欲求不満な先輩 3
「それは食欲ですか?」
「征服欲もある。島村くんは大人しくなるから」
なんだそのカミングアウトは。喜んでいいのか?
「先輩、ずいぶん経験豊富なんですね」
「け、経験って!」
「大人しいって比較しなくちゃわからないですよね?」
先輩は顔を赤くして黙り込んでしまう。
しかも目を合わせてくれない。
「せ、ん、ぱ、い?」
「ごめんなさい、かなり見境なくやってました」
「……妬けるなあ」
「何か言った?」
「いいえ?何も」
難聴系美少女はいいかもしれない。とてもいい。
しかし見境なくって、老若男女問わずってことかな。
血なら何でもいいのかな?
「血に好みってあるんですか?」
「ある。性格によって味が結構変わるから」
曰く、体を動かすタイプの人はしょっぱく、頭を動かすタイプの人は苦く。
恋をしている人、忙しい人、眠っている人。一人一人違うらしい。
「それで島村くんはサラサラで飲み込んだときに喉に残らないから好き」
「そ、そうですか。お気に召したのでしたら何よりです」
「だから、吸わせてくれない?」
先輩はずるい。僕には断れないとわかってる。今、先輩が手を出せるのは僕だけだってわかっていておねだりをするのはずるい。
でも今日は、今日だけは少し抵抗させてもらう。
僕はブレザーの内ポケットからナイフを取り出す。
刃が鋭いものではなくギザギザしたもの、食事の時に使うものだ。
「これは銀のナイフです。先輩に効きますか?」
「…………」
先輩が凶器にたじろぐ。予想通り、先輩に銀は効くみたいだ。
僕は大げさな動作でナイフを下ろす。
「僕は先輩を傷つけるつもりはありません」
「でも、それは――」
「これは僕の恐怖です」
「恐怖?」
「傷をつけられ、血を吸われる。これが怖くない人はいないと思います」
「…………」
「でも僕は先輩を信じます」
「…………」
「僕は先輩に身を、命を預けます」
「島村くん……」
「これはもう二度とやらない。先輩が嫌がることはしたくありませんから」
僕はナイフを床に置き、先輩を見つめる。
どちらも数秒動かなかった。いや、動けなかった。
でも先輩は僕の右の首に触れて呟く。
「島村くんは血を吸われるのは嫌?」
「嫌じゃないですよ」
「それは私のため?」
「……違います」
「そう」
先輩は首にあてた手と反対の手で僕の頭に触れる。
頭に置いた手を動かして撫でられる。
「島村くん。してもいい?」
「いいですよ」
「本当に?」
「僕は先輩を信じます」
僕たちは互いに至近距離で見つめ合った。
先輩が目を閉じて僕の耳に口を寄せる。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
先輩は僕の肩に手を置いて、首に口を当てた。
チクリとした痛み。ぞわっと背中の毛が逆立つ。
間を置かずに血を啜る音が聞こえる。
二回、三回、四回……。
先輩が喉を鳴らして飲み込んでいく。
一度口を離して息を吸ってもう一度首に顔を寄せる。
首にやわらかいものが当たる。
三秒ほどしてそれは離れた。
気になって思わず聞いてしまう。
「先輩、今のは?」
「ん」
先輩は唇を少し突き出した。
「舌よりはいいと思いますよ」
「良かった」
まるで見計らったように、昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。
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