二回表「ガンバレヤ到着。そして……」

 ガンバレヤの敷地内に入ってまず目に飛び込んできたのは、等間隔に建てられた無機質な平屋である。

 装飾の施された石畳を縫うように、果てしなく同じ形をした建造物が続いていた。


「ここは居住区。多くはガンバレヤの国民が日々生活を営んでいるところです」

「なんだろう。見ているだけで神秘的な気分になるような……」

「そう言っていただけると嬉しいです。この平屋も石畳も、ガンバレヤの伝統的な鉱物を使った――」

「あっ、リゼット様!」


 リゼットが得意げに人差し指を立て解説をしようとしたとき、彼女を呼ぶ大きな声とともに数人の子供が一斉に駆け寄ってきた。

 そしてあっと言う間に囲まれてしまう。


「お仕事、終わったんですか?」

「あたし、またご本、読んでほしいな」

「ボクに剣術、教えてください!」


 子供たちは皆笑顔で、心からリゼットを慕い尊敬しているように映る。


「ずいぶんとなつかれているんだな」

「え、ええ。私も子供、好きですし。いつも元気を貰っているんです」


 リゼットはひとりひとりに目線を合わせ、順番に頭を撫でていった。


(ん……?)


 撫でられる子供の姿を見て、俺は若干ではあるが違和感を覚えた。

 子供であるがゆえか、いやそれとも子供にしては、と言うべきなのだろうか。

 少し――。


「こっちのお兄ちゃんは誰?」


 あまりに凝視していたためか、ひとりが俺の視線に気付く。


「こちらはサワムラ・ショウ。私たちの仲間ですよ」


 警戒されないように、仲間と言う言葉を瞬時に用意するリゼット。

 しかし彼女のそんな心配りも、子供たちとっては誤解を招く種にしかならなかった。


「もう夜になるってのに、男の人と一緒に帰ってくるなんてあやしーなー」

「あ、もしかして、ってやつ?」

「それ、ご本で見たよ。でーとして、ぎゅってして、ちゅってするカンケイだよね? ママも昔、パパのことそう呼んでたって言ってた」

「な、なななな! ち、違いますっ! この方はそんなんじゃありませんっ!」

「その包帯の巻き方だって、いつもボクたちにしてくれるときよりも丁寧じゃん? ますますあやしーなー」

「なー」

 どの国も、子供がませているのは変わらないようだ。

 年齢はさほど差がないように見えるリゼットとは言え、こうも簡単に手玉に取られている。

 だから――。

「私はガンバレヤに仕える誇り高き少女騎士団のリゼット・ボワッソン! 色恋沙汰にうつつを抜かしている暇があったら、剣を振るいます!」

 ――こんな必死な宣言も、いちど火がついた子供たちの耳には届かない。

「お兄ちゃん。リゼット様は少しさびしがり屋なところもあるから、いつも気にかけておいてね」

「そうそう。小さな失敗でもズドンと落ち込むタイプだからさ、うまくふぉろーしてやってよ」

「他にも、リゼット様のマル秘情報が欲しかったら言ってくれよな!」

「も、もう暗くなるんですから早くお家に帰りなさいっ! ほらショウさん、行きますよ!!」

 これ以上子供たちに絡まれるのは勘弁と思ったのか、リゼットは強引に俺の手を掴み歩き出した。


「お、おいリゼット」

 足早に石畳を鳴らすリゼットの後ろ姿を見据えながら、俺は口を開く。

「子供の言ったことです。お気になさらないように」

「い、いや。違う」

「じゃあなんですか!?」

 振り返ったその顔が赤いのは、子供たちに冷やかされたのが原因か、それとも早足で息が上がったのが原因か――。

「あの、手、いい加減痛いんだけど……」

「えっ、あっ……!」

 リゼットは目を見開き、それまで掴んでいた俺の右手をパッと離す。

「す、すみませんすみません! 私ったらなんてコトを!」

「ははっ。大丈夫だよ。それにしても、楽しい子供たちだな」

「ええ。やんちゃなのがたまにきずですけど、根は素直な良い子たちばかりですからね。でも……」

「ん?」

「あの子たちを見て、何か思うことはありませんでしたか? 違う世界から来たあなたの目からなら、もしや――」

 リゼットの琥珀色の瞳が、俺の心の内を見透かすように輝く。

(……っ!)

