第54話 互いの勝利

 視界を覆う白銀の閃光。

 思わず腕で目を覆った僕の体を襲う、猛烈な熱風。

 そのあまりの圧力に、僕は一瞬バランスを崩しかけるが、すんでのところで足を踏ん張り、身をかがめ、何とか倒れないようこらえる。

 数秒後、爆風が収まると、僕は腕をおろして目蓋を開き、状況を確認する。

 視界を閉ざす、濃い粉塵。

 数メートル先すらはっきり見えないそんな世界で、僕は目を見開き、わずかな光と影の変化をとらえ、状況の把握に努める。

 だがその数秒の後、吹き込んだ一陣の風が、舞い上がった粉塵を吹き流す。

 

 砂の粒子が目に入り、僕は反射的に目蓋を閉じる。

 この一瞬のすきに状況が変化する恐れもある。

 だが粉塵が舞い飛ぶ状況で無理に目蓋を開くということもできない。

 それから数秒、風が収まるのを待って、僕は再び目蓋を開く。

 するとその視界に映し出される、先ほどまで辺りを覆っていた粉塵がすっかり晴れた、透き通った景色。

 そしてその先に佇む二つの人影。


 その一瞬、僕は思わず、息をのんだ。

 そこにあったのは、鎧の広範囲が黒く焼け焦げ、ところどころ赤く染まり、肌の露出した部分には軽い火傷を負いながら、それでも爆発が起きる前と変わらぬ姿勢で盾を掲げ続けるガウギヌス。

 そしてそんなガウギヌスと同じように、全身を覆っていた衣装は焼け焦げ、露出した白い肌に赤い火傷を負いながら、それでも懸命にガウギヌスに寄り添い、その掲げる盾に手を添え、支えるブルゴスの姿。 

 二人のすぐ近くの地面には、ガウギヌスの盾に弾かれた僕たちの槍が、静かに突き刺さり佇む。

 東の空より差し込む陽光を煌めかせ、槍は称える。

 傷つきながらも、見事渾身の一撃を防ぎきった二人の絆を。

 そうして佇む槍の姿が僕には、あの日、圧し折られながらも堂々と佇んでいたあの聖剣の姿と、重なって見えた。


「終わったぜ、ブルゴス」


 盾を支えたその姿勢で、きつく目蓋を閉じたままのブルゴスに、ガウギヌスが声をかける。

 その声を聴き、ブルゴスはわずかなためらいの後、恐る々る目蓋を開く。

 彼女はその視界に、ガウギヌスの傷つきながらも壮健な姿を捉えると、一拍の間の後、


「――そう、よかった」


 そう、安心しきった穏やかな声で呟く。

 そしてかすかな、快い笑顔を浮かべると、またゆっくりと目蓋を閉じる。

 それから一拍、急速に全身の力を失い崩れ落ちる彼女の体を、ガウギヌスは盾を手放し、両手でしっかりと包み込み、抱きとめる。


「全く、他人のために気を失うまで魔力を送るバカがどこにいる」


 そう、内容と裏腹な、愛おしげな微笑を浮かべ呟くガウギヌス。

 それから数秒、ガウギヌスはその視線をエイミーに向け、


「――なあ、この勝負、お前たちの勝利でいい。だから――見逃してくれないか?」


 そう問いかける。

 その一瞬、僕にはその言葉の意味を、理解する事ができなかった。

 だが一方のエイミーは直ぐに驚いた表情を見せると、


「――いいの? 今その腰の剣を抜いて斬りかかるだけで、あなたの勝利は確実よ。それに傷ついて気を失っている彼女を攻撃するような真似、私たちがしないのは分っているでしょう?」


 そう逆に問いかける。

 その言葉を聞いて、ようやく僕は驚くとともに理解する。

 この勝負、このまま続けたならガウギヌスが勝利するというのだ。

 

