第六十六話:国境付近にてⅤ(現代に蘇りし剣姫と戦乙女・前編)


「キソラ……?」


 何でここに? というのが、彼女を知る面々が抱いた最初の疑問だった。

 横から射す朝日の光を受け、着地と同時に、赤い光を散らせながら“精霊憑依”を解除すれば、キソラは剣を振り下ろす途中らしき、目の前に立つ女と対峙する。


「アハッ、クラリスじゃない」

「……」


 クラリスと呼ばれながらも、キソラは一言も返さない。


「クラリス? それって、“剣姫”クラリス・レージのことか?」


 ノークが思い当たったのか、その名を口にすれば、女はニィッと口を歪める。


「そうよぉ? それ以外に誰がいるのよぉ」


 だが、彼女が目を向けているのは、金髪碧眼状態のキソラである。


「……自信は無かったけど、会ってみて大体分かった。あの感覚の正体はやっぱり貴女だったんだ。帝国の“戦乙女ヴァルキュリア”、ミレーヌ・ローゼンハイム」

「ふふ、覚えてくれていて嬉しいわ。クラリス」

「悪いけど、私はクラリス・レージじゃないし、貴女とも初対面だから」


 嬉しそうな女――ミレーヌに、キソラは自分がクラリスではないことを告げる。


「冗談はやめて。私が好敵手ライバルを見間違えるはずがないわ!」

好敵手ライバル、ね。でも実際に、クラリス・レージはいないし、私は別人だよ」


 たとえ同じ魂を持っていたとしても、その人物が転生してしまえば、見た目などの違いから、別人と言われても文句は言えない。

 だから、キソラとしては、クラリスではないと理解してもらえれば、それだけでいいのだが。


(さすがに、難しそうか)


 問題も山積みなのに、“剣姫”クラリス・レージだと勘違いされたままである。

 それなら金髪碧眼を解けばいいじゃないか、と言いたくなるが、「はい、そうですね」とあっさり解けるような状況ではない。


(とりあえず、あの夢のおかげで、クラリス・レージあの人の剣技は何とか真似できそうだし)


 何より見た目が似ているのなら、本人が別人なのだと気づくまで、“剣姫”クラリス・レージとして相手をするしかない。

 そんな雰囲気が伝わったのか、ミレーヌがふふ、と笑みを浮かべる。


「何が別人よぉ。やっぱりクラリスじゃない」

「だから、違うって」

「何を言っても無駄だ。まともに通じる気配がないし、何をしてもクラリス・レージ剣姫と比べられる」


 ミレーヌの言葉に返していれば、横からアクアライトがそう告げる。

 ちなみに、アクアライトがミレーヌの言っていた『あの子』がクラリス・レージのことだと知ったのは、キソラが来てからの会話でだ。


「あー、確かあの二人の間に入っていった勇者はいない、んだっけ」


 歴史の授業でやったなぁ、とキソラは思い出す。


「全く、禁忌なんかに手を出されたおかげで、こっちは休む暇すらないなぁ」


 とりあえず、使い慣れた相棒ではなく、帯剣していた一本を抜剣し、構える。


「気をつけなよ。彼女、強いから」

「忠告、感謝します」


 そして、エルシェフォードとアクアライトがキソラから離れたのがスタートの合図かのように、それを見たミレーヌが有り得ないスピードで突っ込んでくる。


「っ、あぶなっ!」


 キソラは横に避けるが、完全に避けきれてはなく、頬を掠ったのか、赤いラインが浮かび上がる。


「うん……やっぱり、厄介だ」


 今度はこっちの番だと言いたげに、次はキソラがミレーヌに攻撃を仕掛ける。


(いくら一度に兵たちを倒していたとはいえ、エルさんたちも相手にしてたんだ。体力・魔力共に少しは減ってるはず)


 ミレーヌぐらいの実力者が、周辺に倒れている騎士や兵を相手に体力は消費していても、魔力を消費しているという可能性が無くもないが、彼女なら剣技だけで他者を圧倒した可能性もある。


「ふふ、腕が落ちたんじゃないのかしら? クラリス」

「だから、私はクラリスじゃないっつーの!」


 キソラが剣技と魔法で起こした暴風が、ミレーヌにぶつかる。


「っ、そうよ! 貴女はそうでなくっちゃ!」


 嬉々として両腕を広げながら言うミレーヌに、二人の戦いを見ていたり、聞いていた面々は戦慄した。

 そして、同時に思う。

 何故、“戦乙女”ミレーヌ・ローゼンハイムは、“剣姫”クラリス・レージに固執するのだろうか、と。

 だが逆に、キソラは冷静だった。


「……って、言われてもなぁ」


 この場に来てからなのかは分からないが、ミレーヌの目から見え隠れする狂気。


(あれに付き合う必要がないことは分かってる。けど……)


