6.歌の意味

「本当に?」


グネフは半信半疑のまま質問した。プラビェルはあっさり頷いた。プラビェルは今でも夢で人々の死が予知できている。しかしそれを誰かに話す機会がなくなってしまった。幼く、愚かだったのだとプラビェルは恥じる。大切な人が死ぬ事によって、人々が殺意にも及ぶ怒りをぶつける相手を欲することを知らず、親切なことをしたのだと考えていたからだ。幼かったプラビェルは、これから起こる不幸を教えられて、人々が喜ぶと思っていたのだ。プラビェルはそうすることで、優しいナチャートの人々への恩返しができると思ったのだ。


「おかしいよ。だって五年後、俺はまだ二十歳で、君はまだ十五だろう? まだ死ぬには早すぎる」


グネフはプラビェルの前に回り込んだ。


「死因はまだ分からない。でも死期が近付けば、いずれ分かる」


プラビェルはますます縮こまって膝に顔を埋めた。


「嘘だろ、そんなの……」


必死にグネフはプラビェルに確認をする。求めているのは肯定的な答えだった。ここでプラビェルが「そうよ。全部嘘」と言って笑ってくれれば救いもあったのだが、プラビェルは何も言わず、ただ大きく首を振った。


  言葉を覚えたばかりの子供が、次々に他人の死を言い当てた。やがて人々は気味悪く思い、恐怖し、忌避した。さらには大切な人を殺されたと言って恨む者さえ出始めた。両親は子供を家に閉じ込めることで、守ろうとした。この状況になってプラビェルは初めて、変えられない不幸を教えてもらっても人々は喜ばないと知った。知った時にはもう遅かった。プラビェルの周りにあふれていた温かな空気は、重く、冷たく、暗いものに変化してしまった。


「分からなかった。どうして何も見えないこの目に、他人の死が見えるのか。何故、あんなに優しかった人たちが、私に嫌なことするのか。何故、あんなに幸せそうだった両親が、こんなに怯えているのか。分からないことばかりだった。でも、もう良いの。だって、どうせ皆死ぬんだから」


プラビェルは泣きながら一思いに言った。俯いたプラビェルの声はくぐもった声になる。グネフは四つん這いになって芝を握りつぶした。


「確かに、死なない人はいない。でも、それでいいの? 誰かが君の言う通りに死んだって、それは君のせいじゃない」


「何もできない。私のパパもママも、今日死ぬんだから。血をいっぱい流して、死んじゃう。だから、きっと私も、どこかで食べ物がなくて死ぬんだわ」


誰からの協力もなしに、目が見えない一人の少女が生きていくことは難しい。聖堂に助けを求めようにも、事情が事情なだけに、司教庁が悪い判断を下す可能性もある。その場合、プラビェルは、無実の罪によって殺されてしまうかもしれないのだ。グネフは息を飲んだ。ただのオマセかと思えば、ただ死を見すぎて諦感に呑まれているだけだ。プラビェルは涙をぬぐい、顔をわずかに上げた。


「それはいつ?」


グネフが両親の死に対して真摯に向き合おうとしていることは声で分かった。


「今夜」


「何処で?」


「まだ分からない。でも、今晩なら家じゃないかしら?」


「止めよう、プラビェル。君の両親を助けるんだ!」


グネフは少し興奮しながら、プラビェルの正面に座った。プラビェルはグネフの声がする方に顔を上げた。プラビェルは戸惑った。プラビェルが「小さな死神」と呼ばれるようになった頃には、皆、プラビェルの予言を変えようとしてきたはずだ。予言された人の家では、病院に行って健康状態を見てもらったという人もいるし、ナチャート小聖堂で熱心に祈りをささげたという人もいたらしい。しかし誰一人としてプラビェルの予言から逃れられた者はなかった。


「でも、そんなこと出来るの?」


プラビェルは、死とは避けがたい人間の運命そのものだと思うようになっていた。そしてその運命は、主が決めていることだと考えていた。だから運命を変えることは、主に逆らうことだと思ったのだ。


「出来るかどうかじゃなく、やるんだ! 家に鍵をかけて、部屋にも鍵をかけて、二人で見張ろう。二人で君の両親を守るんだ!」


「でも、運命を変えても良いのかしら?」


「これは運命なんかじゃない! これは悪い夢だ。きっと君の能力は、人を助けるように主がお与えになったんだよ!」


プラビェルは顔を覆った。そして消えそうな声で、「出来る?」ときいた。グネフはプラビェルの両手を取って力強く握った。


「やろう。だって君はまだ、夢を見ただけだ。現実は現実で行動しないと」


プラビェルは黙り込んだ。強く握られた手が、少しだけ痛かった。しかしそれが嬉しくもあった。自分の正体を知ってもなお、自分の手を握って励ましてくれたのは、グネフが初めてだった。だから、プラビェルは心を決めた。



「ありがとう」



プラビェルは泣きはらした顔で笑った。


「まだお礼は早いよ」


「ねえ、歌ってくれない?」


突然の要求にグネフは驚いたが、すぐに笑って答えた。


「いいよ」


グネフは、こんなに他人に対して歌ってあげたいと思ったのは初めての経験だった。今までは聖堂内の自分の立場を気にして、あいつより巧く歌いたいとか、先生にほめられたいとか、そういった打算で歌を歌っていたことに気付かされる。しかし何の見返りもなく自分の歌を素直に聞きたいと望んでもらえることの方が、誰かより巧く歌ったり先生にほめられたりすることよりも嬉しかった。グネフはプラビェルを助けたはずが、逆に自分が救われていたのだ。グネフはプラビェルが欲するままに歌った。讃美歌に続いて土地に伝わる民謡や童謡を歌い、プラビェルが節をとっていた。童謡の多くはプラビェルも声を合わせて二人で歌う事ができた。

 そしてやがて日が傾き、二人でプラビェルの家に向かった。目の見えないプラビェルに、グネフは肩を貸した。手を引くよりも、相手の肩につかまった方が安定するし、肩の上下で段差に気付くことができた。朝早く夜も早いナチャートの人々は早寝早起きが基本だ。そのため夕方にはもう畑仕事を終えて家に帰るため、人影もまばらだ。その上プラビェルが来ると分かると、人々はいそいそと家の中に入って行く。


「ひどいな」


グネフが人々のあからさまな行為に対して、嫌悪と苛立ちを含んだ声をあげる。


「いつものことよ。気にしていられないわ」


歌うようにプラビェルは、強がりを見せた。


「強いんだな」


「本当に、そう思う?」


プラビェルはグネフの肩を握る手に力を込めた。その手は微かに震えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る