第79話 鉄道

 朝、俺たちは背中に大きな籠を背負い、布に包んだ謎の棒を手に持つという出で立ちで駅に向っていた。

「修行僧かよ!」

 長三郎の言うように、丸い笠でも被っていればそんな感じだろう。

 そんなこんなで、俺たち六人と少し後ろを歩いていた真帆さんが駅舎前に着くと、三輪車で先に駅に着いていた山中教官から切符を渡された。

「それじゃあ俺は先に行ってるからな」

 ブウーーン

「教官、行っちゃたな。俺、汽車乗るの初めてなんだけど……」

 乗り方も分からず不安な俺に長三郎が言う。

「なんだ隼人。乗ったことないのか?」

「あれだよほら。街のなか走ってるチンチン電車なら越後にもあるけど全然違うからさ」

「行くよ」

 俺たちの話を気にすることなく、堀田先輩は煉瓦作りの駅舎へ二段三段と階段を上がって入って行く。

「改札で見せて乗り場に入るんだ」

 切符を配ってくれる堀田先輩の話より、改札とやらの向こうに見える鉄路に沿って長く延びた乗り場の方が気になる。

「あ、ちょっと!」

 木の仕切りの切れ目から、一列になって入ろうとしたときだ。先頭の堀田先輩が切符を見せたにも関わらず、そこにいた若い駅員に止められた。

「どうかしましたか?」

 堀田先輩の返事を聞いた駅員は、俺たちの方まで見渡す。

「みなさんご一緒ですよね?」

 俺たちは、それぞれ持った切符を見せるが問題はそこではなかった。

「そんな大きな荷物を持って乗られては、他のお客様のご迷惑になりますので……」

「それは禁止ってことなの?」

 松下先輩が突っかかるように言うものだから駅員の表情も硬くなる。

「一概に禁止と言うわけではありませんが、そちらの長い布に巻かれたものを確認させてもらえませんか?」

 刀や剣も隠せているか微妙だが、松下先輩の杖や長三郎の買ったばかりの槍はどう見ても怪しいわけで。

 気がつけば、その駅員の後方に少しずつ近づいてくる増援の駅員が二人見える。回りを見渡しながら寄ってくる様はさりげなさを演出しているが、俺たちに備えているようだ。

 山中教官、何も伝えてないんだ……。

 諦めた堀田先輩はため息をつくと学生証を見せる。

「実は学校の車が故障しまして、迎えの来る駅まで移動するようにと命令を受けているのです」

 ここで駅長が出てきて、汽車に乗れることにはなる。しかし、待つ場所を指定されるのだ。

「それでは、一番前の客車に乗ってください」

 改札を抜けた俺たちは、言われるまま指差された場所まで移動して汽車を待つことにした。

「この辺でいいのかな?」

 着くとそこでは、大きな荷物を横に置いたおばちゃんたちの集団が話をして汽車を待っていた。背負うための木枠に重ねた籠が鎧櫃よりも高い人もいれば、加えて手提げ袋まで置いている人もいる。

 この人たち、これ持てるの?

 疑問の視線も何のその、笑っているおばちゃんたちが知り合いのように話しかけてきた。

「あら、珍しい。こんな若い子たちが。アッハッハッハッハッ」

「ほんとだねー。アッハッハッハッハッ」

 ご機嫌なおばちゃんたちに堀田先輩は苦笑いをすると、

「魚ですか?」

と聞いた。

「そうそう、私たちはそうだね。内陸にね。アッハッハッハッハッ」

「なんだい? 行商が珍しいのかい? アッハッハッハッハッ」

 別に行商は珍しくないけど、鉄道を使って移動するとは知らなかったのでそこに驚いたわけで。でも、大和国やまとのくにを内陸というのはちょっと大げさなような。

「ほらきたよ」

 座っていたおばちゃんたちも立ち上がり、一斉に準備を始める。

 ポーーーォ!!

 あれが汽車か。

 長い乗り場の向こう、中央に丸い蓋を付けた黒い車体が煙を吐きながら近寄ってくるのが見える。

 ……

 迫る汽車。

 …………

 そして、鉄のデカイ塊が目の前に滑り込むと、ゆっくり前を過ぎて行った。

 撫でるように目を送れば客車を三つばかり引いているのだが、その一つひとつの箱もチンチン電車の倍ぐらいの大きさで想像を超えている。

 しかし気がつけば、思わず口を開き見ていた俺とは違い、おばちゃんたちは汽車が止まるか止まらないかという間でせわしなく乗っていく。

 ハッ!

