【番外編26】僕の歩く路
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(一人称/バラヌ視点)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はずっと、自分は駄目な子なんだ、役立たずの子なんだって思っていた。
魔力のない僕は、エルフの里でいらない子ども扱いで。
だから、あの時。
『闇』に襲われて殺されそうになった時。
僕は逃げようという気持ちがわかなかった。
そんな僕を、お母さんが突き飛ばして助けてくれた。
だけど、代わりにお母さんが刺されて死んだ。
なんで、お母さんがそんなことをしたのか、僕には分からなかった。
---------------
パドお兄ちゃんは、僕に魔力がなくてもできることがあるって教えてくれた。
僕に生きる意味をくれたのはパドお兄ちゃんだ。
僕の体には半分人族の血が流れている。
パドお兄ちゃんと同じお父さんの血が。
会ったことはないけれど、お父さんの名前はバズというらしい。
僕の名前が、エルフとしては珍しく『バ』という濁る音から始まるのは、きっとお母さんがバズお父さんの名前からとったからだろう。
パドお兄ちゃんがエルフの里から去る時、僕は言った。
「僕はお兄ちゃんと一緒に行きたい」
深く考えたわけじゃない。
エルフの里に、魔力を持たない僕の居場所はないと思っていたし、僕に生きる意味を教えてくれたのはパドお兄ちゃんだからだ。
だけど、その先に待っていたのは――
---------------
目の前の血みどろな光景に、僕は悲鳴を上げた。
その直前に武器を持った兵士に追いかけられて、今度は部屋の中が血まみれで、もう、他にできることはなかった。
エルフの里はかなり平和な世界だ。
エルフ同士で殺し合うなんてことはない。
『闇』の襲来でたくさんのエルフが殺されたけど、それまでは本当に平和だった。
僕は虐められていたけど、でも殺し合いなんていうのは考えたこともない話だった。
その、殺し合いが、ここでは起きたのだ。
「ぎ、ぎやぁぁぁぁ」
部屋の中に悲鳴が響き渡る。
誰が上げた悲鳴か、なぜ悲鳴が上がったのか、僕には分からない。
目をギュッと閉じて、耳を両手で塞いでいたから。
それでも、その悲鳴は恐ろしいほどに僕の耳に入ってきて。
(もう嫌だ)
たぶん、僕には刺激的すぎる状況で。
だから、気がついたら僕はパドお兄ちゃんの腕の中で気を失っていた。
---------------
しばらくして目を覚まして。
パドお兄ちゃんとリラお姉ちゃんが真剣な口調で話をしていた。
僕はどうしても口を出せなくて、だから気を失ったふりをし続けた。
「きっと、この後ももっともっと血は流れるわ」
リラお姉ちゃんはそう言って、パドお兄ちゃんも同意した。
これからももっと血が流れる。
僕はきっと耐えられない。
リラお姉ちゃんやパドお兄ちゃんも辛そうだけど、僕は2人以上に弱い。
――ああ、そうか。結局僕は、パドお兄ちゃんにとっても足手まといなんだな。
そう思うと、悔しくて、悲しくて、心の中がジクジクと痛んだ。
---------------
「バラヌ、これから話すことをしっかりと聞いてほしい」
そう言ってパドお兄ちゃんは僕に話をした。
僕を教会っていうところに預けようと思っていると。
正直、その時の僕は教会がどういう所なのかいまいち分かっていなかった。
エルフは龍族と自然を奉っているけど、宗教という概念を持っていない。
だから、僕に分かったのは、パドお兄ちゃんが『僕をこれ以上連れて行くのは無理だ』と判断したんだってことだけだった。
「僕はやっぱり、お兄ちゃんにとっても邪魔な子なの?」
そう問いかけた僕に、パドお兄ちゃんは一瞬困った顔をして、だけどすぐに否定してくれた。
「そうじゃないよ。バラヌ。むしろ、君にとても大切なことを頼みたいんだ」
それから、パドお兄ちゃんは語り出した。
正直、半分以上は意味が分からなかった。
それでも、僕が教会に行って頑張れば、パドお兄ちゃんやリラお姉ちゃんの役に立てるかもしれないってことは分かった。
たぶん、このままパドお兄ちゃんについて行っても、僕は役立たずだ。
それに、きっとさらに流れるという血に耐えることもできない。
でも、僕にもできることがあると、パドお兄ちゃんは言ってくれた。
僕に、これからの
お母さんも、ルアレさんも、エルフの
だから僕は深く頷いて答えた。
「わかった。僕、頑張る」
