14.命令
ザハトでイネイと別れたアスコラクは、イネイの母の実家の周辺を調べていた。死体には両目だけではなく、心臓もなかった。しかも、抉り出された目玉は両目とも死体の傍に落ちていたが、心臓は何処にもなかった。アスコラクの知る「同類」の中に、人間の心臓が好物という悪食がいた。初めてこの事件を耳にした時の予感は的中したらしい。しかし、アスコラクが知る犯人ならば、目玉は無傷に死体に残るはずだ。若い女の両目に固執した殺害方法には、何か理由があるに違いない。アスコラクは予定通り囮を使う事にした。ザハトにたどり着く前に、適任者を従える事に成功していた。この適任者を手に入れるために大怪我を負い、逃げ込んだ先がザハトであり、そこをイネイに拾われたのだ。不幸中の幸いと言うべきか、出来すぎた茶番と言うべきか。アスコラクは地面に足を使って輪を書き、その中心に自分の血液と唾液を混ぜたものを垂らした。
「ツェンリャ」
短くその名を呼ぶと、円の中心に手のひらを突いた。そのとたんに円の中は真っ黒な水面に変じた。水面が波打ち、気泡が浮かんで来たかと思うと、水の中から女がせり上がって来た。長い黒髪の女、ツェンリャの下半身は白い蛇だった。
「これを着て歩き、犯人を誘き寄せる」
アスコラクはイネイの母親から譲り受けた古い橙色のロングワンピースをツェンリャに渡した。ツェンリャは笑いながら首を傾げた。
「まぁ、奇妙な着物じゃ。合わせがない故、妾にも着やすかろう。しかし黒飛天殿、何故妾じゃ? 妾はこの土地の娘ではない、いや、この世の者ではない故、囮には不向きじゃ。黒飛天殿が女の姿になればよかろう。あれは実に美しかった」
その言葉とは裏腹に、ツェンリャはもう洋服を着替え終えていた。もとは普通の少女だっただけあって、初めて見る洋服に内心では心躍らされていたのだ。尻尾を器用にスカートの中に畳むと、人間の女にしか見えない。
「あれは臨時だ」
ツェンリャはつまらなそうに口をとげた。
「して、犯人は殺しても構わぬか?」
「生け捕りだ」
「御意」
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