 俺たちも急ぎ続いて乗るのだが車内に居場所がない。

 数少ない座席が埋まっているのはもちろん、通路も荷物で塞がれておりやっと通れるか通れないかというぐらいだ。

「ほらほらあんたたちこっちきな」

 さっきのおばちゃん二人組みが呆れながらも俺たちを呼んでくれる。

「ありがとうございます。おかげで荷物を置くことができます」

 荷物を壁際にまとめて置くことができ、これで一息できる。

 お礼を言った堀田先輩は、そのままおばちゃんたちと世間話だ。

「それにしても、すごい人ですね。それに比べ座席が少ないような?」

「そりゃここは行商専用車両だからね」

「そうそう、人や荷物がどんどん増えて、乗れるようにと座席を外しちまったからね。まあ私たちは床でもなんでもいいけどさ」

 何を急ぐ必要があるのか分からなかったけど場所取りだったのか。確かに車両中央でフラフラ荷物を押さえながら立つより、壁際でもたれかかれた方が楽だもんな。


“ちょっとあんた! 何してるんだい!!”

 コトコト走る中ウトウトしていると、おばちゃんの一人が急に大声を上げた。

“待ちなって言ってるんだい”

“うるせー。待てと言われて待つやつがいるかよ”

「どうしたんですか?」

「置き引きだよ。最近ここいらで出るんだ」

 堀田先輩が尋ねると、おばちゃんは顔を赤くしてそう言うのだ。

「鮫吉、私が行くから真帆はお願いね」

「俺もいきます」

「じゃあ俺も」

 松下先輩と長三郎に続いて俺も行くことにしたけれど、二人とも布で巻いた長い得物まで持ち出している。

“どけ”

 ドン!

“なにしやがんだ”

 誰彼構わず突き飛ばしながら置き引きは逃げているようで、車両の奥の方から声が聞こえてくる。

「すいません」「道をあけてください」

 連結部を飛び越え、後ろへ逃げていく置き引きを追う。

「待ちなさい! もう、逃げ道はないわよ」

 前を走る松下先輩が言うように、ここは三両目で後はない。

 だけどこの時、穂見月と向き合いながら旅する様子を想像せずにはいられなかった。

 だって、二両目三両目は左右に二列ずつ向き合う座席があって、しかも布のカバーまで掛かってるんだから。ああ、この切符なら本当はここに乗れたんだろうな。教官のせいで散々だよ。

 そんな妄想をしていると、追い詰められた置き引きは通路の突き当たりにある最後の扉を壊し開けるのだ。

 まさか、飛び降りるつもりか?

「隼人、そっちの連結部から上に上がって!」

 扉部分から顔を出した松下先輩が振り返り言う。

 どうやら置き引きは、車外に付けられている梯子に飛び移り屋根に上がったらしい。

「長三郎、行くわよ」

 松下先輩も片手を扉の枠に掛け、足を延ばして梯子に移ろうといるようだ。しかし、届かないのか長三郎が支えている。

 行かないわけ、いかないよな。

 俺は引き返し、二両目三両目の連結部にある梯子を確認すると気合を入れてから足をかけた。

 ボワ

 車両の高さを越え、頭が屋根の上に出た瞬間風に押される。

「おいしょっと」

 三両目の屋根に上ると、中央付近をゆっくりと進む置き引きがいる。そして目が合うと、奴は驚き足を止めた。

 足元はざらざらしているし、風圧も耐えられないほどではない。しかし、動く汽車の屋根でどうしたらいいのか分からないのはお互い様で立ち尽くす。

「待ちなさい!」

 向こう、つまり一番後ろから上がってきた松下先輩が大声でそう言いながら置き引きに近寄っていく。

 杖を巻いていた布を外すとそれは風に流され、続いて上がってくる長三郎の顔に引っかかる。

“グヘ”

 置き引きは、摺り足でこちらに逃げようとするが怖くて動けないようだ。

 もちろん、気にしないで歩いてくる松下先輩がではなく、動く車両の上にいることがである。

 (土下座して謝れ、土下座して謝れ、土下座して謝れ……)

 俺は心の中で、置き引きに謝ってくれるようにと何度も祈る。

 しかし置き引きは、あろう事か懐からドスを取り出してしまう。

「てめえこれが見え/グヘッ!」

 こいつバカか。

 確かに、俺たちが警察見習いだとは知らないだろうし、杖に石が付いていたって何者かなんて分からないだろう。

 だけど、この状況でこの勢いで迫ってくる人間は普通じゃない。

「グハッ!!」

 右上から振り下ろされた杖を喰らった置き引きは、今度はその反動で回すようにされた杖を左下から喰らっている。

 そして倒れ込んだ置き引きは、ドスを握っていた右手をそのまま松下先輩に足で踏まれるのである。

「隼人、確保して」

「はい」

 俺は伏せている犯人の体を膝で押さえ、縄で後手に縛った。

「あ!」

 置き引きが、女々しく左手で抱えていた籠を落としてしまったので俺が声を出すと、それは屋根の上を転々と跳ねるように転がっていく。

「長三郎、捕まえて」

「え?」

“ギャッ!”

 顔に掛かった布をどかし、やっと上がってこようかという長三郎の顔に籠が直撃する。

「何やってるのよ」

 籠は車両から落ちてしまい、遥か彼方に転がっていってしまった。

「え、あの、すいません」

 この時ばかりは長三郎がかわいそうに思えた。

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