9.門番

「またですか?」


ツェンリャの入門の前に踏んだ彫板を前にして立ち往生していた。


「入るときにも言ったはずです。それに、出るときのほうが厳重にしなければなりません」


門番は足を浮かせて不正をしないようにかがみこんでツェンリャの足の動きを見ている。ツェンリャは面倒くさそうに彫板を踏もうとした。

 しかし、その瞬間にこの絵の意味と手形を思い出した。布を被った慈悲深そうな女性が、赤ん坊を抱いた彫像が教会の中にはあった。男性をいたわる女性の白い像も、ツェンリャの脳裏に浮かんだ。おそらく、あの男性が子供の頃の絵姿なのだろう。女性は格好も表情も同じだった。女性は男性の母親と同一人物に違いない。そしてそれを見に来た人々の想いがあの手形に込められているのだ。


「どうした?」


門番が片足を上げたまま動かなくなったツェンリャに不審の眼差しを向けていた。


「いえ、私は寺院に仕えているので、他の人の信仰に疑問を持ってしまいました。考えていただけです。何故、クワリ様がいるのにここにくるのかと」


ツェンリャがそう言いながら彫り板を踏むと、門番は「全くです」と相好を崩した。そして再び「全くです」と言って教会をにらみ付けた。その門番の目には、明らかに憎悪の炎が揺れていた。


「近年雨も実りも少なく、不漁と言います。何かにすがりたい気持ちは私にも分かるのです。そうですか、寺院の方でしたか。失礼をしました」


門番はツェンリャに合掌した。ツェンリャも合掌を返したが、門番の合掌も人々の期待もクワリに向けられているのだと理解していた。自分には、価値がない。ツェンリャに価値があって人々に敬われていたのでもない。それはツェンリャでなくても、誰でもよかった。すげ替えが出来る物だった。自分がたまたま恐怖のあまり涙を流さなかったから、ツェンリャはクワリになった。そして先代のクワリを、その御座からツェンリャが追い落とした。ただ、これが繰り返されていくだけだ。


「そういえば、中に異国の青年がいましたよ」


「え? 知りませんね。異国の青年? 確かにこれを踏ませた者は記録してありますが特に記録はありません」


門番は本当にアスコラクのことを知らないようだった。


「宣教師ではないのでしょう?」


「もちろんですとも。宣教師はある一定の区画からは出られません。もしかしたら、どこぞの国の商人を見落としたかもしれません」


「どこか他に入り口は?」


「ここだけですよ」


「そうですか。ありがとうございました」


ツェンリャは墓穴を掘ったと感じながら、頼まれた買い物を済ませ、逃げるように教会をあとにした。

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