第85話 邀撃計画

「これより緊急の軍議を始める。現在、ヨシュルノ川北岸に布陣する敵軍の兵力は想定よりやや多い約4万。すでに行軍の準備を開始しており、間もなく南下を始めるものと思われる。また同時に敵極東艦隊の進撃も再確認。進撃速度から遅くとも一週間以内にはクワネガスキ周辺海域に達するものと考えられる。先ずは各部署、邀撃体制の構築状況を報告せよ」


 ゲウツニー中将のその言葉に、先ずは陸軍の将校が立ち上がり口を開く。


「現在陸上部隊はスオママウ城、小丘の城、その南の平城、クワネガスキ城の四城に戦力を配備。各城ともバーム殿の設計に沿い改修を施しており、守備力は以前よりはるかに上昇しているものと考えられます。小丘の南の平城に関しては破棄廃城とする案もありましたが、バーム殿設計の改修による守備力の向上が認められることから、クワネガスキ城と小丘の城の補給連絡の中継拠点として保持する方針です。先の輸送作戦で揚陸した物資はすでに各城に輸送完了。持久戦も3、4か月程度ならば可能な体制が整っております。ただし北方で唯一残存している我が方のハラツ砦に関しては、現在敵軍の厳重包囲下にあり、今作戦での連携は厳しいものと考えられます」


 そうして将校が報告を終えると、続いて海軍の将校が立ち上がる。

 瞬間、将校に集まるこの場の全員の注目の視線。

 それもそのはず、今作戦の成否の最大の焦点は、海軍が敵艦隊を抑える事ができるか否かにかかっている。

 いくら3、4か月程度の持久戦が可能、といったところで、補給が途絶えた状態では満足な戦は出来ない。

 また戦況によっては城や航空基地に対する敵艦船の攻撃や、トウルバ港に敵兵が上陸するような事態も十分考えられるのだ。

 しかも強大な戦力を有すると思われる敵艦隊に対し、帝国海軍は主力艦の多くが損傷修理、もしくは人的損害により内地で訓練中という状況。

 果たして、海軍の方策はいかなるものか。

 そんな不安と期待の入り混じった視線が集まる中、将校は口を開く。


「ご存じのとおり海軍は現在、主力艦の多くが損傷修理、もしくは人的損害により内地で訓練中。入れ替わりで補充された艦艇は実戦経験が無い、あっても少ない艦ばかり。そこで今作戦の主力は、旧第4艦隊の6隻が担う予定です」

 

 その一声が放たれた瞬間、


「旧第4艦隊、だと!?」


 軍議の場を、不安とも期待ともとれない、異様なざわめきと興奮が包み込んだ。

 だがそんな中で、僕はその言葉の意味を察する事ができず、ただ周りの様子を見回す。

 話の意図を察する事ができなかったのはエイミーや緑さんも同じようで、努めて冷静な表情を浮かべながらも、僕の視線に小さく首を横に振って見せる。

 すると僕達の様子を察したティアさんが、


「皆静かに。それと緑にエイミー、バームは事情を知らないわよね。旧第4艦隊というのは、まだ魔物の勢力が各部族、各勢力ごとに分かれ、闇の帝国としてまとまる以前、海軍は帝国海軍の前身にあたる同盟艦隊だった頃、当時の各勢力の新鋭大型艦6隻を寄せ集めて結成された主力艦隊の事よ。長年強大な光神国海軍と死闘を繰り広げ、主要な海戦のほとんどに参加し、数々の戦果を挙げ、栄光と勝利を重ねてきた歴戦の艦隊。

 だけど激戦に次ぐ激戦により、各艦とも損傷と修理を繰り返すうち、本来の性能を発揮する事が出来なくなった事。高性能な新鋭艦が建造された事等から、まず6隻の内、低速の3隻が練習艦となって主要作戦を外れ、残る3隻も、輸送や牽制、陽動などの補助的任務に回されていたの」


 そう努めて冷静に説明してくれる。

 すると次いでゲウツニーさんが口を開き、


「歴戦の艦隊と言えば聞こえはいいが、悪く言えば性能低下で主要作戦を外された老朽艦の寄せ集めだ。しかもその6隻というのは、低速の航空戦艦1隻、低速の戦艦1隻、低速の商船改造空母1隻、高速の巡洋戦艦1隻に、高速の大型正規空母1隻、同中型1隻という、まったく特性の異なる艦6隻を無理やり寄せ集めた艦隊だ。大型艦艇の数が揃わなかった当時は仕方がなかったとしても、艦の特性からくる相性からするなら最悪と言ってもいいくらいの組み合わせだ。

