第六十話:国内・学院攻防戦Ⅸ(各地の様子・前編)
――数時間前。
「リリ、右上だ!」
「はいはいって……オーキンス、真上!」
冒険者ギルド方面では、燃え盛る大地と被害を受けた建物、赤く染まる空に対し、オーキンスとリリゼールがその対応に追われていた。
リリゼールが防壁で火や瓦礫などから取り残されていた一般市民を守れば、オーキンスはオーキンスで、火もあろうと無かろうと瓦礫を粉砕したり、自ら壁になることで救助活動をしていた。
「ちょっと、救助活動をしながら俺たちと戦うつもり?」
アレクロードの問いに、リリゼールが目を向ける。
「はっきり言って、ボクたちは本来なら君たちの相手をする必要はないし、あまり手出ししない方がいいかもしれないんだろうけど」
「ここ数日で完全に知り合いになった奴もいる以上、無視することも出来ないんでな」
リリゼールの言葉を、オーキンスが引き継ぐ。
「それに、お前らにしてみたら、俺たちが相手じゃない方が有り難いんじゃないのか?」
「それは否定しない」
オーキンスの言葉に、エドワードが答える。
「だが、戦争は戦争だ。こうして当たった以上は相手が空間魔導師とはいえ、逃げるわけにはいかない」
「気持ちは分からなくはないが、戦略的撤退って言葉が泣くぞ」
戦いとなれば、時には逃げることも重要だ。
それはエドワードにだって分かっている。
「……にしても、第三者が関わってそうなこの感じ、イラッとする」
先程から
キソラが空中に足場を作って空中戦を行っているのは今更だし、リックスが彼女の方へ参戦したのも、何となくで感じていた。
だが、
(これじゃ、あの子の負担が増えるだけじゃないの!)
ただでさえ嫌な予感をひしひしと感じているのに、やはり心配してしまうのは、無茶をするであろう妹分(たち)のやるべきことが増えたということなのだろう。
(あと、その兄も、か)
最前線で無茶してなければいいが、どうにもあの二人はリリゼールたちから見れば、無茶をしているようにしか見えない。
(ま、それも仕方ないか)
アレクロードの魔法を防壁展開で防ぐのだが、その隙を上手く使って剣という名の物理攻撃に切り替えたらしい彼に、リリゼールは対物理の防壁を展開することで応戦する。
「分からないかなぁ。ずっとぶつかっててボクが防御に特化してることを見抜いてるくせに、諦め悪くボクに攻撃してくるなんてさ」
守護に徹する自分より、オーキンスを相手にすれば、幾分かやりやすいだろうに、アレクロードは何故か自分ばかり攻撃してくる。
「随分、余裕だな」
「余裕っちゃ余裕だけど……ボクたちが死んだら、帝国消失という地図を書き換えないといけない事態になりかねないからね」
あくまで一つの起こり
「お前さんも同じか」
「否定はしねぇよ。俺たちが本気出せば、その程度なら容易いことだしな」
だが、自分たちはまだいい方だ。あの兄妹ほど空間魔導師として司る能力が物騒ではないのだから。
だからこそ、彼女たちの知り合いである可能性の高い者たちはなるべく助けなければいけない。
あの兄妹――特にキソラは、その能力上に近しい者への『死』に関してはすぐに感知し、察してしまう。
一番望むのは、彼女の兄であるノークの無事だが、戦争中であるため何があるのかは分からない。
「キャラベルがいりゃあ、もっと正確な情報が分かるんだがな」
エドワードとある程度の間を取ったオーキンスが、背中合わせになったリリゼールに小さく呟く。
情報収集を得意とする彼女なら、確かにこの場にいても最前線の情報を教えてくれたのかもしれない。
「……それは否定しないけど、バランスが崩れるから、なるべくならこっちには来ないでほしい」
同族嫌悪のようなものもあるが、バランス的にはリックスが国内に来ている以上、キャラベルには最前線で情報収集をしていてもらいたい。
「ま、エルやアクアも
「さあ、どうかな……さっきから嫌な予感が拭いきれてない」
キソラほどではないにしても、二人とも危機察知能力は低くはないのだが、リリゼールの中では嫌な予感がどんどん強くなっている。
「ま、何が来ても、ボクは防御に徹するだけだけど」
