ひと時の平穏 3

 優姫さんをソファに寝かせて僕は洗い物を済ませる。皿2枚とスプーン2つしかないので軽いものだ。

 スポンジを泡立てて皿を擦って汚れを落としていく。

 皿に流水が当たり、飛沫が立って空中に光の粒が舞い上がる。

 それを見て、朝見た夢を思い出していた。


 僕の周りを浮かんでいたあの光は確かに僕に着いて回っていた。

 夢の中で出せたのなら僕に出せたっておかしくない! ……はずだ。

 でもあれがどういうモノかわからないし、どういう理屈なのかも全くわからない。

 いや、科学的なモノではないってことはわかったか。

 そんなことがわかっても出せないと思うんだけど……。


 そんなことを考えていたら手が滑って皿をシンクの中に落としてしまった。

 ガタンと嫌な音が響く。幸い割れてはいないようだ。


「何の音?」

「すみません、皿をシンクに落としただけです。割れてないです」

「それならよかった」


 優姫さんを起こすほどの失態。反省。

 考え事をしながら何かやるのは危ない。昔からフィクションでは頭にサッカーボールが当たるじゃないか。


 洗い終わった皿を金網の上に立てて置いて乾かす。


「遼くん、疲れてる?」

「疲れてるんですかね?」


 自分では全くわからない。試験勉強で多少疲れがたまっているのかもしれないが、そんなことで手を滑らせるほどヤワではないと思う。

 タオルで手を拭いてから自分の頬を叩いて目が覚めないか試してみる。


「痛い……」

「遼くん、ちょっとこっち」


 いつの間にか優姫さんがソファに座った体勢になってこちらに向かって手招きをしている。

 指示通り優姫さんの隣に座って、背もたれに体重を預ける。

 すると優姫さんの手が僕の額に当てられて、僕は身動きが取れなくなる。


「熱ならないと思いますよ……」

「うん、じゃあこっち」

「ちょっと、優姫さん……」


 首に腕が絡みついて、優姫さんの太ももに寝かせられてしまう。

 俗にいう膝枕ってやつだ。したことはあったけれどされるのは初めてだ。


「どう?」

「どうって言われましても……」


 すごく柔らかい、としか……。あと枕としてはちょっと高いかな……。でも温かくて幸せ。

 優姫さんの手が僕の頭をゆっくり撫でていく。


「遼くんは猫っ毛なんだね」

「くすぐったいです」

「……目を合わせてくれないのね」

「それは……」


 この状況で上を見れば確実に……胸しか見えない。顔を合わせられないし、何より恥ずかしい。

 だんだん顔が熱くなってきている。心臓の音がバレなければいいけど。


「もういい。私は寝るもん」

「いや、なんで――ちょっとっ、優姫さん!」

「知ーらない」


 優姫さんが僕の背中に覆いかぶさるように寝てしまう。つまり……いろいろ当たってるし、身動きが取れない。


「優姫さん! 起きてください!」

「んー?」


 あろうことか優姫さんはさらに体を押し付けてきた!

 そういうことはやめて欲しい。僕だって男でそういう欲求だってもちろん持っているのだから、我慢できなくなったらどうする気なんだ。


「大好きだよ……」

「なっ、何をいきなり……」


 するとかけられていた重さが減って、代わりに寝息が聞こえてくる。


「寝たふり、ですよね?」

「…………」


 優姫さんの口からは規則正しく呼吸音が響くだけ。動く気配は全くない。


「嘘だろ……」


 寝たふりだとしてもこれは起きない。しかし下手に動くこともできない。

 これは詰んだかな……。諦めて気にしないようにしよう。

 そう思い、目を閉じて僕も寝たふりをした。


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