 放置するわけにもいかない。

 しかし、かなりの威力がある暴風を嬉々として受けておいて立ち上がってきたのには、キソラも驚いた。

 とっさに防壁などを展開した様子は無いからだ。


(仕方ないか)


 相手は“戦乙女”なのだから、能力ちからの出し惜しみをするつもりはない。


(いざとなったら――)


 相棒の能力解放や最終制御装置ラスト・リミッターを外すことも念頭に置いておく。

 ちなみに、この中に空間魔法の使用が含まれていないのは、上記二つと併用すれば本当に魔力が枯渇する原因にもなるからだ。


「でも、久しぶりの地上戦だし、空間魔導師として、負ける気は更々さらさら無い」


 だから、と剣に炎を纏わせ、ミレーヌに向けて放つ。


「さすがに、炎は直撃したくないよね?」


 自らに襲い掛かってくる炎から避けるミレーヌを見ながら、やっぱりとキソラは思う。


(とはいえ、やっぱり少しキツいか)


「ふふっ、随分えげつない魔法を使うようになったわね」

「まだまだ序の口だけどね」


 ミレーヌの言葉を否定するつもりはない。

 そもそもえげつなさで行けば、空間魔法自体がえげつないとキソラは思っているし、だから、火や炎の魔法など序の口だと言ったのだ。


「次は私の番よぉ!」


 せっかく出てきた日差しが雲に遮られ、雷鳴を轟かせる。


「雷魔法か!」


 二人の戦いを見ていた誰かがそう叫ぶ。


「仮に来るのが雷属性でも――」


 対策が無いわけではないし、仮に雷属性の魔法を放つというフェイクやブラフだったとしても、それ以外の対策もしていないわけではない。


「正々堂々、迎え撃つよ」


 彼女が言う“剣姫”ではないが、キソラは『迷宮管理者』にして『空間魔導師』だ。

 誰に操られているのかは分からないが、そんな人物に負けるほど弱いつもりもない。


「貴女の攻撃、全て防ぎきってみせる」


   ☆★☆   


「ヤバいな、ありゃあ。今からでも、キソラちゃんを連れ戻すか?」


 イアンがノークに確認してみるのだが、ノークは返事をすることなく、無言で二人の戦いを見ていた。

 だが、イアンの問い掛けに答える声はあった。


「それは無理だよ。今あの二人の間に入っていったら、間違いなく死ぬよ」

「キャラベル!? いつの間に!?」

「その反応は地味に傷つくからめてよ。エル」


 横からの声にエルシェフォードが驚きの声を上げれば、声の主である魔法少女的な服が特徴の少女、キャラベルが彼女にしては珍しく真面目に返す。


「それより、キャラベル。言いたいことは大体分かるが、キソラのことも放っておけないぞ」

「そんなの分かってるよ」


 口では何とでも言えるが、結局キャラベルにはどうすることも出来ない。

 空間魔導師の中でも情報収集に特化しており、戦闘面にいては彼女自身の努力によるAランク冒険者並の実力しかない(魔力については空間魔導師なので言うまでもない)。

 まあ、キャラベルが努力するその様子をエターナル兄妹は見ていたため、『頑張れば強くなれる』という考えを得たのだが。


「体力切れか魔力切れを待つって言うのなら、キソラの方が厳しいと思うけど?」


 なにせ国内で一戦した後に、こちらで彼女の相手だ。いくらキソラでも無茶である。


「だろうね。だから、周囲の奴らを早く片付けて、助っ人に入るべきなんじゃないの?」


 たとえかなわない相手だとしても、最年少である妹(分)を一人で戦わせるわけにはいかない。


「……キソラは、彼女の相手は自分がしないといけないと言っていたんですが」

「だろうね。相手するなら、あの子が一番効果的だろうし」


 ノークの呟きのような言葉に、キャラベルはそう返す。


「死者を復活させるなんて禁忌を犯したんだ。キソラが怒らないはずがないじゃん」


 驚きの表情を見せる面々だが、心のどこかでは予想していたことだ。

 そして、キソラの持つ『眼』が、ミレーヌの魂が現在どのようになっているのか、視えていないはずがない。


「ねぇ、ノーク。あれ・・は、キソラだけじゃ無理だ。だから――」


 呼ばれたら、助けに行ってあげなよ。


 キャラベルはそう告げる。


「それで、禁忌を犯した人物は分かったの?」

「私を誰だと思っているの? 情報収集を得意とするキャラベルちゃんですよ?」


 どうやら、いつものキャラに戻るらしい。


「ま、キソラちゃんに教えるつもりはないけどね」

「え、何で……」

「そんなの、相手を殴りに行こうとするのが予想できるからね」


 あー、と面々は納得しそうになった。

 キソラが直情で突っ走ることがあることを、今いる面々は理解していた。


「それに国内を放置させたままじゃダメだしね」

「放置って……」


 戸惑いの表情を浮かべるイアンたちを余所に、キャラベルはどこから取り出したのか、棒付きのキャンディーを口に入れる。


「先程までオーキンスとリリ、リックスが師団長たちと交戦中だったんだけど、火災とか諸々が原因で、オーキンスとリリは人助けに回ってるから、今じゃほとんど戦ってない状態」

