三回表「笑う者、迷う者」

 腹部に感じる深い重み――。

 それはどこか慣れ親しんだ苦しみでもある。

 ほんの数日前にもあった。

 起床時間になるとセリナがベッドに飛び乗り、体重をかけ起こしにくるということが。

 今まさにそれが現実となり、俺は今までの出来事がまるで長い夢であったのかと錯覚してしまう。


「せ、セリナ……?」


 未だ頭に酸素が足りず視界がぼんやりとしてはいるが、たしかに面前にはセリナのような面影があった。

 くせ毛ショートの黒髪、体は中学生にしては小さく小動物顔で、いつも口をつぐんで機嫌を悪そうにしてはいるが、悲鳴だけはバカでかい妹――。

 俺はその黒髪へと右手を伸ばす。

 ……伸ばしたのだが、その手は横からきた別の手によって盛大にひっぱたかれる。


「いでぇえええ!」

「いきなりなにをするんだ。とっとと起きろ」


 ひっぱたかれた右手は、くしくもリゼットに治療された方であった。

 塞がりかけた傷口に塩を塗るような痛みが蘇り、俺は完全に目を覚ます。


「えっ、だ、誰だ。君は……」


 目の前には、くせ毛ショートの銀髪、体は小さく小動物顔で、口をつぐんで機嫌を悪そうにしている甲冑姿の女の子が騎乗していた。


「頼まれたからわざわざきてやったのに、酷いいいぐさだな」

「頼まれた……って、まさか君がミリッツァ?」

「……」

 返答の代わりに、体を上下に動かすミリッツァ。

 彼女が動くたび、腹部にボディブローのような鈍痛が走る。

「あ、あの……いい加減どいてくれないかな。重いんだけど」

「女性に対して重いとか言うなんて、極刑ものだ。バカもの」

「い、いや。重いって言うのは、その甲冑のことで……ぐあっっ!」

「ボクにとって甲冑は体の一部だ」

 ぷくっと頬を膨らませたミリッツァは、どくどころかさらに圧をかけてくる。

 さすがに息が苦しくなりいよいよ意識を失いかけたその時、部屋の外から聴いたことがあるようなガチャガチャと言う騒がしい足音が近づいてきた。

 控えめなノックの後、室内へと入ってきた人物は、目にした光景に絶句し絶叫する。

「す、すみません! 昨日はジゼル様の特訓が長引いて……って、な、何やってるんですかぁぁぁ!!!!」

 動揺し、見覚えのある白いプレートを落としそうになるリゼット。

「何って、起こしてるんだが」

 対するミリッツァは、淡々と答える。

「そうじゃなくて! どうして男性の上にまたがっているんですか!」

「今はこういう起こし方が流行り。本で見た」

「えっ! 本当なんですか?」

「ん。こうすることで脳が活性化し、体のある一部分も元気になり、すっきり目覚めることができると言うデータも出ているらしい」

「そ、そうなんですか! じゃ、じゃあ明日は私が試して……」


 平然と嘘を吐くなミリッツァ。

 そしてそれを鵜呑みにするなリゼット。


「う……うう……。分かった、分かったからどいてくれ、頼む!」

「いけない。やり過ぎたら逆効果になることを忘れていた」

 まるで馬から降りるように、華麗に木箱ベッドから降りたミリッツァ――だったが、いきなり俺の視界から消えた。

 いや、正確には消えたのではなく視界の外に出てしまったと言った方が正しい。

 リゼットも小柄な体型だが、ミリッツァも負けてはいない。

 立ち上がった俺は、必然的に彼女たちを見下ろすような構図となる。しかし――。

「で、何か用か。ボクは差し迫った戦いに向け、色々と忙しいんだが」

 身長差はあれど、態度は向こうの方が数倍でかい。

「まずは自己紹介が先だな。俺はサワムラ・ショウ。わざわざ出向いてくれてありがとう」

「ん。ボクはミリッツァ・ド・マルジェリ。少女騎士団の参謀」

「わ、私はリゼット・ボワッソン! 少女騎士団の救護、衛生を……」

「お前のことは知っているからあえて言わなくていい」

「リゼット。君のことはもう知っている」

「そ、そんな!! 私にも発言の機会を……!」