その先に、何が待っているかなんて分からなかったけど、自分が役立たずじゃないって言ってくれたパドお兄ちゃんの役に立ちたかったから。
---------------
「ラミサルさんは教会の偉い人なんでしょう? 色々勉強したいんです」
そう言った僕を、パドお兄ちゃんとラミサルさんはビックリした様子で見た。
パドお兄ちゃんはちょっと寂しそうにすら見えた。
でも、僕は少しでも勉強したいと思った。
パドお兄ちゃんの役に立つために。教会の中で力を付けるために。
今はまだ何も分からないけど。
---------------
パドお兄ちゃん達が王都に旅立つとき、僕はラミサルさん――いや、ラミサル様と共に見送った。
「バラヌ、ごめんな」
パドお兄ちゃんは、そう言って僕を抱擁してくれた。
なんでパドお兄ちゃんが僕に謝るんだろう。
そう思ったけど、黙っていた。
「僕、頑張るよ。お兄ちゃん」
僕がそうにパドお兄ちゃんの腕の中で言うと、パドお兄ちゃんは涙を流しだした。
なぜか、僕も一緒になって泣いてしまった。
---------------
それからしばらくの間、僕はラミサル様の元で修行させてもらった。
ラミサル様は優しかった。
甘やかしてはくれなかったけど、何もできない僕に、ちょっとずつ役目をくれた。
それは、たとえば書類を隣の部屋に持って行くとか、誰かを呼んでくるとか、お水をくんでくるとか、そういった雑用ていどのことだ。
そういうちょっとした仕事でも、僕はなかなか上手くこなせなかった。
書類を運ぼうとして転んでぐちゃぐちゃにしてしまったり、誰かを呼びに行って迷子になってしまったり、お水をくもうとして廊下にこぼしてしまったり、そんなことを繰り返した。
ラミサル様はそんな僕を叱った。
「どうして、自分で持ちきれないほどの書類を一度に運ぼうとするのですか? 二度に分けようとは思わなかったのですか?」
「道がわからないなら、もっとちゃんと確認してから行動しなさい」
「ほら、慌てて走るからです。もっとゆっくり落ち着いて行動する癖を身につけなさい」
ラミサル様は甘い人じゃない。でも、決して理不尽に怒ったりもしない。
代わりに、5歳だからと甘やかしてもくれない。
僕が仕事をできるようになるまで、何度でも教えてくれるけれど、同じ失敗を2度も3度もしたら叱ってくれる。
だんだんと、僕は思い知る。
自分にはできないことがたくさんあるのだと。
エルフの里にいたころは、自分に魔力が無いからダメなんだと思っていた。
そして、魔力がないのは自分のせいじゃないんだから仕方がないじゃんかと、ある意味開き直ってもいた。
だけど、書類を運ぶのにも、人を探すのにも、お水を運ぶのにも魔力は関係ない。
ラミサル様がやっている、文字を書いたり、計算をしたり、人に指示を与えたりするお仕事だってそうだ。
だけど、僕はラミサル様みたいには動けない。
僕はできないことだらけで、それは決して魔力が無いからじゃない。
そんな言い訳は通用しない。
だって、ラミサル様はともかく、他の人族のほとんどは魔力なんて無くてもちゃんと仕事が出来ているんだから。
---------------
僕は自分の力のなさをいやってほど知った。
だけど、ここに来てできるようになったこともある。
パドお兄ちゃんと別れて、15日くらい経った今では、書類を運ぶのには慣れたし、館の中で迷子になることもなくなったし、コップのお水をこぼすこともなくなった。
そして、今日、僕はラミサル様と共に王都に旅立つ。
僕はこれから、王都で洗礼を受け、その後
「では行きましょう、バラヌ」
「はい」
僕はそう言って、ラミサル様の後に続く。
「自信を持ちなさい、バラヌ。あなたはその幼さで十分に立派なのですから」
「そうでしょうか」
僕にはよく分からない。
この15日、結局僕は足手まといにしかなっていなかったと思うし。
パドお兄ちゃんやリラお姉ちゃんのように立派な行動ができているとも思えない。
「世の5歳児は、そうやって敬語で話して頭を下げることすらできないものですよ。あなたはとても優秀な子です。この15日、よく頑張りましたね」
ラミサル様はそういって、僕の頭をそっと撫でてくれた。
そして、僕は歩み始める。
僕の歩むべき
パドお兄ちゃんが示し、ラミサル様が導いてくれたその先へ。
――だけど。
僕らを王都で待っていたのは、想像もしない大事件だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。