第五十八話:国境付近にてⅡ(目覚めし者)


 とある暗い場所。

 暗いとはいえ、近くにある巨大な縦長の水槽からは光が漏れているので、真っ暗というほどではない。

 ごぽっ、と縦長の水槽の中にいたモノ・・から呼吸した際に出るような泡が、モノの口から漏れ出る。


「ん?」


 その部屋にいた人物の一人が気づく。


「まさか……目覚めた、のか?」


 ――目覚めるとは、どういうこと?


 縦長の水槽の中にいたモノは、内心首を傾げながら、そっと目を開く。


 ――それに、ここはどこ?


 ガラス越しに見える者たちは白衣を着ているのだが、彼らのような者がいる場所に来たことはあっただろうか。

 薄ぼんやりとする視界を上下左右、あちらこちらへと向ける。


 ――がいるのは、狭い、場所?


 閉じ込められたというより、入れられているといった方が近いのだろう。

 そして、自身を見てみれば、何一つ身に着けておらず、あられもない姿をしていた。


 ――つまり私は、この者たちにずっと素肌を晒していたということか。


 記憶や人格が少しずつ戻ってきたことで、何となく、自分がされていたことが分かってきた。


 ――とりあえず、ここから出ないと。


 その後は、白衣を着ている彼らに話を聞く必要がある。

 ずっと眠っていた・・・・・とはいえ、何とか思った通りに身体を動かせるらしい。


『次に会うなら、平和な時代に会いたいわね』


 そう言った金髪の好敵手ライバルは、今どうしているのだろうか。


 ――まあ、いいわ。


 目先の目的を達成してからでも遅くない。


 ――それじゃ、外に出ましょうか。





 それが数週間前のことなのだから、自分の能力なども含め、いろんな意味で恐ろしい、とその時のことを思い出していた女は思う。


「出るのか?」


 笑みを浮かべながら女が立ち上がれば、近くにいた男がそう尋ねる。

 何歳も年下のはずなのに、彼女の目の前にいる男の方が年上に見えるのは、それぞれの見た目のせいか。


「ああ。もしかしたら、捜し物が見つかるかもしれない」


 捜し物? と不思議そうな顔をする男を余所に、彼女は当時・・得意としていた武器を手にすると、天幕から出て行く。


(さあ、私のことを感じ取ったのなら、早くこの地へ来るがいい)


 私は逃げも隠れもしないのだから、と彼女は不敵に笑みを浮かべ、戦場へと身を投じるのだった。


   ☆★☆   


「何だ?」


 相も変わらず、剣と魔法のぶつかり合う音と化学兵器の放たれる音、そして、臭いがその場を占めていたのだが、異変が起きたのは唐突だった。

 ノークらも休息しては戦うのを繰り返していたのだが、どうも自分たちの方の戦いと雰囲気が違い、さらに騒がしかった。

 ノークが空間魔法で見てみれば――


「何だ、あれ……」


 簡単に言えば、圧倒的な力による蹂躙。

 ノークは呆然とした。

 あんな奴がこの世の中にいるのかと。


(いや、そうじゃない。問題はそこじゃない)


