第74話 理想の上司

 5日目深夜から6日目早朝にかけて、クワネガスキの基地から、襲撃機4機、戦闘機8機が出撃した。

 隊は6機の編隊に分かれ、前日の偵察で得た情報をもとに敵の二つの航空基地に対し夜襲を敢行。

 長く航空攻撃を受けてこなかったこともあってか光神国側の警戒はさほど厳しくなく、加えて夜襲という条件もあり作戦は概ね成功。

 駐機してあった敵機十機前後に何らかの損害を与えることに成功した。

 だがこの攻撃には、決戦前に敵航空戦力を削ることのほかにもう一つ目的があった。

 それは出撃した味方機と、それに伴い出撃してくる敵機を用いての訓練である。

 5日目夕刻の時点で、新型探知装置の配備と無線機の不良部品交換は概ね完了していた。

 だが装備の真価を発揮するためには、実戦に近い条件での確認と訓練が欠かせない。

 そこで訓練を兼ね実際に部隊に出撃してもらい、探知装置で編隊を探知、無線での情報伝達を行ったのだ。

 

 案の定、新しい装備に対する不慣れもあり、探知装置の担当員は表示板の読み取りに苦戦、編隊を補足できないことがあった。

 また敵が味方機を追撃してきた際には、複数の反応が表示板上で乱立し、情報伝達や敵味方の識別、どの目標の高度測定を行うか等で混乱が生じた。

 無線は少なくともノイズが減少、地上からや距離が近い機体同士の通信は聞き取れるようになった事が確認された。

 だが探知装置や見張り、翔空機などから次々もたらされる情報を本部で総括、各部隊に伝達する過程で、情報量のあまりの多さに処理が追い付かず、混乱が生じる等、装備以外の問題も発覚した。

 

 決戦を翌日に控えた状況で新たに発覚したこれらの問題に、帝国軍将兵の間では困惑と不安が広がる。

 だが僕はこの状況を、むしろ幸運だったと思う。

 敵味方が積極的に出撃してくれたことで、実戦そのままの条件で経験を積むことができた。

 無線が聞き取れるようになったことが明らかになったことも、大きな前進と言える。

 さらに判明した情報処理の問題への対策として、伝達する情報の優先順位を設定した。

 無論たった1日の経験とそれを元にした対策だけでは本来不十分なのは事実だが、時間的制約を考えれば、これ以上を求めるのは贅沢というものだろう。

 

 そして6日目日中、決戦を翌日に控え軍議が開かれた。

 

「夜襲により敵基地に一定の損害を与えたものの、機能は間もなく復旧。また我が方にも損害が発生し、現在基地航空戦力は戦闘機28機、襲撃機7機に減少しております。しかしながら敵航空戦力の注意を輸送船団から逸らし戦力を裂かせることを目的とし、明日日中も敵基地に対し少数機による低空奇襲を計画しております」

 

 陸軍航空隊を総括する将校が発表すると、続いて陸上部隊を担当する将校が口を開く。


「地上部隊においては、目視の見張り員を広範囲に展開。またこれまでの敵翔空機の飛行ルート上に弓隊、魔道士隊、魔道対空砲隊を多数伏せております。地上施設には偽装を施し、他に偽の陣地や張りぼての建造物を多数設置。特に滑走路上には移動可能な偽家屋と樹木を置き、滑走路そのものにも迷彩模様を施しております。加えて翔空機の保全のため、掩体壕及び無蓋掩体壕を整備しておりますが、機数分はとてもおいつかず、他は偽装を施したうえ、入り組んだ山すそ等、攻撃困難と思われる地点への駐機で対応しております。港湾の船舶に関しては、船舶と岸の間及び舷側から水面にかけて偽装網をかけ、甲板に樹木を置き、陸の一部に見せかける偽装を施しております」


 その言葉に、他の将校達は低く唸り頷く。

 地味ではあるが有効な対策を、打てるだけ打っている、と言えるだろう。

 続いて海軍の将校が口を開く。


「快速輸送船8隻、護衛の駆逐艦8隻、軽巡洋艦2隻、合わせて18隻からなる輸送船団は、明日早朝軍港を出撃し、正午ごろ敵基地航空隊の空襲圏内に突入。日没に前後しトウルバ港に入港し物資の揚陸と避難民の乗船を行い、日の出前に出港。正午までに空襲圏を離脱する予定です。また敵極東艦隊との決戦に備え、今作戦においては空母は温存。代わりに海軍基地航空隊の戦闘機20機、及び重要物資を搭載した輸送機2機を明日早朝、クワネガスキに派遣する予定です」

 

