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 吹き荒れる爆炎の嵐と、豪雨のように降り注ぐ大小細かな瓦礫と破片。五発のグレネード弾に焼かれボロボロになった事務所の中、生存は絶望的と思われた空間の中で――――しかし、ハリー・ムラサメも園崎和葉も、未だ生きていた。

「ああ、クソッ……!」

 毒づきながら、瓦礫が山盛りになった背中を気合いで起こし、盾になるみたく和葉に覆い被さった格好からハリーが起き上がる。

「げほっ、げほっ……! ああもう、何がどうなってるの……!?」

 すると、和葉も咳き込みつつ起き上がり、混乱する頭を落ち着かせようとそんな言葉を呟いた。

「敵だ……!」

「敵!?」

 そうしている内に、今度は外からウォードッグの機関銃斉射が飛び込んで来る。

「危ねぇっ!!」

 と、咄嗟にハリーはまた和葉に上から覆い被さって彼女を庇う。

「ちょっ、何なのよこれぇぇぇっ!!??」

「敵だ、敵の襲撃だ!」

「もう嫌ぁぁっ!!」

 叫ぶ和葉と、それを庇うハリー。そうしながら、ハリーは混乱に頭を支配された和葉を何とか庇いながらでじりじりと彼女を連れて窓際から遠ざかろうとする。

 窓ガラスはおろか、事務所の壁すら容易に突き破って室内に殺到してくる機関銃の掃射、恐らくは7.62mmクラスの大口径弾薬だとハリーは推測した。また彼は知らぬことであったが、実際にウォードッグが外から事務所に向けて撃ちまくっているのはイスラエル製のネゲヴNG7-SF軽機関銃で、事実使う弾薬も7.62mm×51NATOの大口径だった。

「畜生、建て替えるときは壁に鉄板入れなくちゃあな……」

「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょぉっ!?」

 思わず呟くハリーと、それに至極真っ当なツッコミを叫び返す和葉。口先でこそそんな調子だったが、二人とも余裕なんてまるで持ち合わせちゃいなかった。

「ああ、クソッタレめ! 俺の事務所を滅茶苦茶にしやがってこの野郎ッ!!」

 お気に入りの椅子とデスクが木っ端みじんに吹っ飛び、テレビは砕けて倒れ。壁は割れるわ天井から蛍光灯の破片は降ってくるわ、加速度的にボロボロになっていく事務所の中、しかしハリーは這い進みながら必死に和葉を此処から逃がそうとする。

「どうすんのよハリー!? こんなの、逃げ場なんて……!」

 焦る和葉に「逃げ場!? あるに決まってる!」とハリーは叫び返し、

「ガレージへの緊急用の直通シュートがある、そこを通るんだ!」

「こんなこともあろうかと、ってコトね……。全く、用意がいいこと!」

「余計なコト言ってる場合か! ――――ほら、行くぞっ!」

「ああもう、どうにでもなってよぉっ!!」

 和葉を庇いながら、必死にハリーは壁際に寄って。そして蓋をされていた壁の一部、その金属製のハッチを跳ね上げればダストシュートのようなスロープが顔を出す。先に和葉に通らせてから、ハリーもまたそこに飛び込んだ。

「きゃぁぁぁぁっ!?!?」

 悲鳴と共に滑り降りる和葉と、その後から無言で続くハリー。二人が辿り着いたのは、一階部分のガレージだった。

「乗れ!」

 そこで息を潜めていたインプレッサの助手席に和葉を乗せ、自分もコクピット・シートに滑り込む。

 ステアリング・コラム部分の鍵穴にキーをブチ込み、前方に捻ってイグニッション始動。キュルッと回るセル・モーターの軽快な音と共にエア・スクープ付きボンネットの下で排気量2.2リッターのフルチューン済みEJ20改・四気筒ボクサー・エンジンが雄叫びを上げながら眼を覚ました。

「シートベルトを!」

「わ、分かった……!」

 此処からは、派手な走りになる。そう思いサイドシートの和葉にシートベルトをさせながら、ハリーはエンジンが暖まるのを待たずしてサイドブレーキを下ろした。暖気を待っている余裕なんて、今は何処にもアリはしない。

「飛ばすぞ、覚悟は!?」

「で、出来てる!」

「よし、掴まってろよ……!」

 追跡されないよう回転機構を作動し、前後のナンバープレートを別の偽装品へと入れ替える。そうしてからハリーは左手を電光石火のように走らせ、左足でクラッチ・ペダルを踏んでクラッチ板を切りながらギアを一速へ叩き込む。

 クラッチ・ペダルを戻し、解放されていたクラッチ板を元に戻せば、エンジンのクランク・シャフトとトランスミッションのインプット・シャフトとが結合され、強烈なパワーとトルクが四輪全てへと伝達され始める。

「行くぞ、舌噛むなよ和葉ッ!」

「えっちょっ、どうする気よっ!?」

 困惑する和葉を意図的に無視しつつ、そのままハリーは一切合切の迷いを棄て、右足でアクセル・ペダルを踏み込んだ。

「ちょっ、前! 前! きゃぁぁぁぁっ!?!?」

 和葉の悲鳴と共に、締まりっぱなしのシャッターが目の前に迫ってくる。だが、ハリーは迷うこと無く更にスロットルを開いた。

「ぶつかるぅぅぅっ!!?!?」

 当然、インプレッサのノーズとシャッターとが激しく激突した。だが強烈な防弾加工が施された強靱な黒いボディはそのまま無傷でシャッターを突き破り、外界へと飛び出していく。

 ウォードッグを轢き殺したいところだったが、咄嗟に棄てたネゲヴ軽機関銃こそ踏み潰せたものの、寸前の所で軽快な横っ飛びのステップでウォードッグ自身は回避してしまった。そのままインプレッサは全速力で走り、停まっていたアウディ・S4を避けつつ、ハリーは事務所からの逃走を図る。

「ちょっ、追ってきてる!」

「分かってる、そんなこと! それより飛ばすぞ、掴まってろ!」

「……で、これから先は!?」

「とりあえず、逃げてから考えるさ……!」

 すぐさま乗り込んだウォードッグを回収した銀色のアウディ・S4が追ってくる景色をバック・ミラー越しに眺めつつ、ハリーは額に流れる冷たい汗を拭う間も無くインプレッサをフルスロットルで走らせる。

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