第87話 籠城戦
「敵陣ながら、壮観ね」
クワネガスキ城のやぐらから麓を見下ろし、ティアが漏らす。
軍議のあった日から二日、帝国軍の城塞群は、光神国軍の攻城陣地に厳重に包囲されていた。
「しかし軍議の日の夜に雨が降ったのは幸運でした。雨によるヨシュルノ川の増水で敵軍が渡河を遅らせている間に、最後の籠城の準備を整える事が出来ましたし、そうでなくても一日稼ぐことができましたからな」
そう応じるゲウツニー。
だがティアは冷静な態度を崩すことなく、
「ええ。でも、幸運でたった一日稼ぐ事ができたことを喜んでいる場合じゃない。これから、長ければ数か月は時間を稼がないといけないのだから。頼むわよ」
そう言って、しかし最後に信頼の微笑を浮かべる。
それにゲウツニーは表情を一層引き締めて、
「はい、お任せください」
そうはっきりと、頼もしく応じる。
それを見てティアは頷くと、
「陣立ては?」
そう続けて尋ねる。
「はっ、敵はスオママウ城周辺に約3000。小丘の城の北西、北東、南東に1000ずつ計約3000。平城の東に約11000。クワネガスキの北に約13000。小丘の城とスオママウ城のほぼ中間地点に位置する本陣周辺に約10000。計約40000の布陣です。
対する我が方はスオママウ城と小丘の城に600ずつ。平城に1800。クワネガスキ城に3000強。戦力差は6倍超となっております」
そう冷静に応じるゲウツニー。
その言葉にティアは頷き、
「本来なら城に立てこもったとしても、力攻めで押し切られかねない程の戦力差ね。でも、バームが改修した今のこの要塞群なら、そう簡単に破られはしないでしょう。とはいえ、敵が大量の攻城兵器と陣地を用い、時間をかけて正攻法で押しつぶしに来た場合、さすがに持ちこたえられる保証はない。そして敵が力攻めで来るとした場合、攻防の最大の焦点は、平城の東となる」
そう呟く。
平城は小丘の城とクワネガスキ城の中間地点に位置し、補給連絡の役割を担っている。
今はこの城の存在のため、敵は小丘の城とクワネガスキ城の間に陣地を割り込ませ、分断する事が出来ていない。
だがもしこの平城が敵に奪取された場合、小丘の城とクワネガスキの補給連絡は絶たれ、その回復は絶望的となる。
またどれほど優れた城であっても、大軍による全方位からの同時攻撃を防ぎきる事は難しく、その点から言っても、小丘の城の喪失はほぼ決定的となってしまう。
「布陣からしても、敵の狙いは間違いなく平城でしょう。しかしあの城は他の三城と異なり、ほぼ完全な平地に築城されており、高所の有利は全く無く、規模もさほど大きくありません。攻撃を防ぎきる事ができるか否かは、バーム殿設計のあの構造が機能するか否かにかかっています」
そう答えるゲウツニー。
一般的に高所の有利を活かすことができる山城と比べ、平地に築く平城は防御力の面では不利とされる。
さらに城の規模も大きくないとすれば、それに十分な防御力を持たせることは本来、極めて難しいことだ。
しかしその言葉に、ティアは頷きつつも、
「大丈夫、あの城はそう簡単には落ちないわ。それよりも、バームはどうしてる?」
そう即答し、別の事を尋ねる。
そのティアの反応に、ゲウツニーは少し驚きつつも、
「はい、海軍の依頼の件で、ハンナと話をしているみたいです」
そう即座に応じる。
するとティアはその瞳を鋭く細めて、
「恐らく数日中に事が動くわ。監視を怠らないで」
小さな声で、しかし斬り裂くように告げる。
その言葉に、ゲウツニーはまた少し驚いた後、
「平城ではなくこの城に止まっていたのはこのため!? かしこまりました」
そう納得し、応じる。
普段ティアはその戦の最大の焦点となる地点に立ち、軍の陣頭指揮にあたることを心がけている。
それは最も危険な場所に身をさらすということでもあり、また大将が自ら先頭に立つことで、味方の士気を鼓舞するという意味も持っている。
そんな彼女が今回、戦の最大の焦点である平城ではなく、このクワネガスキ城に止まっている理由。
「バームは良い人よ。でもだからこそ知ってもらわなければならない。戦争の現実を。そしてその上で、選んでもらわなければならない。この戦場という舞台に立ち続けるか否かを。もしそれで彼が舞台を降りるという決断を下すなら、私はそれでもかまわない」
呟くティア。
その言葉は柔和で、しかし何万という命を救う救世主の優しさと、逆に奪う死神の残酷さ、両方の側面を矛盾なく合わせ持った、人間という化け物のそれであった。
そして程なく、麓から鳴り響く発砲音。
「始まったわね。今日もたくさんの命が失われる」
呟くティア。