 一方で良いところを上げるとすれば、近年は主要作戦を外されていたとは言っても、乗員のほとんどは艦と共に数々の激戦を潜り抜けてきた歴戦の兵士。練度は間違いなく帝国海軍最高。実際、訓練では最新鋭の艦で編成された主力艦隊の敵役を務め、何度かこれに勝利判定を出したこともあるくらいだ。それに艦の特性からくる相性からするなら最悪の組み合わせ、と言ったが、6隻の艦隊行動に関する限りで言うなら、これまで数々の激戦を共に潜り抜けてきたことから、各艦の連携は最高、以心伝心の動きと言ってもいいくらいだ」


 そう冷静な分析を付け加える。

 なるほど、艦の性能や老朽化、各艦の特性からくる相性からするなら不安はあるが、練度や実戦経験は最高、という訳か。

 そう理解すると、別の老将校がさらに口を開き、


「帝国軍将兵でその事を知らない者はほとんどいない。勝利と栄光の6隻が出るとなれば将兵の士気高揚にもつながるじゃろう。じゃが一方で、一旦は主要作戦を外された艦を出さなければならない程、帝国は追い詰められているのだと皆薄々悟るはずじゃ。この上、万が一にも海戦に大敗し6隻を損失するような事態にでもなれば、帝国は戦力、士気の両面で再起不能となるやもしれぬ」


 さらにそう懸念を告げる。

 敗北の許されない戦い。

 これまで以上の綱渡りが続く状況に、僕は思わずつばを飲む。

 そんな中で海軍の将校は口を開き、


「では作戦の具体内容についてですが……」


 そう口火を切って、しかしそこで口を引き結び、言葉を止める。

 そして浮かべる真剣な、しかし険しい表情に、その場の全員が何かを感じ取り、再度視線を集める。

 そして将校は再度口を開く。


「我が艦隊は敵艦隊のクワネガスキ南方海上への進出をあえて阻止せず、軍港にて待機。基地航空隊もまた索敵、哨戒及び戦闘機による邀撃に徹します。そして敵艦隊のクワネガスキ南方海上への進出を確認したのち、全力出撃。空母機動部隊と基地航空隊による昼間攻撃、そして水上艦艇による夜戦により、これを殲滅します」

 

 その言葉が発せられた瞬間、

 

「敵艦隊のクワネガスキ南方海上への進出を阻止しない、だと!」


 軍議の場は一気に騒然となる。

  

「それではクワネガスキへの敵艦隊の攻撃、場合によっては敵兵の上陸も考えられる。それらの危険性は許容する、というのか?」


 陸軍の将校の問いかけに、海軍の将校は、


「可能な限りそれは阻止するよう動く方針ではありますが、その危険性は十分考えられます。ですが敵艦隊を味方航空基地の勢力圏深くまで十分引きつけることで、単に戦力差を補うだけでなく、敵艦隊を取り逃がす可能性を減らすことができます。海軍はこの海戦に確実に勝利し、なおかつ敵艦隊を取り逃がさず徹底的に叩く方針です」


 そう至って冷静な態度で言ってのける。

 その言葉に再度騒然となる陸軍の将校達。

 そんな彼らを、


「皆落ち着いて」


 ティアさんが落ち着いて制する。


「皆、海軍の苦境は理解しているはずよ。確かにこの作戦は、クワネガスキが攻撃を受ける危険性をはらんでいる。でも敵からしても、我が艦隊とクワネガスキ、それに航空基地と、狙いを絞るのが難しくなるはず。何より、この作戦の成否はこの海戦にかかっている。多少の危険は許容しなければ、現状の戦力差での勝利はおぼつかないわ」


 そう陸軍の立場にあって将校たちを説得するティアさん。

 その言葉に陸軍の将校達の反対の声は小さくなる。

 だがそんな中でトウルバ港の守備を担当する将校が口を開く。


「海軍の作戦の意図は理解できます。しかしトウルバ港の防衛体制は、現状十分とは言えません。配備された陸上砲は小型で艦船搭載の大型砲に性能で大きく劣り、数も少数。基地航空隊も敵航空戦力の邀撃が精一杯で、敵艦隊を攻撃できるような戦力はありません。もし敵艦隊の攻撃でクワネガスキの航空基地が打撃を受けるような事態にでもなれば、航空戦は一気に敵有利に傾く。そうなれば先の航空戦における勝利も全て水泡に帰する事となります」


 そう、頬に冷や汗の粒を伝わせながら懸念を伝える将校。

 だがその言葉に、海軍の将校は逆に微笑を浮かべ、


「その懸念ですが、払拭するための切り札を用意しました。こちらの資料をご覧ください」


 そう言って新たな資料を配布し始める。

 そうして配布された資料を見、僕は思わず目を見張る。   

 このままではまだ足りない。

 だがうまく行けば、それこそ革命が起こせるかもしれない。

 脳裏をよぎるそんな考えが、僕に新たな戦いの始まりを告げていた。

 

 そして海軍の将校は自信を持って言い放つ。


「こちらが海軍開発の新兵器、機雷と魚雷です!」

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