第41話 くのいち岩根③

 波立つ池の中心には竜がいる。

「竜神じゃなくて竜だよな?」

 伊丹が言うように、竜神ではない。しかし、水面から出ている一丈程度の部分は全て首なのかというほど細い。

「竜でもなさそうだよ。ほらほら、二つに割れた長い舌を出したりしまったりしているし」

 堀田の見立てで正解だろう。

「蛇? 蛇よね? 蛇ってことでしょ。ねえ、蛇だよね?」

 穂見月がまた顔を青くしながら連呼している。

「つまり、赤飯を食べていたのは蛇なのか? 蛇って赤飯食うのか?」

 シャー!!

 蛇は水面に体を滑らせ、こちらへ迫ってくる。

 根津のアホな疑問は置いといて、見逃してはくれないようだ。

「私と鮫吉で時間稼ぐから、一年は装備取ってきて」

 それを聞いた浅井教官は、一年を引き連れ車に戻っていく。


 この二人で平気なのかしら?

 私は見物していたが、交互に挑発してかわしている。

 へぇ~

 そう感心したとき、池から尻尾の方が出てきて堀田を弾き飛ばす。

 池に体が浸かっていて確証はなかったけれど、大蛇で決まり見たいね。

 蛇の頭は一人になった松下に攻撃をする。かわしたが、また突くように攻めるので連続攻撃になる。

 装備をしていれば、武器で払うなり盾で堪えるなりできるでしょうけど、かわしたところに連続でこられては厳しいかしら。

 私は腰に隠していた吹き矢を取り出し、大蛇の横顔へ針を放つ。

 大蛇は反射的に首を引き二回目の攻撃は中止された。

 痛くもかゆくもないでしょうけどね。

 松下と堀田はこちらを一瞬見たが、すぐに大蛇の方へ向き直す。

 私が吹き矢を使っても驚かないとは、気づかれていたのか?

 違うな。根津から聞いたのだろう。


 一年の四人が装備をして戻ってきたようだ。

「堀田先輩! 変わります」

 中条の声が聞こえると同時に、大蛇に矢が当たる。仁科か、悪くない。謂れのない恨みも乗っているようだが。

「尻尾に気をつけて」

 松下が言った途端、伊丹を横から尻尾が襲う。かわすのは間に合わず、槍を縦に前に出し両手でそれを押さえるが、尻尾はそのまま力押しをして伊丹を押し飛ばした。

「ちょ、もう、松下先輩もっと早く言ってくださいよ」

 伊丹は地面に転がったが、怪我をするほどではない。

「もう少しこっちに来てくれないと攻撃ができないな」

 池に体が残っている大蛇に、攻撃ができないと中条が溢す。

「チョロチョロした囮がいるんじゃないかしら?」

 私は助言をした。

「チュチュ! 何故みんな、私を見る」

 ……。

「仕方ないでチュね」

 根津は右に左にと走りながら、少しずつ池から距離を取っていく。

 すると、どこで食いつこうかと大蛇も一緒になって首を右に左にと動かす。

 そして私は心の中で笑う。

「いまだ!」

 中条は隠れていた灯篭とうろうから大蛇の横に飛び出し、剣を上段の構えから振り下ろし始める。

 体が伸び、ほとんどの部分が池から出ていた大蛇は引き返そうとするが、旋回しようとしたことが裏目に出て剣を頭正面から受けることになる。

「いっけー!!」

 大蛇に剣が触れると、中条は一層力を込め振り抜く。

 スパッと頭の中心に直線が入った大蛇はパタリと倒れ終わった。


 あれが聞いていた装備か。大した石ではないけれど反応していたし、剣の当たりに比べ大蛇の裂けた長さからすると、そこそこ使いこなしているようね。

「隼人、おみごと」

「堀田先輩、ありがとうございます」

「それでこれ、どうするのよ?」

 松下が言うのももっともで、こんなデカイ蛇の死骸を放置もできないか。


 社務所から神主を呼び、見せながら事情を説明する。

『こんな大きな蛇が。いや、助かりました。もし人が飲み込まれでもしたら一大事でした』

と、感謝のひとつもされると思ったのだが、

「ああ、ジャマなんで片付けておいてもらえませんかね?」

と、驚きも感謝もなく、淡々と片付けろと言われてしまう。

 まさか、この辺りでは大蛇は普通にウロウロしているのだろうか?

「えっと……、じゃあ手分けして片付けようか」

 堀田の指示で、池から引きずり出した大蛇の死骸をいくつかに裁断すると、裏の山に野積みにする。

「燃やす場所もないし、犬とか鳥が食べにくるよ……たぶん」

 汚れた体と装備を手水ちょうず舎の水で勝手に洗い流すと、車に戻り神主に止められる前に出発することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る