 涙目ですがりつくリゼットを横目に、俺は昨日までの出来事と見解をかいつまんで話した。


「やきう外交か……」

「俺のいた世界でも、過去に多くの紛争を繰り返している。でも、そのどれもが多くの悲劇と犠牲を生み、今もなお深い爪痕を残しているんだ」

「それで紛争を止めようと? そんなことが可能だと本当に思っているのか」

「分からない……。でも、ガンバレヤが食糧難を解消するためにあの土地が必要だと言うなら、イエマエやエエンヤデにも理由があるはずだろ」

「まずは各国の事情を知ることが先決。それで、ボクの知恵を借りたいと言うわけか」

「ああ。でも借りたいのは知恵だけじゃない。ミリッツァ、君はシュヴァル・ブランを持ってるのか?」

「もちろん。ボクの馬はシュペルブと言う」

「各国間を移動するためには足が必要だ。君の馬に乗せてくれないか」

「別にかまわないけど……。ふふっ、リゼット。面白いやつがきたもんだな。紛争を止めたいらしいぞ」

「わ、私だって本当は……」

「リゼット。君だって、子供やお年寄りが紛争で嘆き傷つく姿は見たくないだろ」

「あ、当たり前です! しかし領土を得なければ、いずれ飢餓と言う別の局面で、子供やお年寄りが嘆き傷つくことにもなりますし……」

 彼女の言うことももっともだ。だが、心の奥底では紛争に対し、迷いためらっているのが表情から見て分かった。

「サワムラ。もしイテマエやエエンヤデに行くなら、リゼットも一緒に連れて行った方が何かと都合が良いと思うぞ」

「え、どうしてだ?」

「こいつは過去に、イテマエやエエンヤデの兵士や国境警備隊の治療を行ったことがあって、顔が効くんだよ」

「そ、それはたまたま遠征に出ているときで……。で、でもっ、目の前に傷ついている人がいたら、誰だって手を差し伸べたくなるじゃないですか!」

「たとえそれが敵でも、か? このコトが原因で、ジゼルに大目玉を食らったのは忘れてはないだろ?」

「う……」

 ジゼルがリゼットに対し、敵を助けたことで激怒するのも分かる。

 また、リゼットの性格から察するに、敵ですら助けたいと言う気持ちもよく分かる。

 だが、顔が効くと言うのは外交をするためには大きな武器になることは間違いない。

「リゼット、お願いだ。俺たちと一緒に来てくれないか」

「わ、私は……」

「では、ボクはひと足先に馬の用意でもしておくか。ああ、それとついでだ。やきうとやらに使うこの道具一式を借りていくぞ」

「どうするんだ?」

「武器防具の加工、開発担当のロジーヌに見せるんだよ。こんな面白い姿かたちの道具、めったにお目にかかれないからな」

「別にいいけど……。大切なものだから手荒に扱わないでくれよ」

「分かった。じゃあまた後でな」


 そう言い残して、ミリッツァは足早に部屋を出て行った。

 すると必然的に、室内には俺とリゼットとふたりきり……。


「本気なんですか。さっき言ったコト……」

「ああ。でも俺ひとりじゃどうにもできない。だから、ミリッツァとともに力を貸してほしい」


 しばらく無言で俯き視線を泳がせていたリゼットであったが、やがて意を決したように顔を上げる。


「分かりました。私でできるコトは協力します。しかし、ジゼル様がどう思うか……」

「昨日、説得はしたつもりだよ。納得はしてなかったみたいだけどね」

「い、いえ。そうじゃないんです。ジゼル様はあの土地を、田畑として活用したいと言う理由の他に、別の――」

 ――と、そこまで言ったところで、ハッとしたように口を閉じる。

「別の、なんだ?」

「え! い、いや、何でもないです!! それでは私も準備をしてきます!」

「……?」

 彼女の態度にどこか引っかかるところを感じつつ俺は、昨晩とまったく同じ内容の朝食で腹を満たし、身支度を始めるのだった――。

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