第21話 たからもの




 午後便で配達された荷物の中に、そいつはいた。

 手乗りサイズの鉢に植わる、石ころが。


「リトープス……ちっちゃい」


 梱包を解いて、状態を千秋さんに確認してもらい、所定の位置へと並べる。

 今日届いたのは、全て多肉植物ばかり。

 バラの花ように葉を広げるエケベリア属。

  紅葉で俵型の葉を真っ赤に染めたセダム属。

 サボテンそっくりだけど、実は他人の空似なユーフォルビア属。

 そして、石ころかお尻と見紛うリトープスたち。

 最終的に、中央のテーブルが彼らの居場所となった。


 しかしみんなリトープスだからと一緒くたすることなかれ。

 じっと観察するとそれぞれの品種でほんの少しずつ色や模様、形状が異なっている。

 多分、マニアにはたまらない部分なのだろう。

 千秋さん曰く、小さい株ながらすぐに品切れを起こす人気者なのだそうだ。

 立派な株を買って維持するのも楽しいが、小さな株をじわりじわりと自分好みに育てるのも、植物育成の醍醐味なのである。

 千秋さんの受け売り、だけど。


「千秋さん。この子たちも春には脱皮するんですよね」


 粗方作業を終え、隣で腰を叩いていた千秋さんに尋ねる。


「もちろん。管理、お願いしても大丈夫そう?」

「き、気難しいってよく本とかに書いてあるんですけど、私でも平気ですよね?」


 不安は消えてくれない。

 もし、商品を枯らしてしまったり、価値を落としてしまったら。

 考えれば考える程おぞましい。


「心配?」

「ものすごく」

「あはは、心配性だなぁ。なら、もう少し説明しようか」

「ぜひ! お願いします」


 相変わらずお店は閑古鳥。

 この機会を逃しちゃいけない。

 本やネットより、千秋さんに直接聞いた方がためになるし、信憑性もばっちりだ。

 玉石混淆の玉が目の前にいるなら、選択肢はおのずと限られる。


「わふっ」


 ほら、足元で横たわる虎徹だって賛同してくれた。


「じゃあ、軽くね」


 と前置きして、千秋さんは軽く咳払いする。


「リトープスは女仙メセン類の一種で、生ける宝石とも例えられる多肉植物。他の子と同じくコアなファンが多いんだ」


 長い指がテーブルに、“女仙”と書き記す。


「ほう……」

「あ、ちなみに女仙ってのは当て字。過去に彼らがまとめてメセンブリアンテマム科に分類されていた名残りで、今でもそう呼ばれてる。とげとげで荒々しさのある仙人掌サボテンを男性的と捉えた時、まん丸でころっとしているメセンブリアンテマム科は対照的に女性的だから、女仙、らしいよ。面白いよね」

「……あぁ、そっか」


 ロホホラのような例外は多々あるが、サボテンと言えばトゲトゲが代名詞だ。

 触れば痛いし、細いトゲはずっと手に刺さったままなかなか抜けない。

 対して、リトープスはつやつやで、研磨した宝石のように滑らかな肌をしている。

 それを男女に例えたのだろう。


「他のメセン類も大体こんな感じでまさに宝石って感じの見た目をしてる。樹木みたいなのが例外でいるけどね」


 樹木、かぁ。

 いつか入荷しないかな。

 石ころの親戚が全く違う形をしているなんて、ちょっと興味をそそられる。


「ダイヤモンドやルビーじゃなく、メノウとかオブシディアンっぽいですよね」

「んー、よくわかんないけど、そんなイメージかな。アクセサリーより魔除けや神事に使われていたタイプ、ってことでしょ?」

「そんな感じです」


 渋いパワーストーン系。

 苔色や錆色の彼らにはぴったりだ。


「ふふふ、女の子の発想は可愛いなぁ」


 しばらくふわふわのゴールデンレトリバーになった後、千秋さんは「続けていい?」と話を元に戻した。

 とても可愛かった。


「メセン類って、他にも太陽の子って呼ばれたりするんこともあるんだよ。日光が大好きだからさ。そのくせ暑さは嫌いなんだけどね」

「暑くない日光じゃないとダメなんですか……。冬場は温かい室内に入れるとして、夏は……」


 もしかして、特殊な管理が必要なんじゃ……。


「直射日光は厳禁。風通しの悪い蒸れるところもアウト。室外でも室内でも、柔らかい日光に当ててやるんだ。屋外だったら大体五十パーセントくらい遮光するとよく育つよ。室内なら陽がよく当たる南側に。同じメセン類のコノフィツムは夏に休眠するからしっかりめに遮光する。いくら南国生まれでも、高温多湿の日本の夏はつらいからね」

「多肉植物も熱帯植物も蒸れには弱いですもんね。了解です」

「夏場の蒸れは最大の鬼門だからさ。冬は加温と加湿でやり過ごせるけど、夏は本当に注意しないと一瞬で溶ける。気づいた時には手遅れになってる……うぅ」


 力なく肩を落とす千秋さん。

 どうやら古傷を抉られたらしい。


「でも! ものすごく気難しいわけじゃないから。すみれちゃんならできるよ。僕が保証する。もし疑問や異常があったらすぐに聞いて。手遅れにならないうちに」

「頑張ります」

「うんうん。とりあえず肩の力を抜いていこうか。それから、もうちょっとふにゃって笑ってほしいな。普段みたいにさ」

「へ?」


 ふ、ふにゃ?


