【季節ネタ】ハロウィンネタ④四聖精霊と生徒会役員(その二)
――一週間前。
「あ」
「うん?」
思わず声が洩れたのだろう、その声の主に目を向ければ、驚いた顔をしていた。
「お久しぶりです、エターナル先輩」
「ああ、うん。久しぶり。あと、呼ばれなれてないし、キソラで良いから」
「そう、ですか?」
「うん」
戸惑う後輩――一年生の生徒会役員、庶務のシオンにキソラは頷いた。
「時期が時期だから、そろそろ来るかなぁ、とは思っていたんだけど」
「うっ」
図星だったのか、シオンは赤くなりながら視線を逸らす。
「――ええ、確かに先輩を探していました。先輩の方が詳しいでしょうから」
何について、などとは言わない。
それぐらい、二人に共通することは少ないのだから、口に出さなくとも分かる。
「で、何が知りたいのかな?」
「彼女の、シルフィさんが喜ぶものは何なのか、教えてください!」
恥ずかしそうにしながらも、それを誤魔化すためか、シオンが勢いよく頭を下げる。
「良いよ」
「え」
「うん?」
まさか、断られるとでも思っていたのだろうか。
キソラとしては、純粋な彼の想いを応援し、少しばかり手伝ってあげようかとも思っていたのだが。
「あ、いえ、断られるかと。先輩、僕たちと関わりたくないみたいなので」
「ああ、そういうこと。別に面倒くさいことになるのが嫌なだけで、君たち自体が嫌って訳じゃないよ。ちゃんと、ファンの統率さえきちんとしておいてくれれば、さらに私の好感度アップ」
「あはは……善処します」
そんな話をしたところで、本題である。
「それにしても、シルフィの喜ぶものねぇ……」
基本的に、キソラからの贈り物は大喜びして受け取るシルフィードであるが、彼女の場合、『よほど酷いものではない限り、可愛がっている妹(分)からのプレゼントはどんなものでも受け取る!』というようなタイプであることから、特に、と言われると判断に困ってしまう。
「あの、分からないなら、自分で考えますから……」
さすがにキソラが考えてるのを見て、シオンも何かを察したらしい。
「いや、可愛らしいものなら、あの子は好むけど、食べ物となるとケーキぐらいかな、って」
「ケーキ、ですか?」
シオンが問い返す。
「クッキーとかみたいな焼き菓子が駄目、ってわけじゃないんだけどね。そうだなぁ……例えばこういうのとか」
キソラが小型通信機で小さいながらも赤い円柱のケーキの画像を見せれば、なるほど、とシオンが納得したかのように頷く。
「こういうタイプのケーキを食べてるときのあの子の顔って、物凄く幸せそうなんだよね」
「確かに、そう言われると想像できます」
「それを、君が来週やるんだけどね」
そのために、わざわざキソラに聞きに来たんだろうに、その事を指摘すれば、シオンの顔が一気に赤くなる。
(分かりやすいなぁ)
キソラでもそう思うのだから、シルフィードなんか彼の反応を楽しんでいるのではないのだろうか。
「と、とりあえず、キソラ先輩のおすすめはケーキだと」
「んー、それは違うかな」
「え」
ケーキが良いと言ってきたのはキソラなのに、違うとはどういう事か。
「確かに案を出したのは私だけど、最終的にどうするのかは君が決めることだし、あの子なら、シオン君が『シルフィにはこれが良い』と思って選んだ物に対して、文句は言わないと思うよ」
「……」
「これは、あの子のことを、あの子の主として、家族として、見てきた私が言えることだから」
――だから、シルフィのこと、お願いね。
そう言って、その場から去っていくキソラに、思わず呆気に取られていたシオンだが、彼女の言葉を再度思い出し――
「って、え!? まさか今のって、先輩公認って事ですかぁっ!?」
驚き故か、それとも意識したからか。顔を赤くしながら、シオンがその場で叫ぶのだった。
――そして、当日。
『や、元気?』
「元気ですが……何故、第一声がそれなんですか。あと、そのカボチャ、一体どこから持ってきたんです?」
シオンの目が向くのは、シルフィードが脇に抱えていた大きな
『これ? これは、ノエルちゃんの』
「ノエル……?」
『キソラちゃんのお友達』
「……! 今すぐに返してきてください! 後でキソラ先輩に怒られますよ!?」
「何で
『えー』
「えー、じゃないです!」
自分も慣れてきたとはいえ、やはりシルフィードとこのやり取りを繰り返してきたであろうキソラの凄さを、改めて理解する。
「せっかく、渡そうと思っていたのに……」
『え、なになに?』
「返してくるまで、渡しません!」
『えー』
「えー、じゃないです! そう言っている間に、早く返しに行く!」
扉を示すシオンに、頬を膨らませながらも、シルフィードはちらちらとシオンの持つ袋に目を向ける。
「ほら、早く。そんな欲しそうな目をしても、今は渡しませんよ?」
『うわーん! シオン君がキソラちゃんみたいになってるー!』
早く返しに行くように促すシオンに、喚くシルフィード。
