第八十四話:彼女の知らない裏側でⅢ(持つべき者は)
「だぁーーっもうっ! あったまに来る!!」
ラヴィンたちにより用意された部屋に来て開口一番、イアンが荷物をベッドに投げつけながら言う。
「まあ、気持ちには同意するが、あそこでキレなかったのは偉かったな」
「さすがに、あの場でキレたら、今後動きにくくなるからな」
内心静かに怒っていたレオンといつ限界を迎えるかヒヤヒヤしていたノークに、ぶすっとしながらイアンは返す。
少なくとも、冷静でいるための理性はあったというのは感じていた訳なのだが。
「ま、ルッキーに会えたのは予想外だったが、学院の近況を知ること出来たし、俺たち的にはプラマイゼロってところか?」
まさかの後輩との遭遇に、イアンはくくっと笑う。
「つか、ノーク。お前はいろいろと言い返しても良かった気がするんだが」
「それに、一部の連中に、あれが嫌味だと通じてないぞ」
「別に良いんだよ。あいつらは、いやでも自分の実力を把握せざるを得なくなるしな」
それを聞いて、イアンとレオンは「ああ」と納得する。
「あの子が居なくなるからって、犯罪が馬鹿みたいに増えなきゃ良いがな」
「学院長だけじゃなく、ギルド長までストレスで倒れたら笑えないしな」
「お前ら、フラグって言葉、知ってるか?」
先程までの――事前に話していたことが起こったのを考えると、今二人が言ったのが本当になりそうで怖い。
では、何があったのか。
簡単に説明すれば、ノークたちと常駐組の間で火花が散ったのである。
ノークたちの紹介や最初の説明はラヴィンがしたから、まだ良い。
「つまり、俺らは王都から来た騎士様たちの尻拭いしなきゃいけない、っつー訳ですか」
「まぁ、そうなるな」
一人の騎士の言葉を、ラヴィンはノークたちの様子を窺いながらも肯定する。
「……」
だが、三人が特に何かを言おうとする素振りはなく、二人のやり取りを見守っている。
「だが、犯罪者を見す見す逃がせば、街の者たちに被害が出るかもしれないし、信頼も落ちるかもしれない。私個人としては、信頼の低下は困るんだが……お前たちだって、つい最近こっちへ来た奴よりは、私たちに地の利があるのは分かってるだろ」
「……」
話を聞いていた団員たちが戸惑うように顔を見合わせる。
「だから――だからこそ、何か起こる前に止めたいんです。どうか、手の足りない俺たちに協力してもらえませんか」
いきなり横から口を挟んだノークは頭を下げるのだが、それに驚いたイアンたちも、慌てずにそっと頭を下げる。
「足りねえなぁ。足りねぇよ。大体、人に何かを頼むときは、土下座だろ? ど・げ・ざ」
「る、ルーファス……」
偉そうに土下座を口にした男に、隣にいた男がぎょっとしながら、彼の名前を呼ぶ。
「君か……」
ラヴィンがどこか呆れたような、頭が痛そうに返す。
「大体、この俺が何で、他人の尻拭いなんかしないといけないんだよ。いくらここの頭があんたでも、俺は従うつもりはねーよ。お前らも従うつもりはねーよな?」
「あ、ああ……」
「そ、そうだよな……」
「ルーファスが言うのなら……」
ルーファスの言い分に同調する者たちが出始めたことで、ラヴィンが顔を顰める。
ノークたちは、といえば、頭を下げたまま、視線で話し合う。
(あのルーファスって奴、何か面倒くさそうだな)
(邪魔ってわけじゃないが、仕切ってるのは間違いないだろう)
(ラヴィンさんが言い返さないってことは、
口の悪さはともかく、動きはそれなりに
(仮に息子は息子でも、成金貴族の息子か上級貴族の放蕩息子という辺りか)
(どちらにしろ面倒だな)
(つーか、上級貴族に関して、記憶に無いのかよ。下級貴族とはいえ、最低でも他の貴族が何してるとか、覚えておかないといけないんだろ?)
(家名ならともかく、上級貴族の子供の名前まで覚えてるわけないだろ。爵位持ちならともかく)
そもそも、この国にどれだけの貴族が居ると思ってんだ、とイアンは暗に言う。
「つーわけで、残念だな。騎士様。みんな引き受けねぇってよ。まあ、どうしてもってんなら、この街を守ってるっつー奴にでも頼むんだな」
それを聞いて、一度ノークは目を細め、閉じ、再度開いて、頭を上げた。
「そうですか」
ノークの後に頭を上げたイアンとレオンは肩を竦め、ラヴィンはぎょっとする。
「そうですか、って……」
「すみません、ラヴィンさん。どうやら、以前のように優秀な人たちがまだ居ると思っていた俺が間違っていたみたいです」
「あ゛?」
「……いや、こちらこそ済まない。予想していたとはいえ、嫌な思いをさせた」
「ああ、お気になさらず。自分の実力と状況を把握しきれていない人たちに頼もうとした、こちらもこちらで悪かったんですから」
途中で入った声を無視しながら、ノークとラヴィンはそう話す。
「何好き放題言ってくれてんだ! それに、誰が実力が無いだと!?」
「俺は『把握しきれていない』って言っただけで、誰も『実力が無い』とは言っていないじゃないですか」
「どっちも一緒じゃねぇか!」
「一緒じゃないですよ。『把握しきれていない』ことと『実力が無い』はイコールじゃない。金で得た地位で強いと思い込んでいるのなら、それは間違っている。それこそ実力がある奴らに失礼だ」
ノークの言葉に、ルーファスが悔しそうに歯を食いしばる。
金で得た地位云々のところは適当に言ってみたのだが、どうやらルーファスは当てはまってしまったらしい。
「まあ、今のは俺の価値観ですから、全員が全員、当てはまるわけではありませんがね」
次にノークはラヴィンの方に目を向ける。
「こちらからお願いしたというのに、すみません。そちらの騎士さんの
妙に強調させながら、ノークは言う。
これを聞いて、察せられる奴らは察せられると思うのだが、さて、ルーファスはどちらのタイプか。
「けど、この件に関わらせたくないんだよね?」
「でも、自分の置かれた状況を自覚させられますよ?」
ノークの意図を何となくでも察しているからか、ラヴィンは顔を引きつらせる。
「彼女を呼んだら呼んだで、余計に
「まあ、プライド高い連中を、余裕でキレさせるとは思いますけどね」
特にルーファスのようなタイプには、ノリノリで挑発しに行くことだろう。
まあ、本人の目の前で笑顔を浮かべながら
「あと、ルーファスさん、でしたっけ」
「何だ」
「二週間後から数週間、街を守れるのなら、守ってみてください。そして、うちの妹からの恩恵を知ることです」
ノークとしてはヒントは出したが、答えを教える気は更々無い。
というか、知っている人からしてみれば、答えそのものを言っているようなものだ。
「はぁ? 何言ってんだ? やっぱ余所から来た奴は何も知らないのか?」
「お言葉を返すようですが、俺は生まれも育ちもこの街なので、余所から来たというのには当てはまりませんよ。それに、結界の消失は絶対に起こります」
――
キソラの結界は、術者であるキソラが結界の範囲内にいないと、付け加えた能力も発動しない。
彼女の国内捜索が良い例ではないのだろうか。普通の結界に探索系魔法を付け加える、といった具合に。
ノークの言葉に、ルーファスは顔を歪める。
「だったら、結界の術者に頼めばいい。ずっと結界が続くように、ってな!」
それを聞いたイアンとレオンは顔を顰めた。
だが、何も言わないのは、目の前にいる
(うわぁっちゃー、やりやがったぞ。あの坊ちゃん)
(見事に虎の尾を踏んだな)
そもそも空間魔導師だからと、永遠に魔力を使い続けることは不可能だし、もし出来たとしても、他の人たちと同じように魔力の枯渇で死ぬことになるだろう。
そして、
だが、そんな一方で、もちろん、ルーファスがそんなことを知るはずもなく――
「ああ、もう本当に……」
「無知って、恐ろしい」
二人して、そう告げる。
知らぬが仏ともいうが、今回の場合は当てはまらないだろう。
「キソラちゃん、呼んだ方が良いかな?」
「だが、今は学院だろ。止めといた方が良くないか?」
二人がこそこそと話し合うが、そんな二人から聞こえてきた言葉を聞いた一人が首を傾げる。
「キソラ……? それに、さっき……」
ぶつぶつ呟くと、はっとして叫ぶ。
「ノーク先輩ぃぃぃぃ!?」
「え?」
「お?」
指を
中には「先輩?」と不思議そうにしている者までいるのだが、叫んだ張本人は顔を引きつらせている。
「あれ? ルッキー? この時間だと学院じゃないの?」
「『ルッキー』ではなく、ルクスです! イアン先輩は、人の名前ぐらい、ちゃんと呼ぶべきです!」
どこか頭が痛そうにする『ルッキー』ことルクスは、イアンに噛み付く。
「それに僕は最高学年なんで、進路決めの参考に来ているだけですよ」
「ああ、そうだったね」
「その割には、俺たちに気づくのが遅かったみたいだがな」
「……言わないでくださいよ、それ」
ルクスとしては、それなりに接していた先輩たちなのに、思い出すのに時間が掛かったことについては触れないでもらいたかった。
「同じ学院生なのは知っていたけど、知り合いだったんだね」
「ああ、先輩後輩関係なんですよ」
「キソラとも一応、知り合いなんですよ」
ラヴィンに尋ねられ、それぞれそう返す。
「まあ、先輩たちのお陰で、交友関係は無駄に広がりましたがね」
「無いよりはマシだろ?」
「それはそうなんですが……」
その交友関係が王城関係者までに行かなければ、ルクスも文句は言わなかったのだ。
「あ、妹さん。この前の件で全校生徒に空間魔導師だって、バレましたよ」
「……マジで?」
ルクスは知っていたのでそんなに驚きはしなかったが、知らなかった者たちは驚き、空間魔法見たさにキソラの所に殺到したらしいと、彼はノークたちにそう話す。
「不機嫌だったんだろうなぁ、キソラちゃん」
イライラしている彼女が簡単に想像できてしまう。
「というか、君たち。近況報告は場所を移ってからにしなさい」
ラヴィンがそっと窘める。
「ルクス」
「何です?」
「あいつに、俺たちがこっちに来たこと言うなよ?」
「それは良いのですが……僕が言わずとも、気づいているのでは?」
有り得てしまうから、反論できない。
「とりあえず、だ。進学するのか、就職するのかは知らんが、頑張れよ」
「は、はぁ……」
ルクスはとりあえず、そう返事する。
「それでは、皆さん。俺たちは一度部屋に戻らさせてもらいますので、御用がある人は遠慮なく来てもらって構わないので」
そのまま三人は部屋を出ていき、冒頭へと繋がるのだ。
☆★☆
「何なんだ、あいつは!」
ルーファスは声を荒げる。
「というか、空間魔導師とか聞こえなかったか?」
「気のせいだろ?」
こそこそと話し合う。
「おい、お前」
「僕ですか?」
「お前以外に誰が居る」
ルーファスに話し掛けられたルクスは、他にも人が居る中で『お前』と指名されても、自分のことだとは思わない。
「お前は知り合いみたいだが……あいつは一体何なんだ」
「あいつ……ノーク先輩たちのことですか?」
「それ以外に誰が居る」
先程と同じ返しに、ルクスは内心イライラする。
自分が分かっているからと、相手も分かっていると思っているのか。
「あの人たちは僕の先輩たちで、去年まで学院の成績優秀者だった人たちですよ。それに、ノーク先輩とその妹さんは空間魔導師でもありますからね。もし怒らせたんだとしたら、マズかったんじゃないですか?」
話してしまったことを内心エターナル兄妹に謝りながらも、ルクスはそう告げる。
「空間魔導師、だと?」
「嘘だと思うのなら、ご自分でお調べになってはどうですか?」
ルクスでさえ、調べられたぐらいなのだ。あの兄妹は隠してるつもりはないから、本気で調べればいくらでも出てくるだろう。
「チッ」
何が気に入らなかったのか、ルーファスは舌打ちして去っていく。
そんな彼を見ながら、ルクスは思う。
「後で、謝りに行った方がいいよなぁ」
怒りはしないだろうが、勝手に話したことについては、謝っておくべきだろう。
「……部屋、行くか」
――主に、謝罪のために。
溜め息混じりに、ルクスは歩き出すのだった。
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