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 旧校舎三階、使われていない空き教室に身を潜めていた和葉はやっとこさ落ち着きを少しだけ取り戻していたが、しかしその平静を再び壊したのは、近寄ってくる大きな足音だった。

 ドスンドスンといった具合に地響きが鳴りそうなほど、本当にドデカい足音だった。そんな大きな足音が、確かに和葉の隠れる空き教室の方へと近づいてくる。

「やだよ、来ないでよ……っ!」

 机の間に隠れたまま、蹲って必死に懇願する和葉。しかしその願いは叶わず、近づいてきたドデカい足音は丁度、和葉の隠れる空き教室の扉の前で立ち止まった。

 凄まじく大きな人影が、引き戸の磨りガラス越しに和葉からも見える。きっと、身長190センチ以上はあるだろう。明らかに大男といった具合の、そんな巨大なシルエットだった。

 ともすれば、その巨漢は物凄い勢いで扉を蹴り飛ばし。鍵を掛けていた筈の扉は、しかし男の丸太のように太い脚でもっていとも簡単に蹴破られてしまった。

 煙のように埃が立ちこめる中、やはりドスンドスンといった大きな足音と共に巨大な体躯の男が空き教室の中に踏み込んでくる。やはり190センチを越える巨大な体格に、それに見合うほどの凄まじいはち切れんばかりの筋肉の持ち主だった。

 アジア系で、髪は黒で短く。手には血が染み付いた指ぬきのグローブを嵌め、隆々とした筋肉の張り出す身体には黒いTシャツとジーンズ、そして袖を折った黒い革ジャケットを羽織っている。獰猛な風貌の顔の目元にこそ丸いサングラスを掛けていたが、しかし直接双眸を見なくても分かるほどに、男が滲ませる雰囲気は闘犬のように獰猛な色をしていた。

 ――――ジェフリー・ウェン。通称"ウォードッグ(戦争の犬)"。

 和葉の前に現れた巨漢は、まさにそのウォードッグだった。にひひ、と犬歯を剥き出しにした獰猛すぎる笑みを湛えながら、ゆっくりと和葉の方に歩み寄ってくる。

「居るんだろォ? 出てこいよ」

 ボソリとそう言うと、ウォードッグは積み上げられていた机と椅子――――和葉の隠れるそこへ向け、凄まじい回し蹴りを放った。

「きゃぁぁぁっ!?!?」

 思わず上げてしまった和葉の悲鳴と共に、ガラガラと物凄い音を立てて机と椅子が盛大に吹き飛んでいく。

 そうすれば、和葉の身を隠していた物はその半ばが消え失せて。机の間に露わになった縮こまる和葉の姿を見下ろしながら、ウォードッグはニィッ、と凶暴な笑みを浮かべてみせた。

「見つけたぜ、荷物パッケージ

「ひっ……!?」

 見下ろしてくるウォードッグの巨体と、そのあまりに凶暴すぎる風貌に、和葉は本能的な恐怖を覚えてしまい。止まっていた筈の涙が、紅い瞳から再び止めどなく滲み始めてしまう。

 その間にも、ウォードッグは邪魔な椅子と机を片手でひょいひょいと放り捨てていて。そうすれば、遂に和葉とウォードッグの間に隔てるものが何一つとして無くなってしまった。

「悪いな、仕事なんだ」

 詫びる気があるのか無いのか、ニヤニヤとした顔のまま和葉を見下ろすウォードッグが、とりあえずといった感じに詫びの言葉を継げてくる。

「助けてよ……っ!」

 遂にそんなウォードッグから眼を背けると、涙を滲ませながら和葉が呟く。懇願するように、祈るように。

「助けてよ。ねぇ、ハリー…………っ!」

「――――その依頼、確かに承った」

 そして、何処からか聞き慣れたクールな男の声が聞こえれば。不敵な笑みを湛える、クールな男の声が響き渡れば。廊下側のガラスがあまりに突然に砕け散り、そして――――ウォードッグのドデカい身体が、激しく吹き飛んでしまう。

「えっ……?」

 戸惑う和葉の頭上を、ウォードッグが飛んで行き。その勢いで外側の窓ガラスをブチ破れば、そのままウォードッグは下に向かって思い切り落下していった。

 廊下側のガラスをタックルするようにブチ破り、飛び散る破片と共に空き教室に現れるスマートな影。膝立ちの格好で床に着地した彼は、見るからに高そうなアルマーニの高級イタリアン・スーツに身を包んでいた。

「――――待たせたな、戻って来たぞ」

 自動ライフル片手に立ち上がる彼――――ハリー・ムラサメの湛える不敵な笑みが、今だけは誰よりも、何よりも頼もしく和葉の瞳には映っていた。

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