第13話 模擬戦

 いよいよ、模擬戦の日である。

 会場となる砂地訓練場へ向うため六人で準備室を出ると、茶色い髪全体を後ろにめいっぱい引っ張って束ね、それが後頭部で茶せんをポンとくっ付けたようになっている男子生徒と出会う。

「よう、堀田。そっちはどうだい」

から、今日はよろしくな」

「よろしくも何も、勝つのは僕たち『沙羅さら双樹そうじゅ』だけどね」

「沙羅双樹?」

 長三郎の口からこぼれるように出る。

「そっちの『飛山雷鳥』は、隊長である堀田の出身から取ったんだろ? うちも同じように、僕の出身である山城にちなんでつけたんだ。つまり僕が、これから君たちの相手をする沙羅双樹の隊長、殻智明からともあきだ」

 俺は、殻先輩のことを感じが悪いなと思ったけど、それ以上に山城の人はみんな髪が茶色いのかと気になった。

 そんなことより、今度は長三郎がはっきり言うのだ。

「山城出身の隊長じゃ、高が知れてるな。負ける気がしない」

「何だと! お前に何が分かる」

 すかしていた殻先輩がむきになる。

「俺は、伊丹長三郎っていって山城出身だから、山城のぬるさが分かるって言ってるんだよ」

「伊丹……。あの、おべっか使いの晴親はるちかの家か」

「なんだと! 兄さんの悪口は許さないぞ」

 事情は知らないが、怪しい雲行きになってきた。

「本当のことだろ? 僕にも兄がいるから噂に聞いてるぞ。なんでも晴親は身分も低く貧しい家柄なのに、取り立てられたいと恥も省みずへらへらしたご機嫌取りだという話じゃないか」

 これに長三郎が怒り、吼える。

「覚えてろよ。模擬戦で本当の恥というものを教えてやる」

「ふざけるな。数を倒してなんぼの鹿すら倒せない部隊がどれほどのものか。今回は指定された物を集めればいいのだから、お前らはこそこそやっていればいいんだよ」

「そこまでにしておきなよ」

 松下先輩が止めに入ると、殻先輩は赤くした顔を引きつらせながら先に部隊棟を出て行く。しかし内房での鹿とのことまで知っているとは、このために調べたのだろうか……。


 砂地訓練場に着き、対戦表を見ると俺たちは第一戦目だ。つまり、一、二年どうしの格の低い試合からということみたいなのだが、おかげでさっきの喧嘩がまだ冷めやらぬままで始まりを迎えてしまった。


 試合が開始され、起点を出てすぐに見える景色から裏切られてしまう。

「砂地と聞いて開けた感じかと思っていたんですが、瘤のように盛り上がってるところもあれば、岩が柱のように大きい塊になっているところもあるんですね」

「隼人たちは、ここ初めてだから想像と違ったかな。でもまあそういうことで、砂丘ってより岩場に近いね。この先も岩に隠れたりできるし、その間を縫うような道筋になっているよ」

 堀田先輩の言う通りで、進んでも景色は大して変わらない。

「本当に見晴らしが悪いな。それに指定の物って、どんなもんなんだろう」

「こんなんじゃないかチュー?」

 チューと言われ霞の方を向くと、直径三寸ぐらいの皿のようなものを持っている。中央には小さい円状の物が埋め込まれていて、薄く緑色に光っている。霞の属性に反応しているようだ。

「それのようだね。さすが霞だ」

 堀田先輩が褒めている。当たりらしい。

「まあ、商売みたいなもんだからね」

 何屋なんだろうか?