 たしかに彼女の言う通り、初めて子供たちの姿を見た時、どうも引っかかる何かを感じたのは確かである。

 だが、それは気のせいかもしれないし、たとえそうであっても決して口にしてはいけないことのようでもあった。

「いや。特になんにも……」

「……そうですか」

 気のない返事をしたにもかかわらず、リゼットはあっさり引き下がりそれ以上何も聞いてこなかった。


「ここが私たちの詰所です」

 しばらく足音だけで会話をし、少し気まずくなってきたと思った矢先、リゼットは声を上げる。

 騎士団の詰所と言う割には今まで見てきた平屋とそれほど大差はなく、気持ち大きいと感じるくらいで、壁も屋根も年季が入っていた。

 立てつけの悪い扉をくぐると、かすかではあるがアルコールの匂いが鼻をかすめる。

「誰もいないんだな」

「もうすぐ警備を終えた団員が帰ってくるはずです。そうしたら賑やかになりますよ」

 室内の中央に設置された大きなテーブルとそれを囲うように置かれた椅子を横目に、リゼットはさらに奥へと足を向け、地下への階段を下って行った。

「足元、気を付けてくださいね」

 徐々に薄暗くなっていく視界の端で、壁に設置されたランタンの灯りがぼんやりと揺らめいている。


 そしてようやく暗闇に目が慣れた頃、たどり着いた一室。


「ここが設備倉庫。狭くて申し訳ありませんが、しばらくここを使って下さ……こほこほっ!」

 ノエルから預かった鍵を使って扉を開けたリゼットは、早々に咳き込む。

「す、すみません。最近使ってなかったものですか……ら……けほけほっ」

 空気もさることながら、部屋の隅に乱雑に積まれている木箱にも相当な埃が溜まっているのが肉眼でも分かった。

 さらに天井の隅には蜘蛛の巣が張り、壁も少しひびが入っている。

「いや。部屋を用意してくれただけでもありがたいよ。ところで、今何時くらい?」

「ここに到着した頃にはすっかり日が暮れていましたからね。イチハチマルマルくらいでしょうか」

(イチハチマルマル……)

 彼女が何気なく発したその言葉に、俺は聞き覚えがあった。

「リゼット」

「はい? 何か不都合でも?」

「そうじゃない。いいのか?」

「もちろん自由に使っていいですよ。あっ、折を見て夕食も持ってきますね」

「本当か。それはありがたい……って、そうじゃなくて!」

「……なんです?」

「ジゼル様だよ。さっき、会議がどうのこうの言ってたろ」

 ジゼルの名前、そして会議と言う言葉を聞いた途端、それまで緩やかに流れるだけだった空気が急に張り詰める。

「今何時ですかっ!?」

「ええと。イチマチマルマルくらいかな?」

「ど、どどどどうしてもっと早く言ってくれなかったんですかぁ!」

「ご、ごめん……」

 あれ? どうして俺が謝ってるんだ?

「あ、あわわ……。遅刻すればまたジゼル様に鬼の特訓を課せられてしまいます!!」

 腹筋、背筋、腕立て、スクワット、うさぎ跳び国内10周……と指折り呟きながら、リゼットは青ざめた表情で廊下をうろうろする。

 少女騎士団にしてはまた原始的な特訓内容だ。言うなれば、少年野球部のトレーニングのような……。

「落ち着け! 今から行けばまだ間に合う」

「む、無理ですよ……。私、足が遅いから……」

 それでもなお頭を抱えながら右往左往するリゼット。

 そんな姿を見て、俺の脳裏に『プラバス』イシグロ選手の決まり文句が降りてきた。

 リゼットの正面に立ち、両肩をガッと掴む。

「ひゃぁッ! い、いったい何を……!?」

「初めから諦めるやつがいるか!」

「……!!」

「わずかな可能性があるなら、それを信じるんだ!!」

 一瞬、きょとんとした表情を見せたリゼットだったが、すぐに顔を改め、軽く頷いた。

「わ、分かりました。ジゼル様もああ見えてお優しい部分もあるんです。きっと遅刻しても、謝れば特訓を半分くらいにしてくれるはずですからね!」

「そ、そうか……」

 決して免除してくれるわけではないんだな……。

「じゃあ俺はその間、この部屋の掃除でもしてようかな。だいぶ汚れているみたいだし……」

「室内にあるものは何でも使ってかまいません。では、行って参ります。必ず、生きて帰ってきますので!」

「あ、ああ……」

 どうやらイシグロ選手受け売りの精神論は、彼女の変なところに火をつけてしまったらしい。

 程なく、ガチャガチャと言う勇ましい甲冑の音をたてリゼットは駆けだして行った――。

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