だけど、彼女が動く前に、閉めていたはずの扉が開く。
「あ、やっぱり持っていっていたか。何の目的があったのかは分からないけど、他人のを勝手に持っていくなって、言ってるよね?」
本日二度目の、有無を言わせぬ怒気である。
「大人しく向かったと思えば、これだもんなぁ」
『ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁい!』
もう、完全に半泣き状態である。
「ったく、こうなるって分かってて、何でやるかなぁ」
やれやれと言いたげに、キソラは肩を竦める。
「このカボチャは私から返しておいてあげるから、どうしても使いたかったって言うなら、こっちを使っておきなさい」
キソラが大きなカボチャを回収したあと、どこからか小振りのカボチャを取り出して、シルフィードに渡す。
「邪魔して、ごめんね。もう行くからさ」
「いえ、大丈夫です。こっちも返しに行くように言っていたところですから」
シルフィードの相手をしているせいか、キソラとシオンの間には妙な連帯感がある。
「それじゃあ、後はよろしくね」
「はい、分かってます。そちらこそ、お願いします」
扉を閉めて、完全に去っていったキソラに、二人は息を吐く。
『……』
「……」
『……ねえ、シオン君』
「何ですか?」
『いつからキソラちゃんのこと、名前で呼ぶようになったの?』
「えっ!?」
嫉妬とかではなく、純粋な疑問なのだろう。
いつかはそう言われるだろうなぁとは思っていたが、今そのことを振られ、シオンは驚いた声を上げる。
「いつから、と言われても……少し用があって、話し掛けるために『エターナル先輩』って呼んだら、呼ばれ慣れてないから、名前で呼べって言われたからそうしただけですよ?」
『そっか。まあ、家名で呼んでいたら、ノー君と間違われかねないし、キソラちゃんは妹の方って呼ばれるのが嫌だからね』
「ああ、だから名前で呼べって言われたのか……」
小振りのカボチャを近くの机の上に置きながら説明したシルフィードに、シオンは納得したように頷いた。
『それでそれで? その袋の中にあるのは何かな?』
わくわくとした目を向けられ、シオンは苦笑いしながらも、シルフィードに差し出す。
『ボクに?』
「はい」
『開けても?』
「どうぞ」
確認するシルフィードにシオンが促せば、袋から白い箱を取り出す。
「あ、そっと置いてくださいよ」
シオンに言われた通り、近くにあった机の上に置いて、箱を開ければ――
『うわぁっ!』
シルフィードから嬉しそうな声が洩れる。
『これ、どうしたの? 手に入れるの、大変だったでしょ』
「えっと……まあ、そうですね」
箱に入っていたのは、女性に人気のケーキショップのケーキである。女性が好みそうな可愛いケーキや綺麗なケーキが並んでいるその店で、シオンは女性たちに混ざりつつ、どのケーキにするのか悩みながらも、買ってきたのだ。
『もしかして、キソラちゃんにでも聞いた?』
「……何で、そう思ったんですか?」
『ボクの好みを知っていそうな人で、シオン君も知ってる共通の人なんて、キソラちゃんぐらいだろうし』
確かにこういうのが良いんじゃないかという案を出したのはキソラだが、選んだのはシオンである。
「ああ、なるほど」
渡す際に、特定の誰かの名前を言ってないのにも関わらず、こうしてバレている辺り、シルフィードにもキソラにもやっぱり敵わないなぁ、とも思う。
「あ、でも、先輩は案を出しただけで、どうするのかは僕に決めるように言っていたんですからね!?」
『分かってるよ。考えたり、案を出しておきながら、こっちに丸投げしてくることは、ボクたちに対してもあることだし』
何かを弁明するかのように言うシオンだが、シルフィードが苦笑していることから、時折あることらしい。それが、今回の場合はシオンに回されただけのことだ。
『でも、そっかぁ。キソラちゃん、贈り物とはいえ、シオン君には丸投げしたんだ』
どういうことだろうか、とシオンが目を向ければ、シルフィードが困った顔をする。
『キソラちゃん、基本的に年下や後輩とかには丸投げとかしないんだよね』
「戦闘とか関係ないからでは?」
『うん、それもあるかもしれないけどさ。それでも、今までは無かったんだよ』
それが、今回はシオンに対して丸投げした。
この日にケーキを渡させるためだけに、だ。
――だから、シルフィのこと、お願いね。
あの言葉が、今日のことについてか、これからも、という意味だったのかは、シオンには分からない。分からないけど――
『さて、それじゃ、食べても良いかな?』
「どうぞ」
一口目を口に入れた途端に、美味しいと言いたげな笑みを浮かべる彼女に、シオンは確かに幸せそうだ、と笑みを浮かべる。キソラがあのように表現したことにも納得できる。
『シオン君は食べないの?』
「食べますよ」
『じゃあさ、先にこれ一枚食べて』
「これは?」
シルフィードから差し出された焼き菓子に、シオンが尋ねる。
『キソラちゃんからのお菓子なんだけど、状態異常封じの効果があるんだって』
「状態異常封じ……?」
『そ。麻痺、眠り、火傷、毒、魅了……先に食べておけば防げるし、後で食べても解除する効果があるみたい。キソラちゃんらしい効果だよねー』
シルフィードは笑っているが、シオンとしては笑えない。
何という便利なお菓子だろうか。
「もしかして、先輩たちが言ってた『薬』って……」
『多分、これのことじゃないかなぁ。キソラちゃんと会えない限りは貰えないけど、フェルゼ君たちなら、去年のこともあるから知ってるだろうし』
果たして、これを自分だけ食べていいのか、とシオンは焼き菓子をじっと見る。
先輩たちが欲しがっているものを、後輩である自分が先に食べておいていいのだろうか。
『別に気にしなくて良いと思うよ? 効果は今日中みたいだし』
その日にしか効果が無いのもいつも通りだしねー、とシルフィードは言う。
『これ食べたからと言って、他のものの味が変わるわけじゃないし』
「だから、お一つどーぞ」と言われ、シオンも恐る恐る手を伸ばす。
『それに、先輩たちより先に食べてもいいのか不安そうにしてたけど、大丈夫だよ。キソラちゃんの所に行ってるはずだしね』
そう言われたのは、シオンが焼き菓子を口に入れた後。
何かあったのか、起こったのかは分からないが、シルフィードがニヤニヤと笑みを浮かべていることから、きっと良いことではないはずだ。
「まさか、また何かやったんですか」
『酷いなぁ。ボクは何もしてないよ。こうしてずっとここに居るのにさ』
「……」
確かにシルフィードはずっとこの場に居たが、風の精霊である彼女なら、場所が離れていたとしても何かやってそうなのだが――と、疑いの目を向けるシオンに、「被害妄想だー!」と彼女が叫ぶ。
『まあ、フェルゼ君とラスティ君には『頑張れ』としか言えないけどさ。シオン君も先輩たちの想いと努力を無駄にさせてあげたら駄目だよ?』
「え? えー!?」
内緒だから、と口許に人差し指を当てるシルフィードに、彼女の言ったことがどういう意味なのかを察し、今まで知らなかったことを教えられたシオンは声を上げる。
「えー……でも、あのキソラ先輩ですよね」
『そうだね。あのキソラちゃんだからね』
迷宮管理者にして空間魔導師であるキソラだが、彼女に先輩として認識されているだけで、異性として認識されていない時点で、ある意味絶望的である。
シオンにしてみれば、優しそうだし、頼れる先輩ではあるが、先週といい、先程といい、『後輩』としてしか認識されていない気がするのだ。
「シルフィさんたちに対してはどうなんですか?」
『ボクたち? んー、イフリートに関しては、『異性』以前に仲間、家族、良い兄ちゃん、って所だろうし、ノームとは祖父と孫娘みたいな関係じゃないかなぁ』
それを聞いて、シオンは遠い目をする。
『可能性があるとすれば、アキト君ぐらいだけど、あれが恋かどうかと言われると怪しいし』
「キソラ先輩に『異性』として意識されているだけマシなのでは?」
『それ言われちゃうとなぁ。まあ、あの子を手酷く扱うと、ノー君を筆頭としたあの子を大切に思ってる人たちから報復されるだろうから、誰が選ばれるか楽しみだけどね』
何に、とは言っていないが、きっと生贄に、だろう。
そして、大切に思ってる人たちの中に、シルフィードも入っていることは、あっさり想像できる。
「それ以前に、先輩がそういう人を選ばないのでは?」
『まあね。あの子っていうより、あの兄妹って、人を見る目はあるから』
だから、シオン君にも協力したんじゃないかな、と言われてしまえば、シオンもシオンで何も言えない。何故かキソラから(シルフィード関係で)信頼されていることもあるために、下手に返せないのだ。
「それにしても」
『何かな?』
「キソラ先輩関係の話しかしてませんね」
その言葉に、シルフィードはそっと目を逸らす。
『ま、そうだね』
視線を逸らしたまま、シルフィードはケーキを口に入れる。
「シルフィさん」
『何かな?』
「……見に行ってみますか? 先輩たちの所」
おや珍しいこともあるものだ、とシルフィードは不思議そうな目をシオンに向ける。
『何で?』
「何でって、気になってるんじゃないんですか?」
『確かに気にはなるけど、大体キソラちゃんの様子から察せられるから良いよ』
本当に気にしてないのか、ケーキを食べるシルフィードに、シオンは肩を竦める。
(素直じゃない人だなぁ)
本当は心配しているからこそ、彼女が窓を少しだけ開けて、風を通じて様子を探っているのを、シオンは知っている。
(けれどまあ、今回は僕を優先してくれているみたいだから、この時間を有意義に使わないと)
せっかく、
『どうかした?』
「いえ、何でもありませんよ」
幸せそうにケーキを食べる彼女を見ながら、シオンもまた楽しそうな笑みを浮かべるのだった。
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