第四十九話:迫り来る戦いの時
「あーあ、何で一番つまらない所担当なんだろうなー。俺、前線で戦う気満々だったのに」
「いや、捉え方を変えれば、俺たちがすることも前線だと思えなくもないと思うが?」
飛竜に乗り、天空を移動する集団の中に、そう会話する二人の人物がいた。
一人は不服そうな顔をして不満を洩らす男、帝国が誇る八人の師団長の一翼、アルヴィス・ブラストレイド。
一人は帝国最強の魔導師師団であり、第二師団団長の青年、レイ・アスマである。
「つか、何であんたまでこっち? 前線じゃねーの?」
アルヴィスの疑問は尤もだった。
『帝国最強』という名が付くのなら、魔導師とはいえ最前線とされている国境付近にいてもおかしくないはずだ。だが実際に、彼は国境ではなく、ここにいる。
「ん? 最前線の方にはバイゼン魔導師団長が行っているし、第一、俺に与えられた役目は――」
「レイ師団長! アルヴィス師団長! 見えてきました!」
レイが説明しようとすれば、部下たちの声に遮られる。
「……で?」
「ん? ああ、続きか。俺の役目は
続きを促すアルヴィスに気づき、レイは説明する。
レイの指差す先には、薄い防壁のようなものがどこまでも広がっている。
「あれは……防壁、か?」
「ああ、そうだ。薄いせいか、あっても意味が無さそうだし、あまり強くないようにも見えるが、かなり強固な結界らしくてな。あれを破らない限り、俺たちが国内に入ることは出来ないらしい」
アルヴィスの疑問に、レイは頷きながら、そう説明する。
「面倒だな」
「だろ? だから、俺の部隊が結界の破壊担当として、こっちの担当になった、ってわけ」
そう言うレイだが、「けど、見る限り、厄介そうだし、骨が折れそうだなぁ」とも言っている当たり、時間が掛かるのは覚悟しなくてはいけないらしい。
「目安として、どのぐらいで壊せそうだ?」
「中々難しいことを聞いてくるね。まあ、時間は掛かるだろうけど、なるべく早く破壊してみせるから」
苦笑いして、レイはそう返す。
「だから、今のうちに場所や編制の確認ぐらいはしておいてくれ。破壊でき次第、すぐに突入できるようにな」
レイの申し出に、分かった、と示すように、アルヴィスを筆頭に面々は頷いた。
そして、レイは結界と向き合えば、ニヤリと笑みを浮かべた。
「さて、始めますか」
☆★☆
ぐわん、と国全体に張られた結界が揺れ動く。
「ん?」
授業中のキソラは首を傾げ、外を見る。
(まさか、もう来た?)
だが、帝国からこの国まではそれなりに距離があり、飛竜を使って、空中を移動してきたのだとしても、時間は掛かるはずだ。
(思っていた以上に、進行速度が速い?)
だとすれば、すでに国境付近の結界まで、来ていてもおかしくはない。
(でも、国境沿いにいる兄さんたちが、それを許す?)
そもそも国境沿いには、帝国軍を迎え撃つために、この国の騎士たちがいるはずだ。
国境沿いの結界部分を空からとはいえ、帝国軍が攻撃していれば、結界が破壊されるのを防ぐために反撃しそうなのだが。
(仮に、魔導師部隊が同行しているとして、認識阻害の魔法を使用している?)
それなら、辻褄が合わなくもないが、どこか無理があるようにも感じる。
魔導師部隊に関しては、キャラベルからの情報に無かった以上、これはキソラの推測でしかない。
(大丈夫、だよね……?)
新たに出てきた多くの疑問に対し、今のキソラには不安しか感じなかった。
☆★☆
冒険者ギルド。
「……」
リリゼールは、眉を寄せてしかめっ面をしながら、空を見上げていた。
「リリ」
「どうかしましたか?」
「キソラの結界が揺れてる」
オーキンスとギルド長が来たため、リリゼールは結界を睨みつけながら、そう告げる。
「……みたいだな」
オーキンスも空を見上げる。
「少しばかり、重ね掛けはしたけど、それも時間の問題だね」
「防御専門のお前でも無理そうか」
どこか諦めているような言い方をするリリゼールに、オーキンスが尋ねる。
「別に無理じゃないけど、あの子ほどボクにはこの国に対する思い入れがある訳じゃないし、そんなの、オーキンスが一番分かっているでしょ?」
生まれ故郷とかならまだしも、自身の生まれ故郷でもなければ、ただの旅の通過点であるだけだ。
それでも、あの兄妹に干渉するのは、同じ空間魔導師であり、
「それでも」
オーキンスはリリゼールを自身の肩へと乗せながら言う。
「放っておけないんだろ?」
それを聞き、リリゼールはふい、と頬を赤らめながら、顔を逸らす。
そんな彼女たちのやり取りを微笑ましそうに見ながら、ギルド長は口にする。
「キソラさん、無茶しなければいいんですが……」
☆★☆
「みんな、あと少しだ!」
無数の魔法が、結界の一点に向かって放たれる。
放っているのは、帝国最強魔導師団の第二師団団長、レイ・アスマ率いる魔導師団である。
最初はどれだけ堅く、強力なのだ、と思っていたレイたちだが、やはり脆い部分があったらしく、そこを見つけた後は、早かった。
一点集中砲火である。
一度回復しかけたこともあったが(もちろん、リリゼールが重ね掛けした影響である)、それも気にせず魔法を撃ち込んだ結果なのだろう。結界の表面に、
そして、それが結界の術者であるキソラが気づかないわけがなく――
(……罅が入った? まさか、結界が壊されようとしてる?)
キソラ自身、壊されないとは思っていないため、そんなに驚いてはいない。いないのだが、防御専門のリリゼールも重ね掛けした結界なのだ。彼女の実力を知っていれば、驚かない方がおかしい。
(さて、どうするべきか……)
とりあえず、修復するのはすでに決定事項であるのだが、
下手に修復に割り振れば、他の部分に魔力が行き届かず、国全体を覆えなくなる。
「……」
キソラは思案する。
戦争が起こることは想定していた。帝国の国内進撃も想定済みであれば、対策も話し合いが済んでいる。
(もう、時間の問題か)
はぁ、と息を吐くと、少しずつ結界修復を開始する。
「キソラ? どうしたの?」
不思議そうなノエルたちに、キソラは「何でもない」と返そうとし――
ミシミシ……
「罅が大きくなってきました!」
「ですが、同時に修復も始まっているようです!」
「何だと? 結界の破壊を急げ!」
部下の報告を聞き、レイはすぐさま指示を出す。
一方で、術者であるキソラも感知しながら、ひく、と顔を引きつらせた。
(あくまで、退く気は無い、ってことか)
馬鹿にされたものだ、と思う反面、面白い、とも思いながら窓の向こう側――外を目を細め、見つめると、キソラはどこからか一つの宝石を取り出し、それを破壊する。
「くそっ、罅がっ……」
先程とは比べものにはならないほどの速度で、レイたちが与えた攻撃で出来た罅が修復されるかのように消えていく。
「まだ、掛かりそうだな」
状況を見ていたアルヴィスがレイにそう告げる。
「悪いな。なるべく早く破壊するって言ったのに」
「いや、気にするな。ただ、この結界の術者が気になるところだが……」
「術者の魔力量、か?」
アルヴィスは肯定するように頷く。
国全体に結界を張るとなれば、維持するということも含め、必要とされる魔力はかなり膨大なものとなる。
そのこともあり、普通なら術者ではなく、何らかの魔導具を使っていると予想するわけなのだが、魔導具を使っているにしては
そのため、魔導具の使用よりも、術者による魔法の行使ではないのかと二人は考えていた。
「それだけの魔力。持っているとすれば、思い当たるのは――……」
現時点で、世界最強とされている空間魔導師のみ。
「仮にそうだとして、破壊できるのか?」
「出来る出来ないじゃなくて、やるしかないんだよ」
だから、とレイはその手に、あるもの――杖を顕現させる。
「高出力の魔法をぶつけるさ」
ニヤリと笑みを浮かべ、杖を手にしたレイは、部下たちに一時退避を命じると、無数の魔法陣を展開させる。
そして、彼の合図とともに、彼の周りにある無数の魔法陣から、一斉に砲撃が始まる。
「っ、」
それを感じたキソラは舌打ちしたくなった。
今、脆い部分にとはいえ結界へ攻撃してきているのは、魔導師は魔導師でも帝国の魔導師なのだ。しかも、途切れることもなく、結界に向けて放たれている。
(厄介な!)
キソラたち空間魔導師の場合、相手の魔力枯渇を待てば(別に待つ必要もないのだが)、余裕で勝つことが出来るのだが、今回の場合だと、相手の魔力枯渇を待っている間に結界が破壊されかねないのだ。
だからこそ、脆い部分を修復し続ける必要があり、退く様子がない帝国軍の進撃を阻止しなくてはならない。
――いっそのこと、帝国軍を引き入れて叩く、というのはどうなのだろうか?
そんな考えが
「……」
少しばかり思案し、キソラは修復よりも張り直しをする事にした。
ただ、その方法というのが、リリゼールがやったような重ね掛けであり、現在ある結界を破壊させ、完全崩壊する前に張り直す、というものなのだが。
(それは、後回しでいいか)
張り直す隙を付かれて、国内へ進入されては意味がない。
(ま、せいぜい頑張ることだね。帝国の魔導師さんたち)
キソラとて、結界に手を抜いたつもりはないし、狙われるであろう王族のいる王都方面にはやや頑丈な結界が張ってある。
そして、王都に
「これで、最後だ!」
そんなレイの声とともに、罅へと最後の一撃が加えられる。
――パリーン。
音を立てて、結界の欠片がはらはらと、順に地上に向かって落ちていく。
キソラはノエルたちに返そうとしながらも、結局は何も返さなかったが、外に向かって目を見開いていた。
「キソラ? 本当に、どうしたの?」
心配そうなノエルたちに対し、
(結界、が、壊された……?)
キソラは呆然としていた。
壊されるだろう、とか壊されても構わない、とか思ったこともあった。
だが、実際に壊されてみてどうだ。
(これは、少しマズいかな)
それが示すことなど、状況を知っていれば、この後どうなるのか、容易に想像出来てしまう。
――つまり、帝国軍による国内への進撃である。
「……っ、」
「ちょっ、キソラ!?」
そして、次に歯を食いしばると、キソラは教室を出て、ノエルたちの制止も聞かずに走り出す。
目的地はただ一つ。
ミルキアフォーク学院・学院長室である。
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