【番外編27】龍の子 ピッケル・テリケーヌ

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(三人称/ピッケ視点)


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 ピッケル・テリケーヌ、通称ピッケ。

 おさの息子である彼は、変わり者の龍族だった。

 

 龍族というのは、欲を持たない種族である。

 物欲もないし、知識欲もない、名誉欲も、楽しみたいという欲も、ほとんど持たない。

 欲があるとすれば睡眠欲と、平穏に暮らしたいという欲くらいか。

 多くの龍族は1日の大半を瞑想と睡眠にあてる。


 別に悟りきっているとかそういう話ではない。

 単純に面倒くさがりなのだ。平均寿命500年という、亜人種達が羨むような長い人生を生きる彼らは、自分自身以外には興味を持たずに暮らしている。


 例外がエルフとの盟約である。

 彼らが森を護る代わりに、龍族が彼らを護る。そういう約定だ。

 龍族がわずかながらに持つ物欲に水がある。

 その水は、エルフの作った森でしかとれないのだ。

 

 そんな龍族の中にあって、ピッケは他の龍族と違う部分があった。

 それはエインゼルの森林の外を知りたいという知的欲求を持っていたことだ。

 亜人種の生態や、エルフの魔力無しで育つ植物、山や海というモノなど。

 話にだけ聞く、ここよりもずっと広い世界に、ピッケは憧れた。


 だから生まれて50年経っていない若い龍族のピッケは、人族の王の娘を運ぶ仕事を引き受けたのだ。


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 龍族にとって、人の姿はかりめに過ぎない。あくまでも本来の姿はドラゴン形体である。故に、人の姿は変幻自在だ。

 ピッケがアル達の前に幼児の姿で現れたのは、なんとなくだった。

 大人の姿だと、無駄に頼られたりしてうざったいかなと思ったのだ。

 幼児っぽい言動も半分は演技である。もっとも、半分は地だが。


 ピッケの思惑は上手くいったようで、幼児姿の自分に人族やエルフ達は過剰な期待をよせなかった。

 いちいち意見を求められたりもしないし、責任を負わされることもない。

 なかなかに気楽な立場で旅に同行できたと思った。


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 初めて見た外の世界は、ピッケの知的好奇心を満足させるものだった。

 エルフの作る森林と違い、外の森林は虫や鳥や小動物達がたくさん存在した。


 人族の集落も大変興味深い。 


 例えば、家と家族。


 龍族の寝床はエルフが作る。エルフの魔力によって、自然と家の形に木々が育つのだ。

 龍族は1人1つの寝床を持つ。赤ん坊以外は個人で瞑想と睡眠を繰り返して暮らしている。

 比較的社交性を持つピッケだって、長である父親と会うのは10日に1回程度。他の龍族とは用事がなければ会わない。ついでにいえば、龍族の集落ではほとんど用事なんてない。


 それに対して、人族はわざわざ木々を削り、石を削り、それを積み重ねて寝床としている。彼らはそれを家と呼び、家族と呼ばれる集団ごとに住み着いているらしい。

 近親者とはいえ、赤ん坊でもないのに常に他人と同じ寝床を共にするなど、龍族には考えられないことだ。

 

 もっと驚いたのは、人族同士で争うこと。

 それも、だまし合いや駆け引き、さらに殺し合いまでおこなうのだ。

 龍族からしてみれば、同族で争うなど愚かさの極みである。仮に意見が対立したとしても(そんなことはめったにないが)、長の決定が絶対だし、それに対して文句を言う者などいない。

