第43話 十五歳 5
私にとってアネットとの再会は、必要な事だったのだろう。
エドとのことをはっきりさせるために。
「えっ? アネット嬢が店に?」
エドは本当に驚いた顔をしている。
今日エドをわざわざ呼び出したのは決着をつけるためだった。それが私にとって最善だと思ったからだ。
「そう、昨日の閉店間近に来たの」
「フリッツやアンナに会いに来たのかな」
確かに私たちに会いに来たのは間違いない。でも本当の狙いはエド。
「アネット様はエドと婚約するのは自分で、エドにいつまでもまとわりついている私に身の程知らずだって忠告しに来たの」
「身の程知らずって…、彼女がそう言ったのか?」
エドはその点が気に障ったようで、目に怒りが宿っている。
「私、わかっていなかった」
「えっ?」
「エドの態度が変わらないから、エドと私がこうして話をすることさえ、身の程知らずだって気づかなかった」
「そんな、身の程知らずなんて私は思っていないよ」
「そうね、エドは思っていないのかもしれない。でも周りはそう思わない。エドのことを悪く言わないで私のことを悪く言う。アネット様は親切で私に忠告してくれたんだと思う。このままエドと関わっていたら、困ったことになるって教えてくれたの」
酷い言い方だったけど、アネット様は私に世間の厳しさを教えてくれたのだと思う。そしてフリッツにも、もう弟妹ではないことをはっきりさせた。
「私と一緒にいると、アンナは困ったことになるのか?」
「そうよ。だってもう私は庶民だから。貴族であるエドとは一緒にいてはいけないの。エドだって庶民の私といれば困ったことになるわ」
店の共同経営者と言えば聞こえはいいけど、いつまでもそれが通用したりはしない。
伯爵家の御曹司でもあるエドは、庶民となった私の傍にいつまでもいてはいけない人だ。
「困ったことになってもいいから、一緒にいたい」
「それは、嬉しいけど、……でも駄目。私たちが一緒にいればきっと周りまで巻き込んで大変なことになる。私は今の家族を失いたくないの。まだ家族と認めてくれていないかもしれないけど、それでも私の家族なの」
いつの間にかエドは私にとって大切な人になっていた。でもエドと私の間には身分という壁がある。それはどうしよもない事。どれほど頑張ったってどうにもならない。
それなら傷が浅いうちに離れたほうが良い。
「家族を捨ててほしいとは言えないな。今の私には君を守る力がない事も事実だ。二年、二年だけ待っていてほしい」
エドは真剣な目で私を見つめている。私は目を逸らすことができなかった。「待てない」と言えば終わりなのに、返事ができない。
どうしてかって?
それは私が卑怯だから。エドとの繋がりを断つことができなかった。家族を選んでおきながら、それでもエドとの繋がりを全部なしにすることができなかった。
だから二年待つことに頷いていた。
その後のことはよく覚えていない。とんでもないことをしてしまったために頭の中が真っ白になっていたからだ。
私の頭が正常に戻ったのは二日後だった。
その時にはエドは店の共同経営者ではなくなっていた。エドの権利を私とサラが買い取る形で収まった。
サラやフリッツやマリーにも、エドとの約束の二年のことは言っていない。
だから貴族であるエドが店の権利を売ったのは、アネットの忠告に従ったためと思ったようだ。
「アンナさん、エドモンド様のこと本当にいいの?」
サラはうどんを作っている私に心配そうに声をかけてくる。
「仕方がないわ。アネット様の忠告を無視できないもの。あのままだったらこの店をつぶされたかもしれない。どんなに繁盛している店だって、貴族に睨まれたら終わり。わかっているでしょう?」
「そうね。エドモンド様を見ていると忘れそうになるけど、貴族と私たちは天と地ほど違う。怒らせたら何があるかわからないものね」
「そうよ、怖いわよ。私は貴族の怖さを知っている。庶民である私たちを消すのなんてわけないの」
そう、妖精のチェンジリングで家に戻された私だけど、下手をしたら貴族を謀ったとして家族ごと処刑されたとしてもおかしくなかった。十四年家族だった私に対する温情だったのか、アネットを育ててくれた家族に対する温情だったのかはわからない。そのくらい私たちが生きているのは奇跡のようなものなのだ。
待っていると頷いた私は馬鹿だ。貴族であるエドとはあの時、きっぱり別れるべきだった。二年たとうが二十年たとうが、私が庶民であることもエドが貴族であることも変わらないし、この世界の身分制度が変化することもないだろう。エドだってそのことはわかっているはずなのに、何故二年待ってほしいなんて言ったのだろう。何か勝算があるのか、それとも単に引きの伸ばしただけなのか…。
まあ、二年後にはわかることよね。考えても答えの出ないことにいつまでも時間を盗られているわけにはいかない。私にできることは二年後までにお金を稼いでおくことだけだ。もし何かあったとしても、家族で逃げれるくらいのお金は稼いでおかないとね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます