第七十八話:落とされた爆弾とその覚悟


「はい?」


 聞き間違いではないのかと思い、キソラが首を傾げ、聞き返す。

 貴族たちも聞き間違いだと思いたいのか、国王の言葉を黙って待つ。


「いや、だから、帝国に行ってみないか?」

「それは、さっき聞きました。私が聞きたいのは、何でそんな突飛な発想が出てきたのかについてなんですが」


 つい先日まで、こちらと戦争をしていたような国に、何故行かなければならないのか。


「この中で、知っている者は知っていると思うが、帝国から使者が来てな。代表者同士で話し合おうとなってな」

「それで、許可したんですか。馬鹿ですか。罠に決まってるじゃないですか。戦うの大好き国家ですよ、あそこは」


 目を細めながら、確定しているであろうことをキソラは告げる。

 しかも、使者が来たと言うことにも、納得できない。先日まで戦争していた相手国に来るなど、自殺行為に等しく、送り出した帝国側としては、最悪の場合その者を切り捨てるつもりだったのだろう。

 だがすでに、『帝国に行ってみないか』と言った時点で、国王が帝国側にどう返したのかなんて、簡単に予想できる。


「彼女の言う通りですよ。話し合いなど、罠に決まってます!」

「そうです! 無謀です。こちらが出向いたところ、バサリとられるなんて笑えませんよ!?」


 貴族たちも声を上げる。


「それに何故、私に言いました? さすがに代表者にはなれませんよ?」

「いや、君には護衛と牽制役を頼みたいんだ」

「……自分で言うのもアレですが、私、口悪いですからね。話し合いが紛糾しても知りませんよ?」

「そうなるのなら、それで構わない」


 それを聞いて顔を顰めるキソラに、アキトとジャスパーが顔を見合わせる。


「……確認しますが、代表者は誰ですか? 誰に行かせるつもりなんですか」

「アイゼンかカーマインに行かせるつもりだ」

「そうですか」


 そう返してから、キソラは表情を消す。


「邪推しますが、いやでも私に引き受けさせるための人選ですよね、それ」


 王弟であるアイゼンを除き、王子たちの中でキソラが一番関わっているのは、第二王子のカーマインなのだが、そんな知り合いを見捨てられない性格のキソラを絶対に同行させたいのなら、アイゼンかカーマインという人選は一番効果的ではある。


「だが、空間魔導師ほど護衛兼牽制役として、丁度良いとは思わないか?」


(ああ、これだから権力者は――)


 国王の言葉を聞いたキソラの表情が嫌そうに歪む。


「仮にも王位継承権を持つお二方に向かわせると? 別に殿下方でなくとも、騎士や宮廷魔導師を向かわせても構わないのでは?」


 キソラにしてみれば、あまり取りたくない策だが、国のことを思うのなら、それも仕方ないと思っていた。

 もちろん、この国王に、切り捨てるつもりで下の者を送り出すことが出来ないとも思わないが、もし、現在王位継承権第一位である第一王子に何かあれば、王位は継承権第二位である王弟アイゼンか第三位である第二王子カーマインに回ることになる。

 だが、もしその二人にも何かあれば、目も当てられない。


「君の言いたいことは分かる。だが、騎士も魔導師も向かわせることは出来ない。あちらから皇族を出してくる以上、こちらも王族の誰かを向かわせなくては舐められてしまうからな」


 帝国側が皇族の誰かを代表にするなど、どこからの情報で信じられるのか、とも思えるのだが、そのことについて情報源は諜報部隊からだろうし、信用度も半々とった所だろうが、今は横に置いておく。


「……そういうことですか」

「もちろん、他にも護衛は付けるが、それでも不安だというのなら、君の兄も同行させても良い」

「っ、陛下。忘れてませんよね? 貴方がた王族と対等の権利が私たち空間魔導師にあると」

「ああ、そうだったな」


 何やら雲行きが怪しい。

 アキトたちと貴族たちが内心ハラハラしながら、二人のやり取りを見守る。


「私が抜けた際の防衛力の低下については、どうなさいます?」

「君が居なくなったところで、本来あるべき姿になったと言うべきだろうし、それこそが本番でもある。君に頼りっぱなしの状態が異常なんだ」


 それに、他国軍に易々と突破されるような脆弱さなんて持っていない。


「まあ、そうですね。私が居なくなって、あっさり陥落、なんて冗談じゃありませんよ」


 そもそも、そんな状態なら、内戦やテロが起こったり、他国に攻められ、国としての役目も機能していなかったのだろうが。


「予定、教えてもらえます? 私にも予定というものがありますから」

「予定としては来月だな」

「……少し、時間をください。相談したりしないといけないので」

「ああ、遅くても今月の下旬までには返事をくれ。良い方の返事を期待させてもらう」

「そうですか」


 バチリと一瞬だが、キソラから火花が散り、ジャスパーと数人の貴族がびくりとする。


「私はこれで失礼します」


 アキトとジャスパーを置いていくかのように、キソラは謁見の間から出て行く。

 その背中を見送ると、国王は手で目の部分を覆い、深く息を吐きながら、まだ貴族たちも居るというのに、だらしなく背凭せもたれに背を預ける。


「あの、陛下……」


 戸惑いながらも、国王に声を掛けるジャスパーだが、彼が用件を告げる前に別の声に遮られる。


「陛下、一言よろしいですか?」

「何だ」


 いろいろと疲れたとはいえ、目線だけは話しかけてきた貴族に向ける。


「少し言い方が悪かったですね」

「……」

「本気で彼女を行かせるつもりですか?」

「さっき言った通りだ。訂正はしない」


 それを聞き、戸惑いを浮かべる貴族たち。


「……あの、陛下」

「今度は何だ」

「失礼だとは思うのですが、一度、この場を解散させてもらえますか?」


 アキトとしては、早くキソラを追い掛けたかった。

 一庶民である自分が、貴族や王族とともに同じ場所に居るというこの状況から逃げたいというのもあるのが、それよりも、今は幼馴染キソラの方が心配だった。


「ああ、そうだな。君たちには聞かせるべきではなかったな」


 それについては、アキトもジャスパーも何も言えない。


「それでは、これで失礼します」


 頭を下げて、二人して謁見の間から出て行く。


「これから、どうするつもりだ?」

「キソラを捜す。あいつのことだから、城内には居るはずだ」


 感情が高ぶって思いも寄らないことを言ったとしても、先程のキソラの様子を見る限り、冷静な部分理性がストッパーになっていたのだろう。


(となると――)


 彼女の向かう先は限られてくる。

 そして、おそらく一緒に居る『彼』に任せるべきなのだろうが、こちらとしても事情を知っている以上、彼に丸投げすることも、キソラを放っておくこともできない。


「ここだ」


 目的地に着いたので、足を止める。


「ここは――騎士団?」


 ジャスパーが首を傾げる。


「ああ。正直、記憶が怪しかったが、何とか着けた」


 キソラのように何度も来ているわけではないアキトにとって、騎士団に来るまでの経路は記憶頼みだった。

 それを聞いて、ジャスパーはぎょっとしたが、問題はこの後だった。


「居てくれると助かるんだが……」

「誰が居ると助かるんだ?」

「ああ、それは――って!?」


 呟きに返事があり、更に返そうとして、それがおかしいことに途中で気づく。


「相変わらずのタイミングの良さですね。先輩方」

「あー……いや、今回はタイミングが良いんじゃなくて、待ってたって方が正しい」

待ってた・・・・?」


 姿を見せたイアンとレオンの言葉が過去形なことに首を傾げる。


「キソラちゃんが珍しく空間魔導師装束で来たもんだから、もしかして付き添いでも居るんじゃないかと思っていたら……」

「二人が来たから、そういうことかと納得した訳だ」


 イアンとレオンの説明に、アキトも納得した。

 基本的に、騎士団に来てノークに会うだけなら、キソラは空間魔導師装束を着用せずに学院の制服か私服のままだからだ。


「それで、そっちの彼とは初めまして、だよね?」

「あ、はい。ジャスパー・ネフライト・ギーゼヴァルトと言います」

「これはご丁寧に。俺はイアン、こっちはレオンだ」

「ちなみに、二人は学院の先輩で、学年の総合順位の次席と三席でもあった人たちだ」


 互いに自己紹介が終わったのを見計らって、アキトが補足するのだが、「ははっ、過去形かぁ」とイアンが呟いたのを、隣にいたレオンは聞かない振りをした。


「それよりも、ギーゼヴァルトって……」

「レオンさん、今は後回しにしましょう。それよりも、キソラはやっぱりノークさんと一緒ですか?」

「うん、一緒。いきなり来たからびっくりしたよ」


 何というか、予想通りだったためか、アキトはそっと目を逸らす。


「で、何があったの? 話せる範囲で構わないから」

「あー、簡単に言うのなら、陛下の無茶ブリにキソラが機嫌を悪くして、一触即発間近。その後、いくらか話してから出てきましたから、おそらくですが、キソラが自己嫌悪になって、ノークさんの所に来た、って感じですかね」


 それを聞いて、顔を引きつらせるイアンと頭を抱えるレオン。


「うわぁ、ノーク。マジ頑張れ」


 すでに乾いた笑みである。

 ストレスで倒れそうな友人が簡単に想像できる。


「……イアン。何となくだが、俺たちも悠長にしていられる気がしない」

「え、何。お前もそんなこと言っちゃうわけ?」


 少し考えるような素振りをしてから告げたレオンに、イアンは顔を引きつらせる。


「『も』ってことは……」

「同じ考えだよ。まあ、あの子に陛下からの頼みごとがあったってことは、十中八九、面倒事だろうがな」


 詳しく話してないにもかかわらず、そこまで辿り着いたことに、内心驚きながらも納得するアキト。


「まあ、お前ら二人を退出させずに話したってことは、遅かれ早かれ、騎士団こっちにも情報は下りてくるんだろうがな」


 そして、イアンとレオンの二人は溜め息を吐くと、この先に控えているであろう面倒事に頭を抱え、アキトとジャスパーは懸念するのだった。


   ☆★☆   


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃない」


 自身の所へ来たキソラの様子がおかしかったものだから、少し早めの休憩時間を貰ったノークは、彼女から話を聞いていた。


「正直、代わってやれるなら代わってやりたいところだが、敵国で――しかも、王族の護衛するのなら、お前の気配察知は必要だからなぁ」


 ノークとしても、キソラを戦争の件もあるので、敵国に向かわせたくないが、空間魔導師の中でも、彼女の気配察知は誰よりも早く反応するため、身の安全が第一の王族にはどうしても必要となる人材でもあった。


「分かってるよ。口は災いの元、というのも身を持って、理解してる。けどさ」

「まあ、みんな反対するだろうな。俺も、話を聞いた今でも反対だが――」


 ノークはぽんぽん、とキソラの頭を撫でる。


「お前は行くつもりなんだろ? どちらが代表に選ばれたとしても」

「……だって、見捨てることは出来ないし、もし何かあれば、絶対後悔する」


 もし、何か無くとも、彼らが帰ってくるまでは気にするのだろう。


「お前は、そういう奴だもんな」


 ノークとて理解はしている。


「だから、ギリギリまで悩め。オーキンスさんたちには話しておいてやるから、しっかり悩んで決めろ。お前が行くと決めたなら、ちゃんと送り出してやるから」

「……」


 未知の迷宮やダンジョンに向かうより、何があろうと自分たちと同じ人間が居る帝国に向かうのなら、まだマシな方である。


「本当に、ごめんなさい。心配させた上に面倒事も任せて」

「気にするな。国内のことなら引き受けといてやる」

「……うん」


 涙目になりながらも、その涙が流れる前に、キソラはそっと目を閉じた。


   ☆★☆   


「それにしても、かなりの無茶を押し付けたね。あの子の気持ち、分からない訳じゃないだろ?」


 謁見の間より移動した執務室で書類を捌いていた国王は、自身の元を訪ねてきた男に、そう言われる。


「彼女の気持ちが分かるお前と一緒にするな。私には、この国も守らないといけないし、仮に彼女の気持ちが分かったとしても、国益を優先させてもらう」


 それを聞いた男は、やれやれと言いたげに返す。


「兄上の気持ちや考えが分からなくはないが、いつも通りに話せば良かったのに、何で王族として接するかなぁ」

「うっさい。帝国送りにするぞ」

「構わないよ。キソラと久々に話せるし、この機会を逃したら、次はいつになることやら」


 そう返しながら、どこか楽しそうな男――王弟であるアイゼンに、国王は気づく。


「アイゼン、お前――」

「俺はさ」


 アイゼンは言う。


「避けられてるってことはないとは思うけど、それでも、あいつらと比べると、どうしても接してる時間とかが短く感じるんだよ」


 あの兄妹との精神的にも物理的にも、距離がギルド長たちと比べて長いのだ。王族と平民だから、というのもあるのだろうし、どうしてもギルド長たちとの方が距離が(物理的にも)近いので、仕方ないとも思うが。


「まあ、あの子のことだから、俺が行こうがカームが行こうが、何としてもアースフィードこっちに返そうとすると思う。だから――あの子を選んだんだろ? 何が遭っても対処できる彼女を」


 口も態度も悪くなるときはあるが、お人好しの彼女を。


「……」


 そんな何の反応も示さない国王に、アイゼンは肩を竦める。


「もし、彼女が引き受けに来たら、謝っといた方が良い。他の空間魔導師たちを敵に回す前に」


 そう告げると、アイゼンは執務室から出て行き――


「……そんなの、言われなくても分かってるし、もう遅い気もするんだがな」


 残った国王は一人、ぽつりと呟いた。

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