遼の気持ち 6

 約束通り夕食のカレーを四人で食べた。

 まさかの詩織さんの無茶ぶりで僕と雄介さんはお代わり二回もさせられてしまったが楽しい夕食だった。

 僕も雄介さんも食べ過ぎてしばらく動けなくなったけど……。


「そろそろ帰りますね」

「もう帰るのかい?」

「はい」


 立ち上がって服のすそを直す。

 すると雄介さんが脚を叩いてくる。


「あれだけ食べてもう動けるのかい……」


 少し顔色の悪い雄介さんが若いっていいなあ、とぼやく。

 いや、僕だって結構無理してるんです。


「遼くん、送っていこうか?」

「大丈夫です。もう遅いですし」


 もう8時近い。さすがに女子が外に出ていい時間じゃないだろう。

 荷物もないし準備はできている。

 キッチンで洗い物をしている詩織さんにも声をかける。


「夕飯ありがとうございました。僕はこれで」

「あ、また来てちょうだいね」


 手を止めて言ってくれた。

 制服をきちんと着直して靴を履いて立ち上がる。


「気を付けてね」

「はい。優姫先輩も夜更かししないでくださいよ?」

「わかってるって……」

「じゃあ、また明日」

「うん」


 小さく手を振って送り出してくれる先輩。

 僕も手を振り返して暗闇に踏み出していった。



 ~~~



 電車はあまり混んでいなかった。

 まっすぐ家に向かって歩いているとカップルが目の前を通り過ぎていった。

 それは仲睦まじく、パッと見ただけで幸せそうだった。


 でも僕は知っている。

 幸せに永遠がないことを。

 愛情に絶対がないことを。

 誰よりも僕が一番知っている。

 なのに幸せに手を伸ばしている僕は何様のつもりなんだろう。

 愛情をもらっている僕は何をしようとしているのだろう。


「所詮僕も人の子ってことかな……」


 僕のつぶやきは誰の耳にも入ることなく夜空に消えていった。



 ~~~



 鍵を開けてドアを引いて中へ入る。


「うぅ、寒っ」


 暖房をつけようか悩んだが、制服のままなのを思い出し先にお風呂に入ることにする。

 風呂の栓を閉めてピピッと端末を操作して蓋をして終わり。

 リビングの電気をつけて食卓の椅子に座る。

 コーヒー飲もうかと思ったが風呂に入るのでやめておく。

 部屋に入って制服を脱いでハンガーにかける。

 ポケットから携帯を抜き出して机の上に置く。

 箪笥から部屋着を出してこれも机の上に。


「はぁ……」


 自然とため息が漏れる。

 先輩の家での温かさとうちの単調さ。

 思い出すまでもなくこの家がどれだけ寂しいかわかる。

 ベッドに頭から突っ込む。

 ぼふっと音がして枕が潰れる。


「先輩……」


 意味のない弱音を吐いてしまう。


『お風呂が沸きました』


 聞きなれた電子的な声が耳をかすめる。

 重い体を動かして部屋着を掴んで風呂場に向かった。




 風呂から上がって部屋に戻ると携帯にメールが来ていた。

 優姫先輩から、12分前。


 遼くん、大好きだよ。


 この一文だけ。それだけでも僕には十分だった。

 返信を押して文章を入力する。


 愛してます。おやすみなさい。


 送信。先輩に救われたのはこれで何度目だろうか。

 目から雫が滴り落ちた。


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