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「誰だ、貴様――――!」
学園敷地内を息を殺し進んでいたハリーが見つかったのは、意外にもかなり早いタイミングだった。
グラウンド近く、真新しい新校舎のすぐ傍。ハリーが校舎に潜り込もうとした矢先、偶然影から飛び出してきた三人組に、ハリーは運悪く見つかってしまったのだ。
「チッ……!」
ハリーは舌を打ちながら、すぐさまロータリー状になった花壇の後ろに隠れる。花壇といっても周りは大きな石……というか岩に近いようなモノで囲われていて、しかも中心には太い幹の木も生えているから、遮蔽物としては十分だ。
そこに滑り込んだハリーは、奴らが撃ち始めるのとほぼ同時にQBZ-97を肩付けに構え、そして瞬間的に狙いを定め引鉄を引く。
タン、タンタンといったペースのセミオート(単射)での射撃だ。この距離でフルオート(連射)を使い弾を無駄にバラ撒かない辺り、やはりハリー・ムラサメはプロフェッショナルだった。
ハリーの反撃で、咄嗟に一人を始末することは出来た。しかし他の二人を仕留めることは敵わず、その残った二人の敵は頭と胴体を撃ち抜かれ倒れた仲間を一瞥するなり、それぞれ武道場の陰や止められている教員の車の後ろへと隠れてしまう。
やがて敵も反撃に出てきて、襲い来る銃火がハリーを襲う。向こうも同じようにQBZ-97自動ライフルを持っていて、奴らの構える銃口から火花が一瞬瞬いたと思った途端、ハリーの隠れるロータリー状の花壇で銃弾の弾ける激しい音が響き始めた。
僅か数十メートルという至近距離を、しかし音の壁を容易に突き破る速さで5.56mmの小口径・高速ライフル弾がハリー目掛けてスッ飛んでくる。外れた弾は木の幹やロータリーの周囲を囲む岩に激突し、表面を抉りながら弾け飛ぶと高音を奏でながら
「こんなこと、してる場合じゃないんだけどな……!」
そんな中でハリーは更に反撃を加え、QBZ-97で更に一人を撃ち倒しつつ、独り言で毒づく。敵のライフル弾で弾けた岩の破片がハリーの頬を浅く掠め、そして横一文字の小さな切り傷を形作った。
更に射撃を続けるハリーだったが、やがてQBZ-97の三十連弾倉も底を突く。小さく舌を打ちながら岩の陰に屈んだハリーは空になった弾倉を抜き取り足元へ投げ捨てて、懐から取り出した新しい物を銃床部分の機関部へと差し直す。キャリング・ハンドル(銃の上に生える、取っ手のようなもの)の下にあるコッキング・レヴァーを引いて弾倉の弾を薬室へ再装填すると、しかしハリーは再び撃とうとはしなかった。
代わりに、ニヤリとしながら懐より破片手榴弾を取り出す。これで攪乱し、カタを付けるつもりだ。
ハリーは左手に持った手榴弾の安全ピンを右手で抜き取り、そして安全レヴァーも外してから、敵の方へと向けて思い切り放り投げる。カランコロンと音を立ててアスファルトの上を転がった手榴弾は、安全レヴァーを外してからキッカリ五秒後に爆ぜる。
突然飛んで来た手榴弾と、目の前で巻き起こった爆発に、最後に残っていた一人と応援に駆けつけた数人はひっくり返るように驚いていて。しかしその隙にハリーは駆け出すと、今度はフルオートでQBZ-97を滅茶苦茶に撃ちまくり牽制しながら、そのまま校舎の方へと一直線に駆けていった。
QBZ-97の弾が切れた所で、丁度目の前にあったガラス窓に向かってハリーは地を蹴る。飛び上がった彼はタックルするような姿勢で薄い窓ガラスを突き破り、教室の中に飛び込んだ。
くるりと大きく前転するようにして膝立ちに起き上がりながら、QBZ-97から手を離したハリーは腰からUSPコンパクトを抜いて構え、教室内に注意深く視線を這わせる。
しかし、敵の姿は無かった。ふぅ、と小さな息をつきながらハリーはUSPコンパクトを戻し、弾切れになったQBZ-97の弾倉を交換する。