 その将校の言葉に、


「重要物資?」


 僕と陸軍の将校達は首をかしげる。

 決戦を目前に控えたこの状況で、わざわざ輸送機を用いて輸送しなければならないような物資。

 魔法石か疑似魔法石だろうかと予想を立てていると、ティアさんが笑顔を浮かべながら、


「それについては私から、皆に一つ朗報よ。私が決戦に敗れて捕まったことで破談になっていた西のラムタプト王国との同盟交渉が再開されてね、全面的軍事、技術支援という条件付きだけど、何とかまとまりそうなの」


 そう皆に告げる。

 ラムタプト王国は帝国の西、光神国の南西に位置する獣人の大国だ。

 特に経済的に豊かな国で、大量の黄金を産出し、魔法技術も高い。

 一方で軍事の面では光神国の脅威に押され、戦に敗れて領土の一部を失い、現在は休戦協定を結んでいる。

 その言葉に将校達は先ず目を丸くし、数秒の後、それぞれ複雑な表情を浮かべる。

 そして将校達を代表しゲウツニーが、


「ラムタプトが味方に付くというのは現状では確かに朗報です。ですが前王と異なり、今の若きラムタプト王は野心家でもあります。そんな相手に全面的軍事、技術支援というのは、長い目で見れば新たな敵を自ら育てる事になりかねません。それにそもそも今の我が国に他国を支援している余裕などないかと」


 そう懸念を伝える。

 だがティアさんは首を横に振り、


「いいえ、光神国を相手に帝国のみで立ち向かうのは無謀よ。今同盟が成立しなければ長い目も何もなく、帝国は滅ぼされる。そして帝国が敗れれば次は自分であること、光神国の謀略の手がこうしている間にも国内に及んでいることを、ラムタプト王はよく理解している。そして光神国の傘下に収まる気なんて、あの王には毛頭ないわ。

 同盟が成立した場合、ラムタプトは先ず、国内の反乱分子の一掃に動き出す。光神国はラムタプトに攻勢をかけるでしょうから、その間帝国に対する攻勢は弱まるか、どこか無理が生じる。我々がラムタプトを救援するのはその時。出来なければこの戦、どのみち我々の負けよ」


 そう断言して見せる。

 その言葉に、将校達はそろって息を呑み、やがて反論の余地なしと頷く。

 ティアさんはそんな将校たちの反応を見、続いて僕の方に視線を向けると、


「それで交渉成立に先立って、光神国からの圧力でラムタプトが凍結していた一部の軍需物資の輸出が秘密裏に再開されることが決まったの。今回輸送機で運ばれてくる重要物資というのはそれなんだけど、バームあれよ、あなたがこの城に到着した最初の日、翔空機の機関部を整備している様子を見て、ぼやいていたでしょう? あなたが対策の余地なしと諦めていたあれよ」


 そう再び、意味深な笑顔を浮かべる。

 その言葉に、僕はその日の事を思い出し、直ぐに答えに辿りつく。

 そして驚愕のあまり目を見開き、


「まさか、本当にあれが手に入ったんですか!?」


 思わず問いかける。

 その言葉に、浮かべた笑顔を一層強め、大きく頷くティアさん。

 瞬間、心の奥底から湧き上がる熱い何か。

 この人は僕の望みを、口にしていないものまで何でも叶えてくれる。

 これで結果を出せなければ、僕は僕自身を決して許せないだろう。


「ありがとうございます。これでこちらの戦力は一気に向上します。この戦、必ず勝って見せます。勝てなきゃ嘘ですよ!」


 興奮を一切隠さず叫ぶ僕。

 ティアさんはそんな僕を見、


「いいえ、むしろ私は今までこの問題を解決できないでいたことを、整備隊に謝らなければならない。でもそう言ってもらえると、高い代償を払ったかいがあった」


 そう言ってそれまでの笑顔を、どこかほっとしたものに変化させる。

 今まであれが手に入らなかったのは、ティアさん一人の責任ではないはずだ。

 だが彼女は総帥として、それを全て自分の責任として背負っている。

 それが頂点に立つ者としての振る舞い。

 僕は彼女に恩を受けてばかりだ。

 必ずその恩に報いてみせると決意するのも、これで何度目だろう。

 一生かかっても返しきれないかもしれない。

 こんな上司を持てて、僕は幸せだ。

 

 これで、勝利に必要なものはすべてそろった。

 無論、まだまだ安心できるような状況ではない。

 だがそれでも、勝つのに十分な材料を、僕は用意してもらった。

 後はこの材料を最大限に生かし、勝利に向かって全力を尽くすのみ。

 

 決戦を翌日に控え、戦力的には今だ圧倒的に不利な状況。

 だがそんな分厚い暗雲の中に、僕は確かな勝利への希望の光を、見出したように感じた。

 そして決戦の日を迎える。

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