「え、エイミー!?」


 僕は納得できずに口を挟む。

 確かに、投槍で僕の槍を失ったエイミーに対し、ガウギヌスはまだ優れた武器を身に着けている。

 とはいえ、エイミーの実力とガウギヌスの消耗状態を鑑みれば、エイミーが再び槍を拾い直して勝利できる可能性の方が高く有利だと、僕は踏んでいた。

 だがエイミーはすぐさま首を横に振る。


「バーム。この勝負、このまま続行したなら数秒で決着がつく。それも私たちの敗北という形で。あの剣の一撃を捌くのは、今の私には無理よ」


 そう断言するエイミー。

 実際に戦っているエイミーがそう言うのであれば、きっとそうなのだろう。  

 戦闘に関しては素人の僕は、それ以上は口を挟まないことにする。

 そうして僕たちのやり取りが終わるのを見て、ガウギヌスは再び口を開く。


「確かに勝てるかもしれない。だが今の俺には、勝利よりももっと大切なものがあるんだ」


 そう言って、ガウギヌスは視線を一瞬、抱きかかえたブルゴスへと向ける。

 エイミーはそれを見、何かを悟ったような、少し寂しげな微笑を浮かべると、


「そう――、それが今のあなたにとっての勝利なら、それでもいい」


 そう言って、しかし今度はその表情を清々しい満面の笑みへと変化させると、


「でも、敗北を目の前にして勝利を譲ってもらうのは寝覚めが悪い。この勝負、預けましょう」


 そう、構えをとることも、武器を手にとることもしないまま、ゆっくりとガウギヌスの元に歩み寄り、その右手を彼に向けて差し出す。

 ガウギヌスは差し出されたその手を見、一度目を丸くし、それから囁くように小さな声で、


「――やっぱりお前はいい女だよ」


 そう呟いて、それからこちらも、エイミーと同じような清々しい満面の笑みを浮かべ、


「おう!」


 勢いよく応え、差し出されたその手を、力強く握り返す。

 そうして固く結ばれた手は、まさしく時と世代と超えた、歴戦のライバル同士のもの。

 僕はそんな二人の様子を、少し離れた所から眺める。

 するとしばらくの後、ガウギヌスはエイミーから手を離すと、ブルゴスを背中に背負ったのち、今度は僕の方に歩み寄ってくる。

 何の用だろうか?

 疑問に思いながらも、この人の事だから悪いことは起こるまいと、僕はその場に佇む。

 するとガウギヌスは僕の目の前で立ち止まり、その筋肉質な手を差し出してくる。


「いい勝負だった、続きを楽しみにしているぜ。今度はお互い、全身の隅から隅に至るまで、最高の装備でやりあおう!」


 放たれる、清々しく力強い一声。

 その言葉に、僕は目を丸くする。

 今回の勝負、全身ブルゴスの鍛えた優れた装備で固めていたガウギヌスに対し、エイミーは槍以外急造のもので、その点では不利だった。

 実戦において、完全に公平な勝負など望むべくもないのは分っている。

 だがそれでもできることなら、彼の言う通り、全身の隅から隅に至るまで僕の鍛えた最高の装備で固めた、本当の意味でベストな状態でぶつかりあってほしいと思っていた。 

 彼はそんな僕の思いを、理解してくれていたのだ。 

 そして何より、彼はエイミーだけでなく、僕にまで手を差し出してくれた。

 僕の事を、本当に認めてくれているのだ。

 ならば僕もまた、それに応えなくてはならない。

 

 手を差し出されてから数秒、僕は一度大きく息を吸い、呼吸を整える。

 負けてはいけない、ライバルなのだ。

 そう、僕はあえてガウギヌスの瞳を真っ直ぐ見返し、その手を握り返す。

 職人の僕も、腕の力にはかなりの自信がある。

 だが握ったガウギヌスの手は、そんな僕ですら押されてしまう程、太く、大きく、力強いもの。

 でも僕は負けていられないと、ムキになって握る手に力を込める。

 逆に子供っぽいだろうか?