「……酷いもんだ」
弾倉を交換しながら、ハリーは教室内の惨状を眺め、そして苦虫を噛み潰したみたいな顔でひとりごちた。それ程までに、教室の中は酷い有様だった。
きっと、襲われた時は授業中だったのだろう。生徒の大半が席に着いたままか、或いは逃げようとしたらしく床に転がるかどちらかの格好で、一様に身体のあちこちに銃弾での風穴を穿たれた形で息絶えていた。授業を受け持っていた教師に至っては、ショットガンか何かで首から上を完全に吹き飛ばされた無残な格好で教壇の上に斃れている。
教室の一番後方に飛び込んだ形のハリーだったが、何かベチャリとした感触が靴の裏にすると思ったら、生徒の死骸から流れ出た紅い血が床を汚していて。気味の悪いこの感触は、その血を靴裏で踏んづけた感触だったようだ。
ハリーは顔をしかめながら立ち上がり、最後に教室内を一瞥してから廊下の方に近寄っていく。そうしている間にも、ハリーの胸中では沸々とした怒りが煮えたぎり始めていた。
(酷いやり方だ……。こんなの、プロのすることじゃない)
こんなのは、ただの虐殺だ――――。
怒りの炎を燃え滾らせながら、しかしハリーは仕事が――園崎和葉の保護が最優先と考え、頭を切り替えながら教室の戸を開き廊下に飛び出す。
警戒しながら外に出たハリーだったが、しかし廊下は静かなものだった。血痕や死骸がそこら中に転がってはいるものの、敵の気配はあまり感じられない。
「…………!」
と、その時だった。ゴトッという確かな物音を、ハリーの耳が捉えたのは。
階段の踊り場近くの方からだった。ハリーは警戒しながら、QBZ-97を構えつつそちらに近寄る。
「ひっ……!」
すると、そこに居たのは敵ではなく、意外なことにこの学園の学生だった。茜色の髪の少女が、踊り場に積み上げられた段ボールたちの陰に隠れるようにして、身を縮こまらせていたのだ。
「君は……」
「えっ……? あ、貴方って、和葉を迎えに来てた……」
ハリーはその娘に見覚えがあり、そして少女の方もハリーの顔に見覚えがあったらしく、お互いにぽかんとした意外な顔で見合う。ハリーの記憶が確かなら、確か彼女は朱音とかいう名前だったはずだ。いつも和葉と一緒に居る娘だ。
「…………和葉は?」
「えっ?」敢えて名乗らずにハリーが一方的に質問すると、朱音は一瞬何を言っているか分からないような顔をした。
「かっ、和葉なら……。騒ぎが起こってすぐ、教室を飛び出しちゃって。それで、何処かに行っちゃったんです……っ」
どうやら、涙目でそう語る彼女――――朱音もまた和葉を追って教室を飛び出し、その最中に異変に気付き、そして隠れることで難を逃れたのだという。全く運の良い奴だと思い、話を聞き終えたハリーは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「分かった。君は隠れて、警察が来るまでじっとしていろ。いいか、物音一つ立てるんじゃないぞ」
「あの、和葉をどうする気なんですか……?」
告げるだけ告げて、くるりと踵を返し立ち去ろうとするハリーを呼び止め、涙目で彼の背中を見上げながらで朱音が問う。するとハリーは歩みを止め、背中を向けたまま首だけで彼女の方へ振り向き、
「……助け出すさ、必ずな」
不敵な顔でそう言って、今度こそ朱音の前から姿を消した。
「……お願いします。和葉を、どうかお願い…………!」
ハリーの気配が消え、そして後に残るのは、懇願するような朱音の悲痛な願いだけ。
(体育館でも、校舎でも無いとしたら。すると、考えられる園崎和葉の逃走先は――――)
小さな確信と共に、ハリーは走り出す。行く先は一ヶ所、隣の旧校舎だった。
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