13.狂い歌

 ナチャートの夜は静かだ。朝早くから働く住人は、貧しさもあって寝つくのが早い。灯を灯す脂もないのだ。街灯ないに等しいナチャートは他のカーメニの町に比べて寂しさがあった。しかし、グネフの右目は夜目が利いた。蛇が獲物の体温でその位置を知るように、人がどこにいるのかが暗闇でも分かった。手にはクランデーロの所から盗んだ鉈がある。初めからあの薬屋は気にいらなかった。だから、これで復讐すると決めた。プラビェルを苦しめたナチャートの人々に、プラビェルがみていた悪夢を思い知らせるのだ。プラビェルだって言っていた。何故私だけ、何故私達だけ、と。


徘徊するグネフの視界に、プラビェルと同じくらいの若い女が入った。プラビェルの事など知らず、幸せを謳歌している。それなのに、自分の命を大事にしない。


「一人で夜歩きは危険ですよ、お嬢さん」


女は振り返ったが、悲鳴をあげたりしなかった。グネフが若い男で、優しく声をかけたからかもしれない。


「プラビェルをご存知ですか? このナチャートの女の子で、貴女と同じくらいの」


女は「プラビェル」という単語に警戒した様子で何か言ったが、グネフは構わず女の脳天に鉈を振り下ろした。血しぶきがグネフを赤く染めた。倒れた女に馬乗りになって、女の目に親指を突き刺した。柔らかい肉に親指を埋没させていく。その感触は生温かく、ぬめぬめとしていた。女の体はビクン、ビクン、と痙攣していたが反射的な動きだった。グネフは眼球の周りをぐるりと親指でなぞった。


「プラビェルも今貴女がいる場所にいるはずだったんだ。若くて、幸せで、目が見えて、光の中を歩いて」


グネフはついに、女の眼球を抉り出した。


「いらないなら、下さい。何故貴女が夜遊びしている間に、プラビェルが苦しまねばならなかった? 何故、貴女がいる場所にプラビェルはいられなかった?」


グネフは女のもう片方の目も同じように抉り出し、鉈を何度も顔めがけて振り下ろした。返り血がグネフの顔や服を汚したが、グネフはお構いなしだった。プラビェルの人生がめちゃくちゃにされたように、他の女の人生もめちゃくちゃにしてやらなければ、気が済まなかった。


「何故、貴女が出来た事が、プラビェルには出来なかった? 何故、プラビェルが手に入れたはずのものを、貴女が手にしている? 若い女で、ナチャートに生まれ育って、何の罪もなく、一体何が違う? 貴女とプラビェルは何が違うんだ!」


グネフは女の胸を切り裂き、心臓を掴み出した。それを暗い夜空に放り投げると、心臓は落ちて来なかった。毎晩のように、この殺戮は続いた。見学旅行者には被害はなかったが、この事件以来、見学旅行者はナチャートから姿を消した。そして見学旅行者排除の方向へ、ナチャートの人々の世論は傾いた。姿の見えない殺人鬼は、外からもたらされた災いだという考えが、ナチャートの人々を支配していったのである。



 グネフの右目はどこにいても、若い女を探し当てた。しかし、さすがに外を夜出歩く女はいなくなった。もう五人以上は殺したが、正確な数は分からない。後半は家の中にいた被害者の家族に反撃を受けたが、この家族の生死は不明だった。グネフが町の外れから引き返そうとした時、不自然なほどをつけて歩く女が目に入った。その女は黒の長い髪をしていた。黒い髪はカーメニの人間ではないことを示していたが、グネフには関係のないことだった。ただその黒髪の女は、グネフの目に他の女とは違って見えた。

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