 そう思っていると、


「ちょっとバームくん、お手柔らかに頼むよ」


 ガウギヌスは軽い口調で声をかけてくる。

 だがその直後、握るガウギヌスの手に急速に力が込められ、僕の手に猛烈な痛みが走る。

 ここで声を出したら負けだ。

 激痛のさ中、僕は表情をゆがませながらも歯を食いしばり、声を出すのをこらえると、逆に負けじとさらに力を込める。

 今度表情をゆがませたのはガウギヌスの方だった。

 だがもちろん彼が悲鳴を上げることなどなく、むしろさらに握る腕に力を込めてくる。

 そんな僕たちを、きょとんとした表情で眺めるエイミー。

 するとその時、


「――ちょっと、こんな時に何遊んでるの?」


 ガウギヌスの背中から聞こえてくる呆れ声。

 ブルゴスが目を覚ましたのだ。


「――ったく、ほんと男ってガキね」


 続けざまに呟くブルゴスに、ガウギヌスは苦笑を浮かべ、


「まあ、男なんてそんなもんさ」

 

 そう呟いて、いいきっかけとばかり手を離す。

 僕は最後まで声を我慢する事が出来たけど、ジンジンとした手の痛みは中々引かない。

 一方のガウギヌスは手の痛みなど全く気にするそぶりも見せず、背中のブルゴスの方を見やり、


「立てるか?」


 そう優しく問いかける。

 その言葉に、ブルゴスは一拍の間の後、


「立てないことも無い……けど、今は――」


 そう言って、ガウギヌスの首に回した腕を、少し強く締める。

 

「分った。なら今は、俺に背負わせてくれ」

  

 そんなブルゴスを見、また微笑を浮かべるガウギヌス。


「――お願い」


 そう消え入るように呟いて、再び目蓋を閉じ、心地よさ気な表情を浮かべるブルゴス。


「――ったく、そこは、仕方ないわね、じゃねぇのかよ」


 そんな彼女に、ガウギヌスはなお軽口をたたきながらも、再び愛おしげな微笑を浮かべる。

 そして地面に取り落した盾を拾うと、また僕たちに視線を向け、


「じゃあ今度こそお暇させてもらう。勝負の続きを楽しみにしているぜ!」

  

 そう叫んで、自陣のある城の北側の城壁に向け走り始める。

 そんなガウギヌスを見、止めるべきか見逃すべきか戸惑う味方の魔物の兵士。

 

「窮鼠猫をかむ、見逃しなさい!」


 響き渡るティアさんの叫び。

 その声を聴き、戸惑っていた味方兵は道を開ける。

 ガウギヌスはそうして開けられた道を通り、残っていた魔力を振り絞って城壁へと飛び乗ると、今度はティアさんの方に視線を向け、


「礼を言う闇の帝王。この恩、いつか必ず返させてもらう」


 最期にそう叫び、城壁を飛び降り姿を消すのだった。

 

 かくして、それまでの激戦が嘘のように平穏を取り戻す城内。

 だが城外からはいまだ、激しい戦闘の音が聞こえてくる。

 

「さあ皆、逃げた敵将一人に構っている暇はない。城を打って出る。勝機は今よ!」


 城内の将兵に向け叫ぶティアさん。

 その一声に、城内は割れんばかりの歓声に包まれる。

 そうして将兵が出撃の準備を整え始める中、エイミーもまた地面に突き刺さった槍を引き抜くと、そんな将兵の中に向かおうとする。

   

「待ってエイミー、その体じゃ無茶だよ」


 僕が声をかけると、エイミーは首を横に振り、


「大分わがままをきいてもらったから、その分は働かないと」


 そう呟く。

 だがそんなエイミーに向け、


「エイミー、あなたはこの城に残りなさい」


 ティアさんが近くまで歩み寄ってきて命じる。

 その言葉に、怪訝な表情を浮かべるエイミー。

 だがティアさんは有無を言わさぬ強い口調で、

 

「そんな満身創痍の体で出てこられても足手まといよ。それに、さっきはブルゴスの城内への侵入に気づく事ができなかった。同じことが二度無いとは限らない。あなたはこの城に残って敵の攻撃に備えて、バームを守って。今日のわがままの分は、また別の時に働いてもらうから」


 そう言って踵を返し、出撃準備を整えた部隊の元へと向かう。

 健康状態的にはティアさんも人の事は言えないはずだ。

 そう思ったけど、僕はそれ以上何も言わなかった。

 エイミーもまた、怪訝な表情を崩しこそしないけど、命令には従い、槍の穂先を地面へと下す。

 こうして僕たちの激闘は一旦、終わりを迎える。

 そして夜明け前から始まったこの戦そのものもまた、日が昇ってまだしばらくというこの時、すでに佳境を迎えつつあった。

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