144.最後の戦いへ

 僕が気を失っていたのはどれくらいか。

 目を覚ましたとき、僕の体はあちこちが痛みに悲鳴を上げていた。

 一方で、何か柔らかいモノを枕にしている心地よさもある。


 …………?


「パド、気がついた?」


 リラが僕の耳元で言う。


「……リラ……」


 周囲を確認する。

 どうやらここは洞窟の中で、僕はリラの膝枕で寝ていたらしい。

 ちなみに、リラはドラゴン形態ではなく人型に戻っている。

 それに気がつくと、僕は飛び起きた。


「ご、ごめん」

「何を謝っているのよ?」

「い、いや、別になんでもないけど」


 こんな状況なのに、リラの膝枕にドキドキしてしまったなどと言えるわけがない。


 状況――そうだ。今の状況はどうなっている?

 僕はあの8つ首の犬を倒し、魔力障壁を張ることもできずに地面に激突して、たぶん気を失った。


 それから――


「パドがあの『闇の犬デネブ』を倒してから、まだそんなに経っていないわ。日本でいうなら30分くらいかしら」

「そっか」


 それだけでの時間で目覚められたのはラッキーだった。

 だんだんと、魔力の過剰放出への耐性がついているのだろう。


「ここはどこ?」

「元王都のすぐ近くの洞窟。8年前まではドワーフが住んでいたらしいけれど、今ではさすがに無人よ」


 言われ、あらためて洞窟の中を見回してみると、確かにランタンがぶら下がっていたり、棚のようなものがあったりと、生活感がある。


「龍族のおさが私たちをここに案内してくれたわ」

「そうだ、龍族達は!?」

「長は今も洞窟の入り口で『闇』が来ないか見張っている」

「他の龍族は?」

「……」


 僕の質問に、リラは視線をそらす。

 それで理解できた。


「皆、死んじゃったんだね」

「死体を確認したわけじゃないから、生き残っている龍族もいるとは思うけど……」


 リラは暗い表情のままだ。


「『闇の女王』は?」

「まだ、口を開いたままよ」


 どういうことだ? まだ何か出てくるのか?


「もう、何も出てこないのに、なぜか口を閉じようとしないの。

 まるで、私たちを――いいえ、あなたを待っているかのように」


 たぶん、それが正解なのだろう。


「そっか、なら、行かないと」


 僕は痛む体に鞭打って立ち上がる。


「パド、まだ動いちゃだめよ。稔からもらった薬を塗ったけど、そんなにすぐ怪我が治るわけないわ」


 そりゃあそうだろう。

 稔のくれた塗り薬はあくまでも傷薬だ。

 魔法のように体の痛みを取ったりはしない。


「だけど、今が最大の好機だよ。龍族達が命がけで作ってくれたこのタイミングしかない。

 リラ、もう1度だけ、僕を運んでくれるかい?」


 リラは何も言わずに頷いてくれた。少しだけ、悲しげな表情を浮かべて。


 ---------------


 僕はすでに、様々な物を失っていた。

 アル様やレイクさんやキラーリアさんといった旅の仲間達。

 アル様の大剣も、もはやない。

 ラクルス村の皆も、ジラとお父さん以外はどうなったか分からない。

 日本に残してきた稔やお母さんとはもう2度と会えないだろう。


 それでも。

 僕にはまだリラがいる。

 今もボクの肩を支えて共に歩いてくれているリラが。


 捻挫か骨折でもしたのか、僕の左足は地面につくだけで痛い。

 胸も鈍痛がするし、ちょっと吐き気もする。あるいは、内臓周辺の骨にも多少ヒビくらい入っているかもしれない。


 ――だから、どうした。


 僕は戦わなくちゃいけない。

 対峙して、止めなくちゃいけない。


 ルシフと。

 この世界をこんな風にしたヤツと。


 それが僕の責任だ。


 ルシフの正体が『彼』だというならば、『彼』を止められるのは僕だけだ。

 ある意味で『彼』と同じ定めの元にこの世界にやってきた僕だけが、『彼』を止められる。


 それに龍族や、そしてリラを巻き込んでしまったのは本当に申し訳ないと思う。

 死んだら僕は地獄行きだろう。

 いや、カルディは死後の世界に地獄も天国もないと言っていたか。


 洞窟の入り口には、龍の長がいた。


「目覚めたか」


 彼は僕を見てそうひと言。


「はい。龍族の皆さんのおかげでここまで来れました。ありがとうございます」

「礼はいい。謝罪もな。ことここに至っては、我が望むは結果のみ」


 そうだ。

 安易に謝る事なんてできない。

 謝って済むことじゃないのだ。


「はい。かならず、皆さんの命に応えます」


 僕はそう言って、洞窟の外へと向かう。


「行くのか?」

「はい」


 僕は振り返らずに頷いた。


「この世界の命運、そなたらに賭けるとしよう」

「ありがとうございます」


 僕は言って、1度だけ振り返って頭を下げた。


 そして。


「リラ、お願い」


 僕の言葉に、リラは再びドラゴン形態へと変化する。

 僕はリラにまたがり、空へとのぼる。


 目指すは『闇の女王』、そして、そこから通じるルシフのいる世界だ。

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