その悲しげな、だがどこか達観した彼女の姿勢に、ゲウツニーは悲しさと怒りに唇を噛む。
戦争と現実という名の濁流は、優しい彼女の心を、容赦なく削り取っていく。
そしてそんな彼女を戦場へと駆り立てているものの中に、他ならぬ自分もいる。
その事実に、しかし無力な彼は、己と世界を呪う事しかできない。
願わくはこの戦いの末に、そんなものに悩まなくて済む未来が来ることを。
そう夢見て、彼は今日も、ただ己にできる全力を捧げるのだった。
敵陣から鳴り響く壮絶な発砲の轟音。
「敵軍、魔道砲を発砲。障壁展開。皆、身を伏せろ!」
指揮官の指示に、一斉に魔術による障壁を展開し、身を伏せる帝国兵。
果たして数秒後、鳴り響く着弾の轟音。
敵陣から飛来した魔道砲の砲弾は、帝国軍の展開した障壁によって阻まれ、城の手前の空中で次々と炸裂する。
だが光神国軍は、数の有利で帝国軍の障壁を押しつぶそうと、砲撃を継続し砲弾を雨あられと降らせる。
対する帝国軍は、
「応射はするな、応射してはならん。発砲の魔力反応で敵の的になるぞ。今はとにかく魔力反応を抑え、敵の探知を阻害し、煙幕で視界を塞ぎ、それでも飛来する砲弾は障壁で防ぐ。徹甲弾は貫通されてもかまわん、榴弾は確実に防げ」
そう指示を飛ばす。
その指示に従い、帝国側の魔道砲は一切反撃を試みることなく、砲を伏せ続ける。
また他の兵は、バームが考案した、敵の探知の魔力波をあらぬ方向へ反射させる盾を用い、探知の妨害を試みる。
さらに城内の各所からは煙幕が厚く展開され、視界を塞ぐ。
それでも飛来する砲弾は、先ほどの障壁が防御する。
だがそれでも、いくつかの砲弾が障壁を突破して城塞に降り注ぎ、城の建造物を貫く。
「狼狽(うろた)えるな。障壁を貫通してくる徹甲弾の爆発力などたかが知れている。慌てず対応せよ」
そう指示を飛ばす指揮官。
高い爆発力を持つ代わりに貫通力の低い榴弾は、障壁で防ぐことが容易だ。
対する徹甲弾は貫通力が高く障壁で防ぐことが難しい代わりに、爆発力は低い。
そこで爆発力の高い榴弾のみ確実に防ぎ、爆発力の低い徹甲弾はあえて貫通を許容する、これが帝国軍の防御戦術である。
このため当然、徹甲弾による攻撃は防ぐことが出来ない。
だが戦力で勝る光神国軍の砲撃の全てを障壁で防ぐことは、魔力の供給の問題から不可能である。
そして今の所、徹甲弾による損害は小さく、帝国軍の防御戦術は功を奏していると言えた。
「敵軍に大型砲が少ないことが幸いしたか。だがもし大量の大型砲が配備されるようなことになれば、損害は免れまい」
指揮官がそう、周りに聞かれないよう小さな声で呟く。
そう、圧倒的戦力を誇る光神国軍だが、その多すぎる兵力を賄う物資の輸送、補給に関しては停滞気味だ。
その中で大軍を養う兵糧の問題は優先され解決されつつあるようだが、代わりに犠牲となったのが、大型の魔道砲や攻城塔等の攻城兵器の輸送である。
だがもしこれらの兵器が大量配備されるような事態になれば、戦況は覆りかねない。
「あるいは大型の攻城兵器無しに、大軍による力押しで短期決戦を計るつもりなのか……我々としてはそちらの方がありがたいが」
そう指揮官が呟くのと、城外から銃声が鳴り響くのは同時だった。
「敵鉄砲隊発砲、弓隊も攻撃を仕掛けてきました」
見張りの叫びと同時、次々と降り注ぐ鉛玉と矢。
その矢の中には、火のついた火矢も混じっている。
「消火班は急ぎ消化を。見張り、敵軍に突撃の構えは?」
叫ぶ指揮官。
消火班は前回、小丘の城が火攻めを受けた際の反省から新設された部隊だ。
専用の消火班は、あらかじめ用意された桶から水をくみ上げ、迅速に消火をこなしていく。
加えて元々、木製の建造物は表面を藁を混ぜた泥で塗り固め、火攻め対策を施していたことにより、火は燃え広がることなく消し止められる。
火攻めよりも指揮官が心配したのは、城壁へ兵を突撃させての直接攻撃であった。
だが、
「ありません。盾と鉄砲、弓隊を押し出してきていますが、突撃の構えはありません」
そう報告する見張り。
その報告に、指揮官はひとまず胸をなでおろしつつ、
「弓隊、敵が射程に入り次第応戦。ただしあまり矢を射すぎるな。戦はまだ長い。矢を無駄にしてはならん。例の兵器もまだ使用するな」
そう指示を飛ばす。
そうして光神国軍の猛攻を、徹底的に耐えしのぐ帝国軍。
その被害はわずかずつ、だが確実に累積していく。
だがそんな状況に反し、帝国軍は勝利をその手に、確実に手繰り寄せているのだった。
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