第48話 十七歳 3

 ルウルウという特殊な風邪が流行っているという噂はあっという間に広がった。そのせいか店の方も客がまばらな日が続いている。

 咳をする人がいればサッと席を立ち店から去って行く人も多い。殺伐とした雰囲気は街中でも見られる。

最近の流行ファッションは黒のマスクだ。汚れが目立たないとかで爆発的に売れている。汚れている時点でマスクの役割が果たせてない気がするのは私だけのようで、うちの家族は全員黒のマスクを着用している。


「それにしても困ったわね」


 サラは閑古鳥が鳴いている店内の様子を見て呟く。

 売り上げが多少悪くても夏の間に稼いだので店が潰れることはない。困るのは用意している食材だ。うどんとかスープとか翌日にまわしたくないものもある。かといって用意しないでいて、客が来たりしたらそれこそ客離れが加速してしまう。

 ちなみにライバル店である『はらぺこや』は昨日から営業を停止している。ルウルウが落ち着くまでは閉店休業するそうだ。


「ここも休みにした方がいいのかしら」


 マリーが心配そうに呟いている。

 こんなことは開店してから初めてなので、どうするのがいいのかわからない。『はらぺこや』に倣って休むのは簡単だけど、食事処がなくては困る人もいるだろうと思うと簡単には決断できない。


「休むかどうかはもう少し様子を見てからにして、この食材をどうするかよね」


 余ったものは家に持って帰って食べたりしているけど、量が多くて全部は無理だし、毎日だと飽きてしまう。とはいえ、捨てるのはもったいなさすぎる。


「そうだ、あそこに持っていったらいいよ。運ぶのが無理だったら取りに来てもらえばいい」


 フリッツが良いことを思いついたというように手を叩いた。


「フリッツ、あそこってどこのこと?」

「スラム街だよ。低所得者の人たちが住んでいる場所なんだけど、最近はこんなだから仕事がないらしくて食べるものに困っているって話だから喜ぶと思うな」

 

 スラム街。話には聞いていたけど行った事はない。私の住んでいる場所も低所得者の人たちが住む場所だと思っていたけど、もっと酷い場所のようだ。聞けば廃屋に勝手に住み着いているらしく、いつ崩れてもおかしくないらしい。おまけに戸がなかったり窓がなかったり隙間風が入ってくるのは当たり前で、雨が降れば家の中なのに濡れるそうだ。

 真冬の大雪が降った時は凍死者がでることもあるが、そこに住んでいる人たちは誰もそんなことを気にしたりはしない。自分が生きることに必死で他人に構っていられないのだ。


「だめよ。今はあそこが一番危ないって聞いたわ。ルウルウの感染者がでたそうよ」


 マリーがフリッツを止めるけどフリッツは首を横に振った。


「それって噂だろ。ああやって弱者を一番に排除するんだ。スラムに住んでいたって同じ人間なのに酷い話だよ」


 フリッツがマリーに逆らうのは珍しい。いつもマリーの言うことに頷くのに。

 もしかしてスラムに友達でもいるのだろうか。


「友達でもいるの?」

「そうじゃないけど、一時期住んでたことがあるんだ。小さかったけど覚えてるよ。すごく寒かった…でも誰も助けてはくれなくて、そのまま死ぬんだと思ってた」


 ジムがいないときの話のようだ。家賃が払えなくなって追い出されたためにスラムに住んでいたようだ。まさかそこまで大変な時期があったとは知らなかった。


「ごめんなさい。知らなかったの」


 マリーがフリッツに謝っている。


「誰も知らない事だからいいんだ。風邪をひいて死ぬんだと思っていた時に姉ちゃんが助けてくれたんだ。たぶんあの時に初めて治癒魔法を使ったんだと思う。姉ちゃんが額に手をあてたら白い光が僕を包んで治してくれたんだ」


 アネットの家族を想う気持ちから治癒魔法が顕現されたのだろう。

 その後どうなったかというと、ジムが帰って来たらしい。ベラたちがスラムで暮らしていると噂で知って慌てて帰って来たそうだ。だからスラムで暮らしていたのは三か月だけだった。それでもフリッツはその時のことは一生忘れないと言った。


「わかったわ。スラムで炊き出しをしましょう。明日は休みだし丁度いいわ」


 私が宣言するとサラが首を傾げる。


「それって勝手にしてもいいの?」


 炊き出しには許可がいるようだ。勝手にしていいことではないらしい。


「スラムでの炊き出しは冒険者ギルドに言えばいいって聞いたことあるから、今から許可を貰ってくるよ」


 フリッツがマリーと一緒に飛び出して行った。

 残された私とサラは明日の準備をすることにした。


「うどんは乾燥させたのもあるから足りると思うけど、他には何がいるかしら」

「おにぎりも用意するわ。その時食べなくても置いとけるもの」

「屋台を借りた方が持ち運んだりするためには良いでしょうね」


 話はどんどん進んでいく。最近は客も少なくて暇だったので、やることがあるのがとても楽しい。

 フリッツとマリーが帰ってきた時には、余った食材を有効に使うために二人で野菜を千切りにしていた。


「これで何を作るの?」


 大量にある野菜の千切りを見てフリッツが首を傾げている。


「「明日のお楽しみ!」」


 私とサラの声が揃ったので思わず笑ってしまった。


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