【断章6】 降龍の時

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(第18代国王 テノール・テオデウス・レオノル/3人称)


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 結局、自分は良き国王でも、良き政治家でも、良き親でもなかったのだろう。


 国王テノール・テオデウス・レオノルは実子のフロールとアルの喧々囂々した言い争いを聞きながら、ウンザリした気持ちでそう自省していた。


 いいわけならばいくらでもある。諸侯連立の連中がこれまでの慣例をやぶって、無理矢理自勢力から妃を押しつけてきたこと。

 その妃――シャルノール・カルタ・レオノルは欲望に溢れた女で、自分の子ども達――つまり、テキルース王子やフロール王女にその野望を受け継がせようとしたこと。


 11年前、キダル達がテキルースや、フロールに暗殺されたと思わしき事件が起きたとき、国王としても親としても自分の不覚を恥じた。

 その後の自分の対応もまずかったのだろう。

 親としての感情が先走り、フロールとテキルースを庇ってしまった。そのことを11年間ずっと後悔していた。


 アルのこともそうだ。メイドのシーラを懐妊させたことが、国王としても男としてもあってはならないことだった。

 自分はシーラもお腹の子供も庇うことができなかった。

 11年前の事件のあと、アルを王家に引き戻したのも、正しい判断ではなかった。

 娘が盗賊となっていたという事実に心をかき乱され、諸侯連立に対抗するために必要と考えてのことだったが、結果として再び兄弟の争いを加速させてしまった。


 ホーレリオが政治から身を引きたがるのも、自分の不甲斐なさをずっと見てきたからだろう。


 テキルースも、フロールも、ホーレリオも、アルも、自分はまともに育てられなかった。

 そのあげく、王家の中で内紛を起こした。


 教皇の行動も予想外だった。

 これまで何故考えもしなかったのだろう。

 教皇からしてみれば、テキルース達は自分の孫を殺した大悪人なのだと。


 フロールとアルの茶番としか思えない言い争いに付き合わされた貴族達は、たとえどちらが勝利したとしても、今後王家を軽んじるだろう。

 こんな争い、他人に見せるものではない。しかも、教会総本山まで巻き込むとは。


 とにかく、この場を収めたい。

 それを優先してしまったがために、さらに状況は混迷としてしまった。


 11年前に神託があったなどという主張は嘘くさい。

 が、11年前の自分の沙汰がそもそも誰の目にも疑わしいものだったのだろう。

 結局のところ、こうなったのは自分の罪だ。


 そこまで、テノールが自覚したとき、さらなる異変が起きる。


 テミアールの暴走。そして『闇』への変化。


(何が……なにがおきている?)


 もはや、事態はテノールが理解できる状況を遙かに超えていた。


 実のところ、テノールは『闇』の存在を認識していなかったのだ。

 客観的に見ればそれがそもそも国王としての力のなさを現わしている。


 そもそも、パド少年に関する神託を知ったのもついさっきであった。

 教会への内偵がなっていない証拠だ。

『闇』についても、本来ならばアルと教皇が接触した事実をつかんで、さらにラクルス村の住人に話を聞くなどしていれば、その存在くらいは知れたはずだ。

 その場合、ついでにふもふもしているギャル女神の存在も判明したはずだが、それは余談である。


 だが、テノールはそれらの行動を取らず、ただただ、日々雑多な仕事とフロールやテキルースの行動に頭を悩ませるのみだった。


 結局のところ、テノールは凡庸である。

 決して悪人ではない。だが、国王の器ではなかったというだけだ。

 そして、キダル達を守れなかった時点で、親としても失格だったというだけのことなのだ。


 ---------------

 

 アルやキラーリア、リラと、テミアールのなれの果てである『闇』との戦いは続いていた。

 惨劇の現場と化した謁見の間。

 死にかけているパド少年。何故か光り始めた教皇の姿。

 もはや、テノールは事態についていけない。


 魔法結界の中で、テノールはレイクにたずねた。


「レイク、アル達は勝てるのか」


 その問いに、レイクは難しい顔を浮かべる。


「おそれながら、私は戦闘については分かりかねます」

「そもそも、テミアールに一体何が起きたのだ?」

「ご説明したいのはやまやまなれど、いまはその余裕がございません」


 確かにそうだろう。

 テキルースはうずくまって震えるばかり。フロールは成り行きについて行けないのか、青ざめている。


 レイクが続ける。


「ですが、ご無礼を承知の上で申し上げるならば、一つだけ言えるのは、神や『闇』にとって、王位継承問題など些末ごとだということでしょう」


 なかなかに過激な発言をするレイク。無礼なと言い返すのは簡単だったが、テノールはなぜかその言葉に納得してしまった。


「そうかもしれんな」


 呟くように言う。


 ――と、その時だった。


 突然轟音が鳴り響く。

 同時に地響きが起き、天井が崩れだした。


「なんだ!?」


 慌てるテノールに、レイクは何故かほっとしたような声で言った。


「ようやく、いらっしゃいましたか」


 今度は何だというのだ?


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 天井を破って現れたのは、巨大なドラゴンだった。

 ドラゴンが『彼女』やアル達のそばに着陸すると、その口から一人の青年が下りてきた。


「なかなかに想定外の状況になっているようですね」


 ドラゴンの口から出てきた青年は巨大な剣を抱えている。


 一方、ドラゴンは光り輝く。

 その姿はやがて人の形へと変化する。

 テノールは理解する。


「龍族、か」


 エインゼルの森林から出ることはまずありえないといわれる、の種族がなぜここにいるのか。アルやレイクの様子を見ると、龍族がここに来るのは想定内だったらしい。

 いや、むしろレイクかアルが呼んだようにすら思える。


 ――まさか、アル達が1年間、王都から姿を消していたのは……


 アルは青年から大剣を受け取ると、『彼女』に向けて構えた。


「ふん、これで少しはやれるな」


 そう、アルが言ったとき、こんどは教皇の体から光が消えた。


 そして、瀕死であったはずのパド少年が立ち上がり、左手首に漆黒の刃を呼び出したのだった。

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