「この調子だと結構埋まっているかも知れないし、二手に分かれて探そう。僕は長三郎と穂見月と行くから、舞は隼人と霞を頼む」

「りょうーかーい」


 俺と霞は、松下先輩に続いて並ぶ岩の間を進んでいた。だが指定の物はいくらもない上に、形状が平らでかさばらないものだから開始地点に持ち帰る機会がない。このままだと、訓練場の反対側から出ている沙羅双樹とぶつかるのも時間の問題ではと思われた。

 ふと、松下先輩は足を止め、口に人差し指を立てる。

「シー、音が聞こえる。北の方に行った鮫吉たちが戦っているようね。私たちも応援に向いましょ」

 そう言うと、向う松下先輩は早足になるので、俺は慌ててその後ろに続いた。

「たーぁ!!」

 前を走っている松下先輩目掛けて、岩陰から突然槍が突き出てくる。しかし松下先輩は、俺が驚くよりも早く持っていた薙刀で受け流すと、そのままそこから出てきた女生徒の槍と柄を交わし競り合っている。顔どうしが付くんじゃないかという近い距離でだ。

「隼人は、そのまま進んで」

「でも、松下先輩」

「こっちは霞がいればなんとかなる。あっちの方が心配」

 俺は、松下先輩の本音を聞いたのだと思う。それは堀田先輩が、ふて腐れている長三郎と自信がない穂見月を引き受けたことを気にかけているということであった。


 夢中で走っていると、戦っている長三郎とその後ろで回復をしている穂見月が見えてくる。

 ところが堀田先輩の姿がない。

 近寄って行く中で分かったことは、長三郎が相手をしているのが剣を持ったあの殻先輩だということだ。だから俺は、長三郎の助っ人に入るつもりでいたのだが、穂見月の方へ向っていく沙羅双樹の一年を発見したので、そちらの相手をしなければならなくなった。

「クッソ、長三郎待ってろ」

「隼人、こっちは心配するな。こんなやつ俺一人で」

「お前も口ばかりの兄と一緒だな」

 確かに口では強がっているが、明らかに技術的には押されている。状況は、長三郎が槍だから剣の殻先輩が一気に押せないだけのようにしか見えない。

「うわ! 隊長!!」

 叫んでいるのは相手の隊員だ。

 声に気を取られた殻先輩の目が後に流れるのが分かる。

 その時、

「兄さんはおべっか使いではなく、誰に対しても傲慢な態度を取らないだけだー!!」

 余所見をした一瞬を逃さず、長三郎の槍が殻先輩の鎧中央を突く。殻先輩はそのまま後ろに転がると、勢いを生かして立ち上がるが後退を命じた。

 防具の被害は大きかっただろうけど、まだ余力は残っていたはずだ。何故、後退してくれるのか分からない。俺は、どうしたらいいのかとキョロキョロしてしまう。

「よく堪えたね」

 堀田先輩がどこからともなく現われると、その手に三枚ほど指定の物を持っている。

「さて急いで戻るよ。時間がギリギリだ」

 そう言った堀田先輩と穂見月が前を行き、後ろを俺と長三郎が固める形で自陣地へ戻る。そして到着すると、すぐに鐘は鳴った。試合終了の合図である。

「はあ、はあ、はあ」

 荒い呼吸をしながら松下先輩と霞も戻ってくる。

「どうなった?」

 松下先輩に聞かれるが、俺たちの圧勝であった。


 準備室に戻ると、堀田先輩がいなかった理由を教えてくれる。

「あれはね、長三郎にかけた作戦だったんだよ。僕が相手の後ろに回り込み回復役を攻撃するまで、穂見月の回復であそこで粘ることをお願いしたんだ。殻相手にあそこまでやるとは思わなかったけど助かったよ。意外と探すのにかかちゃったからね」

 松下先輩も勝ったことだけではなく、長三郎や穂見月がしのいだことは予想外だったとはいえうれしいに決まっている。

「穂見月、自信がないって言ってたけどできたじゃない。それから長三郎、よくやったね。あんたはやつらとは違うよ」

 松下先輩に褒められた長三郎は、うれしそうな顔をごまかそうとしながら答える。

「まあね、やればできるんだよ」

 その調子に意外にも、穂見月が小さい声で明るく呟いた。

「何よ、ちょっと褒められたぐらいで」

 この部屋には、笑顔しかなかった。


 ちなみに翌日の第二回戦は、格上過ぎる相手にこそこそ作戦で指定物を狙うも全く意味をなさず、コテンパンに伸されるのであった。

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