「……あの人たちが、対応しきれていない……?」


 何故だろうか。いつもなら、良い方向へ向かうはずの『空間魔導師』という戦力が、今では後手に回っている。

 空間魔導師は神ではなく人間だ、と言ってしまえばそれまでだが、空間魔導師の中でも前衛担当となっている三人が後手に回るほどの事態とは、それだけ惨状に近い状況になっているのだろうか。


「ま、向こうに居ない以上、こっちで嘆いていても仕方ないわよね」


 そう言いながら、エルシェフォードが切りかかってきた帝国兵たちを暴風で吹き飛ばす。


「だね。それに、こっちには『希望』もあるし」


 エルシェフォードに同意しながら、アクアライトが激流で相手の攻撃を封じる。


「希望、ですか?」

「そ、『希望』」


 不思議そうなノークたち後輩組に、エルシェフォードら先輩組は何か含むかのように頷く。

 その視線は、ノークに向けられた後、ミレーヌと交戦中のキソラに向けられる。

 ここでノークの勘が働けば、理由までは分からずとも、自分たち兄妹のことを言っているのか、と分かるはずなのだが、どうやら今回はその勘が働かなかったらしい。


(ま、別にいいんだけどね)


 エルシェフォードたちが見る・・のは、自分たちの敵に対し、背中合わせで立ち向かう兄妹の姿。

 もしかすれば、その時は近いのかもしれない。


   ☆★☆   


 剣と魔法がぶつかり合い、近づいては剣による鍔迫り合いになり、間を空ければ魔法戦が展開され、それが繰り返されることにより、双方共に激しい息切れをしていた。


(さすが“戦乙女”、というべきか)


 戦闘方法や戦術など、何もかもが違いすぎる。逆に、こちらは十数年しか生きていないのだ。そんなキソラ自分が、経験豊富な人物に勝つには、いろいろと足りなかった。


「っ、」


 持てる限りの知識や技術で対応してるが、それもそのうちに限界が来てしまう。


「ほらぁ、クラリス。つまんなくなってきてるわよぉ?」


 まるで挑発するかのように、ミレーヌは言う。

 だが、キソラは反論しない。ミレーヌの目的が何であれ、彼女自身の攻撃が単調になり始めている部分があったからだ。


(あー……せめて彼女・・のように、戦えたら良いんだろうけど……)


 どれだけ彼女・・の技術を真似て、剣技として取り入れたとしても、それはキソラの剣技の一つにはなるだろうが、結局は彼女自身の技ではない。


(ああ、もう……)


 ここまで来た以上、もう引き下がれない。

 軽く息を吐いて、目を閉じ、意識を集中する。

 その瞬間、脳裏に浮かぶのは、嫌というほど見慣れた赤く染まる空と大地という光景。


(あれは夢だ)


 そう、それは、ずっと見続けていた夢の一つ。

 けれど、それはアークたちと会って、『ゲーム』が開始された後にも見ていた夢の一つでもある。


(もしあれが、本当にあったことで、魂自体に刻まれた記憶によるものなら――)


 別に自惚れるわけではないが、もしそれが本当なら、“剣姫”クラリス・レージの生まれ変わりということになる。


(けれど、今はどうでもいい)


 “剣姫”が前世なら、前世のうちの一人なら、これほど幸運なことはないのではないだろうか。


(このままじゃ、いつになるのか分からない)


 キソラにはまだ、やるべきことがある。


(私の身体も武器も、残存魔力の使用も全て一任する)


 ――だから、彼女を、ミレーヌ・ローゼンハイムを助けるために、手を貸してほしい。


「『空間魔導師 キソラ・エターナルの名のもとに』」


 その声と想いが届いたのか、ふわりと風が舞い、キソラの髪を靡かせる。


『いいよ、引き受けてあげる』


 どこから聞こえてきたのかは不明だが、遠退とおのく意識を感じつつ、何かが金の残像を残しながら、キソラの横を通り過ぎていった。





 みんなが見守る中、彼女・・がそっと目を開けば、ちょうど正面に居たからか、はたまた『彼女』という人物を理解しているからなのか、そこにはその場の誰よりも驚愕の表情を浮かべるミレーヌがいた。

 そして、彼女は呟くかのように、その名を口にする。


「クラ、リス……?」


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