「すみれちゃん、朝からずっと表情がこわばってるよ。もしかして体調悪い?」

「いえ、特には……」


 朝ごはんを半分残したけれど、体調は万全だ。

 一睡もしていなくとも、体調だけは。


「昨日は変な話してごめんね」


 謝られて、とっさに目を逸らす。

 今日の私には笑って吹き飛ばせるほどの余裕がなかった。

 どうにもこうにも笑えない。

 昨日無理に取り繕ったのが、呪いのようにじわじわと効いている。


「大丈夫?」

「多分、大丈夫です……」


 たかが呪われたくらいで落ち込んでどうするすみれ。

 もう声は取り戻した。

 呪いも解けた。

 私が働いているのは鬼住村で、東京ではない。

 いくら振り返っても、二度と戻れない。

 終わったんだ。

 姫川さんは私を呪いたいくらいに、憎んでいた。

 友達でも信頼のおける同期でもなかった。

 たった、それだけ。


「大丈夫じゃなきゃ、ダメですから」


 私はもう大人で、地に足をつけて生きていかなきゃならないのだから。

 せめて、直接罵ってほしかった。なんて思っちゃいけないんだ。


「うそはよくないなぁ」


 骨ばった長い指が、頬に触れる。


「ほんとにごめんね」

「あや、まらないで」


 ください。

 発せなかった言葉は涙となって頬を伝った。

 ああ、最低だ私。

 よりによって仕事中に取り乱して。社会人失格も甚だしい。

 でもどこかで、もうどうにでもなれと思っている自分もいる。

 嫌われないよう心掛けて嫌われて。

 友達だと信じていたのに呪われた。

 じゃあ、何をすれば人に好いてもらえるのだろう。

 勉強以外に取り柄のない、地味で根暗な笹森すみれは、どう生きていけば。


「がんばった、のに……一生懸命、はたら、いて、がん、ばったのに」

「すみれちゃんは頑張り屋だもんね。知ってるよ」

「なのに、ブロックされ、て……着信もきょ、拒否、されて」


 大きな手のひらが、私の頭を撫でる。

 その温かさに余計涙があふれた。


「気に入ら、ないところが、ある……なら、直すのに……」


 話すこともままならなければ、こんな簡単な願いも叶わない。


「すみれちゃんは変わらなくてもいいよ。人にはさ、相性があるんだ。無理して変わっても、その人は君を受け入れようとはしない」

「でも……!」


 しゃくりあげると、虎徹が腰に頭を擦りつけてきゅんきゅん鳴く。

 わんこにまで気を遣わせて、みっともない。


「世の中には、すみれちゃんが息をしているだけで気に障る人もいれば、隣にいてくれるだけで気が休まる人もいるんだよ。前者は相手を陥れるためならどこまでも悪知恵を働くし、一生理解しあえない。だって、相手を真に知ろうとしないんだもん。そりゃあ無理だ」


 両の掌が頬を包み、涙を拭ってくれた。

 まるで子供をあやしているみたいに。


「あ、後者の気が休まる人は僕のことだけどさ」

「うぅ……ずるい、です」


 ゴールデンレトリバーな笑顔でそんな台詞を吐くのはずるすぎる。


「あはは、また茹でダコ」


 手の離れた頬を強く擦って、深呼吸。

 落ち着けすみれ。感情的になるな。

 悲しみと羞恥心は一旦捨てるんだ。

 じゃないと、明日以降がとても気まずい。

 主に自分だけがとても恥ずかしい。


「相手が……その、思いもよらなくてショックで……」

「一晩ではとても嫌いになれない人だった?」


 問われて、首を横に振る。


「こんなにはっきり拒絶の意思表示をされたのなら、諦めます。私が甘っちょろかったのが事の元凶だろうし」

「そうやって自分を責めない。すみれちゃんに非はないよ」

「あったかもしれないけど、きれいさっぱり忘れます」


 半分本心で、半分強がり。

 忘れてしまえば楽になる。

 人間は忘れる生き物だ。

 だったら、その特性で心の重荷を降ろしてしまえ。

 自分が潰れて壊れる前に。


「今私がいるのは、鬼住村のこのお店ですから! 声を失わなければ千秋さんにも出会えなかった、って考えると悪いことばかりじゃないな、って思えます」


 強がった私を見て、千秋さんの顔が口角を上げる。


「すみれちゃんと出会えなかったら、僕今頃路頭に迷ってたろうなぁ。巡り合わせってあるんだねぇ」

「実はすっごく怯えてたんですよ、あの夜。とんでもない物騒な仕事をさせられるんじゃないかって」


 千秋さんだったからこそ私は新たな道へ踏み出せた。

 鬼住村に来て、千秋さんに出会って、植物の魅力を知った。

 素敵な出会いもあった。

 この緑ばかりで過疎の進む村は、私を受け入れて、たくさんのものを与えてくれた。

 十分すぎるくらい、満たしてくれた。

 強がりでも虚勢でも、それだけで十分なんだ。


「こき使われてない? 平気?」

「むしろもっと使ってほしいくらいですよ」

「うわん!」


 不意に、ずっとそばにいた虎徹が一鳴きして入り口の方へと移動する。


「どした?」

「わふっ、わふっ」


 尻尾を振ってカリカリとガラス張りのドアを引っ掻く虎徹。


 ガラスの向こう側には――



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