「じゃあ、今まで通りに俺は攻撃に徹するさ」
目の前にいる敵であるエドワードとアレクロードよりも、まだ見ぬ敵への対策を話し合う二人に、聞いていたのだろう彼らは、ぴくりと反応しつつ、オーキンスとリリゼールに向かって容赦なく攻撃していく。
もちろん、全て防ぎきることのできるリリゼールがいるから、『やった』などとは思わないが――
「何か、延々と無駄なことしてる気分」
防御担当であるリリゼールの隙を付こうとすれば、オーキンスが間に入ってきて防がれる。
「しかも、地の利は向こうにあるしの」
はっきり言って、不利でしかない。
どうするんだ、とアレクロードがエドワードに目を向ける。
エドワードが退くと判断すれば、アレクロードも反対してまで
「……」
だが、エドワードからは何もなく、オーキンスたちと対峙している。
何気なく空を見上げれば、空中戦をしているらしいアルヴィスと彼に合流したのか、ニールが魔法などで応戦していた。
「戦闘中に余所見は良くないよ」
「……がっ!」
耳に届いた声に反応して、視線を戻そうとすれば、アレクロードは腹部に強烈な痛みを感じるのと同時に、吹き飛ばされる。
建物の壁に受け止められ、自身に攻撃した人物を確かめるかのように顔を上げれば、今自分が蹴りましたと言いたげな片足を上げたままのポーズをした
茶髪を首の後ろでえんぺらを作りながら二つに纏めている姿の彼女を見て、オーキンスが顔を引きつらせる。
「お前、
「時と場合による。今はその時だって、判断しただけ」
冷静さをその目に宿したまま、立ち上がり、こちらへと歩いてくるアレクロードを女性――少女の姿では無くなったリリゼールは見つめる。
「ねぇ、何がどうなったわけ?」
アレクロードが戸惑うのは無理もなかった。
先程まで少女だった人物が、初対面であるはずの女性に変わっていたのだから。
だが、オーキンスが普通に話しているのを見ると、女性は彼女で間違いないらしい。
「どうなった、って、見たら分かるでしょ」
「ああ、分かるよ。けどな、今の状況に頭が付いていかないんだわ」
リリゼールの台詞に、アレクロードはそう返す。
「リリ、あまり苛めるな。冒険者たちも理解が追いついてないんだから」
「そうなの?」
オーキンスに言われ、リリゼールが振り返れば、戦争中であるにも関わらず、うん、と敵味方関係なく同意してくる一体感は何なのか。
「ま、いいや。慣れてるし」
「ったく……」
特に気にした様子もないリリゼールに、オーキンスが頭を抱えるのだが、すぐさま切り替える。
「それじゃ、ここからが本番だな」
「当たり前でしょ」
息を吐くオーキンスに、リリゼールが同意すれば、ぶわっと魔力による風が辺り一面に広がる。
「掛かってきなよ。帝国が誇る最強の剣と盾の実力」
「俺たちが見てやるから」
リリゼールとオーキンスにそう言われ、
(これは……マズいかも)
と思い始めたアレクロードだった。
☆★☆
「おー、すっげぇスピード」
ありゃ、余裕で間に合いそうだな、と魔導師兼対魔族ギルドギルドマスター、ラグナ・ブラッディが、手を目の上に当てながら遙か遠くの空を見ながらそう告げた後、足元に目を向ける。
そんな彼の足元には、帝国が誇る師団長が一人、アイシャ・クレイソードが縛られた状態でそこにいた。
「それにしても、相手が悪かったね」
「私たちをどうするつもり!?」
縛られているとはいえ、睨みつけながらも尋ねてくるアイシャに、ラグナは肩を竦める。
「別にどうもしないさ。というか、放置?」
「捕虜を放置するとか正気? 私を利用して取り引きだってできるかもしれないのに?」
それを聞いたラグナは「んー」と唸った後、けどなぁと言う。
「別に帝国と取り引きしたいと思うようなものもないし、しなくても困らないし」
「っ、だったら――」
「それに、そういうのはこの国の軍か上層部に言ってくれない? 俺たちに言われても困るから」
ラグナとて、軍に知り合いや伝手が無いわけではないのだが、今は戦闘中だし、何より手続きも面倒くさい。
「ま、大人しく帰ってくれるなら、解放しても良いけど、帰る振りして他を攻撃したりしたら、俺たちよりも
ちなみに、四聖精霊が