 長を信じているからというよりは、いちいち争うのが面倒だからだ。


 それゆえに、アル達とブッターヤの言動は、ピッケからすると本当に面白かった。

 同族同士で啀み合い、憎しみあい、武器をぶつけ合う。

 愚かさの極みだ。

 本人達は真剣な様子だし、余計なことは言うまいと考え口出しは控えたが。


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 強烈な血のにおいが漂う扉を開けようとするパド。

 さすがのピッケもまずいなと思う。

 扉の向こうがどういう状況かは不明だが、ここまで強い血液臭がするからには、なかなかにエグい状態ではないかと思える。


 パド、リラ、バラヌという子ども達にはちょっと耐えがたい光景が広がっているかもしれない。


「あ、ちょっと待ってっ!!」


 ピッケは慌ててパドを止めようとしたが、時すでに遅し。

 彼も兵隊に襲われて焦っていたのだろう。

 扉の向こうに広がっていたのは、どす黒い血痕と大量の死体だった。


 あまりの光景にうずくまるリラ。震えるバラヌ。呆然とするパド。


「これは……すさまじいですね」


 ルアレがそう言って口を押さえた。


「だから、ちょっと待ってって言ったのに」


 そう言いつつもピッケは、人族というのは本当に面白いなぁと感じていた。

 同族同士で殺し合うなど、龍族にはない発想だ。

 もちろん、人族は時に殺し合いをするとは聞いていたが、さすがに大げさに伝えられているだけだろうと思っていたのだ。

 だが、どうやら事実だったらしい。


 ぶっちゃけた話、ピッケからすれば人族が血の海で死んでいたとしても大して思うことはない。

 龍族にとって、人族をはじめとした亜人種に対する感情は、人族が動物に向けるものに近い。

 龍族の本来の姿がドラゴン形体という他の亜人種とは大きく変わる姿だからだろうか。


 人族の死体がいくら転がっていても、ピッケにとってはどうでもいいことだ。

 殺し合いをするような種族なのに、リラやバラヌが耐えられないという表情なのにも驚く。

 そんなに耐えがたいならば、殺し合いなんてしなければいいだけだ。

 もっとも、彼女たち2人はハーフらしいので、人族とはまた少し感覚が違うのかもしれないが。


 その後、レイクとキラーリアがブッターヤを拷問する。

 なんでもアルが毒を飲まされたらしい。それで慌てているのは分かる。しかし、だとしても同族に対してあそこまで冷酷になれるレイクやキラーリアという人族も、ピッケからすれば理解の範疇外だ。


 そもそも、生きるのに他の生命を食さなければならないというやっかいな生態を持つくせに、食料に毒を混ぜるなど理解できない。

 人族同士でいくら殺し合っても勝手だが、サラダに盛られた肉となった動物は殺され損ではないかなどと思ってしまう。


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 その後もまあ、色々なことが起きた。


「レイクさんやリラと同じように、僕も覚悟を決めた。ここから先、何があっても突き進むって。

 どんな犠牲が出たとしても、目的をかなえるって、そう決めたから。

 たとえ、弟を身勝手に利用する兄だって周囲に軽蔑されたり、それこそ神様に怒られたりしても、僕は先に進む。

 バラヌには申し訳ないけどね。死んだ後地獄に落ちるっていうなら、その時考えるさ」


 ピッケからすれば、もはや狂気としか思えないようなことを『覚悟』と言いかえて語るパド。


「……もし、パドが地獄に落ちるなら、私も一緒に行くわ」

「ありがとう。リラ」


 ついに、ピッケは吹き出した。


「ふふふ、面白いよねー、人族は。いや、エルフや獣人やドワーフもかなぁ」

「どういう意味よ?」

「だってさ、人族同士で戦争したり、獣人同士で禁忌がどうこう言って争ったり、危険な武器を興味本位だけで開発してみたりさぁ。

 龍族オイラ達から言わせれば、みんな破滅願望があるとしか思えないよねー。

 そういう意味では、エルフはまだマシかなぁ、もっとも魔力がないってだけで差別して虐めるとかもよくわかんないけどねー」


 笑ってしまったのは悪いとは思う。

 彼らも真剣に考えて行動した結果なのだから失礼な態度だっただろう。

 それでも、ピッケからすると笑うしかなかった。


 なぜ、『皆で仲良く静かにくらしましょう』で全て解決しそうなことを、こうも複雑化して考えるのか。

 本当に亜人種達は奇妙だ。

 その奇妙さに好奇心を惹かれるのも事実だったが。


 パドがギロっとピッケを睨む。


「ピッケ、僕のことはともかく、リラやバラヌのことまで笑うのは許さないよ」


 確かにそうだ。

 自分から見ればくだらない争いでも、彼らにとっては深刻で、真剣な話なのだ。笑うのは失礼だった。


「あ、ごめんねー、そんなつもりはなかったんだけど。

 それに、この数日間で、亜人種君達が争いたがる理由もすこし分かったしねー」


 要するに、龍族と違って欲望が強すぎるから争うのだろう。

 だが、この人族とそのハーフの子ども達にそう説明しても分からないだろうなと考えて、ピッケは果実を1つ手に取って語った。


「よーするにさ、人族も獣人もドワーフもエルフも食べ物が必要な種族だからさー。そりゃあ、奪い合いになるよねー。

 ま、食べ物だけじゃないんだろーけどね。おいら達龍族は水さえあれば、あとは何もいらないんだけどねー。大変だねー、他の種族は」


 パドとリラは不快感をまだ覚えているようだったが、ピッケは気にしなかった。


「ま、いいさ。オイラはエインゼルの森林の外を見てみたいだけ。父ちゃんの言うとおり、しばらくは協力してあげるよん」


 そう、もう少しだけこの奇妙な種族と行動を共にしてみよう。

 彼らが殺し合いを演じる理由が理解できるとは思えないが、それでもエインゼルの森の外をもっと知りたいという気持ちには偽りはないのだから。

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