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 そうしてユーリ・ヴァレンタインが着実に己の野望へ王手を打っていた頃、屋敷のある山の麓では。夜闇に包まれる空が東方よりまどろみ出すより手前の、まだまだ暗い深夜の暗闇をヘッド・ライトの強烈な光で切り裂きながら、獣道にも似た細い道の路肩に巨大な四輪駆動車が滑り込んでいた。

 闇夜に溶け込むような黒いボディをしたそれは、ミリィ・レイスの操るハマーH1だ。路肩に停まったそのハマーがエンジンを切ると、後部ドアから高級そうな黒いイタリアン・スーツに身を包んだ長身の男が外界へと脚を下ろす。

 ハリー・ムラサメだ。傷付いた満身創痍の身体に鞭打ち、全てに決着を付けるべく、伝説の殺し屋が再び姿を現したのだ。暗い夜闇に姿を紛れ込ませながら、しかしその鷹のように鋭い双眸を、僅かな月明かりの下で覗かせながら。

 ハリーは停まったハマーの後方に回ると後部ドアを開き、ラゲッジ・スペースに載せていた武器満載の黒いボストン・バッグを手繰り寄せる。するとおもむろにバッグを開き、無言のままで黙々と装備を次々に身に着けていった。

 主装備のSIG-516自動ライフルは胸の前に負い紐スリングで吊る形で吊るし、樹脂製の予備弾倉は左腰の前側にある弾倉ポーチへと収める。ショットガン用の予備弾が満載されたシェルホルダーを括り付けたベルトをスーツジャケットの下、ワイシャツの上から腹辺りに直接巻き付け、その後でハリーはTTIカスタムのベネリM4自動ショットガンを背中に背負う。全ての銃は身に着ける前に、ボルト・ハンドルなりスライドなりを引いて初弾を薬室に叩き込んでおいた。

 全ての武器弾薬類を身に着け、完全装備になったハリーの姿は威圧的の一言だった。身に纏うスーツも見た目こそアルマーニ辺りの高級イタリアン・スーツだが、これも内張りはセラミックと特殊繊維の複合材で作られた特殊防弾仕様。自動ライフル一挺に自動ショットガン一挺、拳銃二挺にナイフ三本と、そして大量の弾薬を背負ったハリーの格好は、正に人間武器庫と例えるのが相応しいだろう。

「…………ハリー」

 そうして、完全武装をしたハリーが無言のままにハマーの傍を離れようと山の方に向かって歩き出すと。すると数歩歩いたところで、ハマーの窓を開いたミリィ・レイスが肘を突き窓から軽く身を乗り出しながら、少し遠くなったハリーの背中にそっと呼びかけていた。

「どうした?」

 立ち止まり、首だけで振り返るハリー。そんな彼の姿を見たミリィは「ふっ……」と何故か小さく笑えば、懐から取り出したフィリップ・モーリスの煙草を咥える。

「くれぐれも、気を付けて」

 そのフィリップ・モーリスに火を点けながら、ミリィは小さく、呟くような声音でハリーに告げていた。

「……ああ」

 ハリーもフッと小さく笑い返し、そして後ろ手に振りながら再び歩き出した。ミリィの好きなフィリップ・モーリス銘柄の煙草から遠く漂う、控えめな紫煙の香りに鼻腔を微かにくすぐらせながら、男は最後の決戦の地へと赴いていく。

「…………」

 目指す先はただひとつ、この先にある"スタビリティ"のボス、ユーリ・ヴァレンタインの大邸宅だ。そこに今も囚われている和葉を救い出し、そして全てに決着を付ける……。

 今夜の戦いで、全てに決着が付く。

 確たる根拠は無いが、しかしハリーは心の何処かでそう確信していた。予感、と言っても良い。何がどう転んだところでこの夜、今から向こう数時間で何もかもにピリオドが打たれると、ハリーはそんな予感を胸に抱いていた。

 故に、男は独り歩き出す。進み往くその脚を止めることなく、ただ真っ直ぐに。最後の修羅場へ、熾烈な戦いの待ち受ける熱い鉄火場へと赴かんが為に…………。

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