キソラもキソラで怖いとは思うが、彼女以上に怖い人物は他にもいる。
「だから、どうすることが君と君の連れてきた者たちに最良なのか、よく考えた方がいいよ」
そう告げるラグナに、アイシャは彼を睨みつけながらも、どこか悔しそうな顔をするのだった。
☆★☆
魔導師兼商業・配達ギルド、ギルド長のフィアーレ・フェスティアは困惑していた。
目の前には、ウンディーネの魔法により、ずぶ濡れになった帝国師団長の一人であるキールが居り、そんな彼に対し、フィアーレは話しかけようとして止めて、話しかけようとして止めて……それを繰り返していた。
その背後では、妖精たちが不安そうにしており、それに精霊たちは苦笑い。
「……何か用?」
「え? あ、いや、風邪を引かれても困りますから、一度拭いた方がいいんじゃないかと……」
「別にいい」
キールの返事に、フィアーレがやや落ち込みながら、ライトニングの方まで歩いてくる。
「やはり、敵だから聞いてもらえないんでしょうか?」
「いや、それもあるかもしれないが、ウンディーネの奴に負けた、っていうことの方が大きいんじゃないのか?」
「ですが、それは仕方ないことです。ウンディーネ様は四聖精霊でもありますし、それに……」
「嬢ちゃんの契約精霊でもある、か?」
言葉を引き継いだライトニングに、フィアーレは小さく頷く。
「ま、あまり深く気にすんなよ。それにお前さんには、俺と違って、やれることがあるだろ?」
ライトニングの示した方では、妖精たちと精霊たちが協力して、負傷者の手当てや燃え盛る建物の消火活動などをしていた。
「そうですね」
フィアーレが負傷者の手当てを手伝いに行く。
精霊と違って、妖精にはこれだという属性縛りはない。だから、人間と同じように様々な属性が扱えれば、治癒魔法も扱える。
「さて、結構派手にやられたもんだな。帝国の師団長さんよ」
「誰が来たって、対応を変えるつもりはないけど?」
ライトニングの言葉に、キールは視線だけを向ける。
「変える必要なんてねーよ。だが、ウンディーネに感謝するんだな。お前が生きてるのは、あいつが急所を狙わなかったことと、傷ついたお前を治癒したためなんだから」
「それが分からないんだよ。何で敵である僕を治す必要がある」
キールの問いは尤もで、ライトニングは一つの方向へと目を向ける。
「それは、あいつの
ライトニングが思い出すのは、四聖精霊たちとその隣にいた不安そうな表情の兄妹。
この幼い兄妹に、四聖精霊を含めた大勢の守護者たちの命を預け、反対する者たちの声も纏めさせなければいけないのか。
はっきり言って、あの時は不安だったが、今は大丈夫だと思える。無理や無茶をするが、あの兄妹なら大丈夫だと言える。
「お前の家族のために、お前を生かした。そう思っておけ」
彼の家族による復讐というものが生まれる前に、その可能性をウンディーネとキソラは握りつぶしたのだ。
『なぁ、嬢ちゃん。雰囲気をぶち壊すような質問するが――もし、両親を殺したという奴が現れたらどうする? 復讐とか、するのか?』
キソラが高等部に進学して、ある程度経ったときにライトニングは尋ねた。
『しませんよ。その人にも、家族がいるかもしれないですし。また、復讐というものを生み出すようなことをするつもりはありません』
それに、とキソラは続ける。
『もし、私が復讐するとすれば、それは殺す覚悟と殺される覚悟が出来たときですよ』
十五の少女の台詞ではないのだろうが、結局、彼女は復讐なんてしないのだろう。
「お前を殺せば、お前の家族や仲間が俺たちを殺しに来て、その家族や仲間が今度はお前の家族や仲間を殺す可能性だってあったんだ。負の連鎖は最悪な未来しか生み出さないんだよ」
分かったか、というライトニングに、キールは何も返さない。
「せっかく助かった命なんだから、あっさり捨てるようなことだけはするなよ」
俺からはそれだけだ、とライトニングは去っていく。
そんなライトニングに、キールはこれまた何も返さず、目を逸らすだけだった。
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