小さな球形をしたクッキーに似たものの間にクリームが挟まれた菓子が所狭しと入れられていた。

「これは……マカロンか?」

「マカ……なんですの?」

「あ、いや。俺のいた世界では、お土産とかちょっとした贈り物に最適なお菓子なんだよコレ」

「お土産? 贈り物? でも、このお菓子はわたくしが今日初めて焼いたもの……まだ名前も何も決めておりませんわよ?」

「え、えーとそれは……」

「ヴィヴィアンヌ。実はここにいるサワムラは、ボクたちの世界とは違った世界からやってきたらしいんだ」

「違う、世界……?」

「やきう外交とか突飛な話も、菓子の名前を知っているのもそのせいだ」

「……」

 俺を見つめるヴィヴィアンヌの瞳の色が明らかに変わった。

 さらには体を寄せ、腕を絡ませてくる。

「そうだったんですの……。道理であなたには他の殿方にはない気品と知性を感じると思いましたわ」

(な、なんか最初と言ってることが違うぞ。散々、貧弱とか頭が悪そうとか言ってなかったか……?)

「わたくし、あなたに興味を持ちましたわ。今宵は帰らず、ここに滞在していきませんコト?」

 頬を赤らめ、セクシーな厚い唇に中指を置き吐息を吐くように囁くヴィヴィアンヌ。

 今まで経験したことのない甘い誘惑に、俺の思考は一時停止してしまう――。

「それとも、ずっと滞在してしまいます? ガンバレヤの田舎臭い娘よりも、わたくしの方がずっとあなたを満足させて差し上げますわ♥」

「い、いや。その、俺は……」

「ダメですっ!!」

 密着状態である俺とヴィヴィアンヌを無理やり引きはがしたのはリゼットだ。

「ショウさん! あなたはまだやるべきコトがあるはずです! 明日はエエンヤデに外交に行くんですよねっ! ねっ?」 

「あ、ああ……」

「あーら、それでしたらわたくしも同行させていただきますわ。エエンヤデには古くからの知り合いもいるコトですし」

「けっこうです! ショウさんは私と一緒に行くんです!」

「何をおっしゃいますのあなた。ムッシュ・サワムラはあなたの所有物ではありませんわよ?」

「あなたの所有物でもありません!」

 マカロンのように頬を膨らませて抗議するリゼット。

 ひょうひょうとした態度で交わし続けるヴィヴィアンヌ。

 そんなふたりの様子を苦笑いで見つめるミリッツァ。

(サワムラのやつ、まるでマカロンのクリームみたいだな。それにしても、違う国の人間をこんな短時間で手なずけるとは。この外交、もしかするともしかするかもな……)

 ふいに、どこからか気持ちいい風が吹く。

 それは追い風となり、一行の背中を優しく後押ししてくれるような、そんな予感がした――。

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