 問題は、『そこ』に『誰』が『いたのか』、だ。


「……い。おい、ノーク。大丈夫か?」

「っ、悪い」


 イアンに話し掛けられ、正気に戻れば、再び帝国騎士たちと対峙しては倒していく。


「こういう時にぼーっとするなんて珍しいな。そんなにヤバそうな奴がいたのか?」

「ヤバいどころじゃない」


 レオンが背を向けながら尋ねれば、ノークは肯定も否定もしなかった。


「というか、お前ら。戦時中の歴史上の人物、覚えてるか?」

「何だよ、いきなり」

「覚えてるが……どうした?」


 ノークの問いに、イアンとレオンがそれぞれ返す。


「何かさ。そっくりさんとか、その人の系譜の人とかだと思いたいんだけどさ」


 勿体振るような言い方をするノークに、二人は疑問符を浮かべながらも、急かすようなことはせずに、大人しく聞き役に徹していた。


「でも、俺の勘がそうじゃないって、言ってるんだ」


 ノークは二人へと問う。


「居ただろ。戦時中にこの国うちの剣姫と一緒にその名を轟かせた奴が」

「ちょっと待て」


 ノークの言葉に、イアンがストップを掛ける。


「お前が、こういう状況下で嘘を吐くような奴じゃないことは、俺たちもよく知ってる。けど、今のは、冗談でもたちが悪いぞ」

「俺だって、嘘だと思いたい。でも、あそこまでそっくりだと――」


 ノークの言葉は、最後まで続かなかった。

 隣に、吹き飛ばされた味方を見てしまったから。

 イアンたちも、ノークにどうした、とは問えなかった。

 自分たちの目を、一瞬でも信じられなかったのだから。


「あ……」

「三人とも、硬直している場合じゃないでしょ!」


 その声とともに暴風と激流が、三人の横から彼らの視線の先に向かっていく。

 気づいていなかったのか、または気づいていながら敢えて受けたのかは不明だが、暴風と激流を放ったエルシェフォードとアクアライトは、二人の攻撃を受けた彼女・・を険しい表情で見ていた。


「とりあえず、三人とも下がりなよ。相手は僕たちがするから」

「けどっ……!」


 アクアライトの言葉に、反論しようとしたノークが口を開くのだが――


「ノーク」

「君は、あの子を一人にするつもりか?」

「それは……」


 アクアライトの問いに、ノークは黙ってしまう。

 もし、無理に対峙して負けてしまっては、それこそキソラとの約束を破棄することになってしまう。


「そして、君が死んだ場合、あの子が取る行動を予想できないわけじゃないだろ?」

「ですが、それは、お二人にも言えることではないですか!」


 ノークの言い分も尤もだった。

 自分に近ければ近い人物ほど、その人物に何かあれば、キソラの取る行動には危険が付いて回る。

 もし、誰かに殺害されたとなれば、その犯人を自ら囮にしてまで捕まえようとするのだろう。


「でも、君ほど彼女が暴走する要因はないだろ?」

「っ、」

「ノーク、諦めろ。二人の言っていることは、間違ってない」


 否定できずにいたノークに、レオンが追い討ちを掛ける。


「おい、レオン……」

「たとえ俺たちだけ戻っても、今の彼女はお前がいない原因を追求すると思うがな」


 イアンの制止も聞かずにそう告げるレオンに、誰も何も返さない。


「話は終わった?」

「――っつ!?」


 エルシェフォードとアクアライトが身体の向きや視線のみを変え、ばっとノークたち三人が身構える。

 それに対し、声を掛けてきた彼女は、不敵に笑みを浮かべている。

 それが示すのは、何なのか。


「誰を生かすか生かさないかを話し合っていたみたいだけど、私が全員倒すからムダ」

「全員倒す、ねぇ……」


 彼女――女の台詞に、エルシェフォードが呟くようにして返す。


「悪いけど、多分それは無理」

「もしこっちが全滅したら、うちの妹分が黙ってないだろうからな」


 エルシェフォードが笑顔で却下し、恐ろしい、と口にするアクアライトがだから、と続ける。


「今ここで死ぬわけにはいかない」


 それぞれの相棒を手に、二人は女と対峙する。


「私を嘗めない方がいい」

「そっくりそのまま返してあげる。私たちを嘗めないで」


 とりあえず、今の目標としては、死なずにキソラたち国内組と合流、だ。


(その前に、無事に勝たなきゃね)


 エルシェフォードは内心で気合いを入れると、隣にいるアクアライトに目を向けるのだが、それに気づいた彼が、小さく頷き返す。

 そんな二人に、女は剣を手にしたまま、笑みを浮かべるだけだった。


「どうやら、ちょうどいい準備運動相手になりそうね」


 そう口にしながら。





 だが、彼女――女は知らない。


「ふふっ……さあ、存分に暴れるがいい!」


 自身を目覚めさせた者により、彼女自身を利用し、手のひらの上で踊らされているということを――



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