第二章 エルフの里で

65.エルフの魔無子

「その子――バラヌはです。そんな子どもに回復魔法などもったいない」


 暴行を受けたらしき幼き子に対し、侮蔑混じりの言葉を吐き捨てたルアレさん。


魔無子まなこ? なんですか、それは?」


 尋ねる僕に、ルアレさんが答える。


「魔力の無い子どもという意味です」

「それがどうしたって言うんですか?」


 憤り混じりに僕は言う。


「魔力の無い子どもに存在価値などありません」


 冷たく言うルアレさん。

 その声には、何1つ疑問なくそう信じているという印象を受ける。


「そんなっ」


 言いつのろうとする僕を、レイクさんが止める。


「パドくん、価値観や文化の違いに異議を申し立てしても意味がありません」


 確かに、エルフは魔力で人の価値を計るとは聞いた。

 だけど、それにしてもルアレさんの言い分は……


 僕がなおも口を開こうとすると、


「我々の目的を忘れないでください。エルフと龍族の力を借りることであって、その価値観を正すことではない」


 くっ。

 確かに、余計な口出しをしてここでルアレさんと険悪になるのは避けるべきだ。

 それはわかる。

 わかるけどっ。


「とはいえ」


 レイクさんは言って、両手を光らせる。

 回復魔法の光。


「救える子どもは救いましょう」


 幼子――バラヌの傷が消えていく。

 ルアレさんは「物好きな」と呟いていたが、それ以上は何も言わなかった。


 ---------------


 傷が治ったバラヌは、レイクさんに頭を下げた。


「ありがとう」

「いえいえ。どういたしまして」


 そんな会話を交わしていると。


「バラヌ!!」


 森の奥から声がした。

 やってきたのは女性のエルフ。


「母さん」

「母さん、じゃない」


 女性エルフはバラヌの頬をはたく。


「少し殴られたくらいで仕事場から逃げ出して。魔力が無いならせめて仕事くらいきちんとやりな。この出来損ないの魔無子まなこがっ!!」

「……ごめんなさい」


 なんかもう、見ていて胸の中がムカムカしてくるやりとりだ。

 エルフの里では魔力の無い者はみんなこんな扱いを受けるのだろうか。

 だとしたら、キラーリアさんやリリィは連れてこなくて正解だった。あの2人も魔力0だからね。


「ちょっと、あんた達いい加減にしなさいよ。小さな子によってたかって酷いじゃないっ!!」


 リラが言う。

 全く同感である。


「うん?」


 その時になって、初めて女性は僕らの存在に気づいたらしい。


「あんたら、人族かい? いや、そっちの嬢ちゃんは獣人の匂いもするね。いずれにしてもこれは……」


 そこまで言って、女性の瞳に驚愕が映る。


「そこの坊や、まさか……」


 僕のことらしい。

 魔力を絶対視するエルフ。もしかすると、僕の200倍の魔力に気づいたのか?


 そう思ったのだが、彼女の口から出てきたのは意外な言葉だった。


「あんた、ラクルス村出身か?」


 ……はい? なんで、ここでラクルス村の名前が出てくるの?


 ---------------


 女性エルフはミラーヌと名乗った。


「私は5年前にラクルス村に行ったことがある」


 エルフ族がエインゼルの森を出るときは、人族に化け別の名前を名乗る。


「私はミルディアと名乗った。ラクルス村を尋ねた理由はその2年前、大きな魔力をそこから感じたからだ」


 7年前。

 僕が転生した時期と等しい。

 つまり彼女が感じた魔力というのは、僕の200倍の魔力を感じたのだろう。


 いや、ちょっとまて。

 ミルディアという名前、聞き覚えがある。


 ――まさか。


「あなた、お父さんの浮気相手!?」


 なんという偶然。

 いや、エルフ達が僕の魔力を感じて調査のためにミラーヌさんがやってきたというならば、偶然ではなく必然なのか?


 さて、その後ミラーヌさんの説明を聞いたんだけど。

 かなりかいつまんで記す。

 というのも、あまりにもムカムカする話なので詳述したくない。


 ミラーヌさんは強い魔力を当時2歳の僕が発していると知り、お父さんを誘い出した。

 目的はお父さんの子どもを妊娠すること。

 お父さんからは魔力を感じなかった。が、その子どもが強い魔力を持つというならば、自分もお父さんの子どもを宿したいと考えたらしい。ルアレさん曰く、エルフの本能だとか。

 そして、1回の性交で無事妊娠。

 だが、産まれてきたのは200倍の魔力どころか、魔力0のバラヌだった。

 要するに、バラヌは僕の異母弟おとうとということになる。


「まったく、あんたの父親にはがっかりだよ。人族との契りまで交わしたというのに」


 そう言い捨てるミラーヌさん――いや、もうミラーヌと呼び捨てよう。さん付けなんてしたくない。


 言いたいことはいくつもある。


 僕の父親を種馬扱いしたこと。

 僕の家庭をぶち壊したこと。

 産まれてきたバラヌを邪険に扱っていること。

 そして、今も自分は被害者だと言わんばかりの態度。


 正直、ぶん殴りたいくらいだ。

 200倍チートでぶん殴るわけにはいかないけど。


 肩をいからせる僕。レイクさんがそっと僕の肩に手を置く。


「パドくん、お気持ちは分かりますが、我々の目的を忘れないでください」


 そう、ここで暴れてはいけない。

 僕らの目的はあくまでもエルフと龍族をアル様の後ろ盾とすること。


 だけど。

 それにしても。


「一言、謝罪の言葉はないんですか」


 僕は絞り出すように言う。


「謝罪? なんの?」


 ミラーヌは首をひねる。

 挑発しているのではなく、本気で分からないという表情だ。


「妻子のある僕の父と、そういうことをした件に関してです」


 ミラーヌはきょとんとしている。


「パドくん、エルフには婚姻という文化がありません。子孫を残すにあたって、特定の男女だけで行うわけではないのです」


 レイクさんが言う。

 文化や価値観が根本的に違うということだろう。

 それは分かる。

 エルフ同士ならば好きにすればいい。


 だが、日本のことわざにあるとおりだ。

 人族の村にやってきて、こちらの文化に違反されてはたまらない。


「何を怒っているのか分からないけど、人族の王も複数の女性に子どもを産ませていると聞くわ。それに私は無理矢理契りを結んだわけじゃない。バズもあなたの母親からずっと相手にされていないと嘆いていた」


 お母さんとお父さんの不仲の原因は僕だ。

 だから、そのことに関しては僕がミラーヌを責める権利はないのかもしれない。


 だけど。

 それにしたって。


 こぶしを握りしめる僕の肩を、アル様が掴む。


「どうする、パド。どうしてもお前が許せないというならば、構わん。この場で彼女を殺せばいい。お前にはその力があるのだから」


 いくらなんでも、それは。


「そんなこと、できるわけないじゃないですか」

「何故だ?」

「だって。アル様にはエルフの助けが必要で……」

「ならば、私が構わんと言えばお前は暴れるのか?」

「それはっ」


 実際、今、僕は爆発寸前だ。

 ミラーヌだけじゃない。ルアレさんのバラヌへの態度だって気に入らない。


 だけど。

 それでも。


 200倍チートに任せて暴れるわけにはいかない。


『大きな力を持つ者は、他の者よりも遙かに自分の行動に対して責任を持たなくてはならない。200倍の力と魔力を持つ者として、あんたはこれからどう生きる?』


 僕が最も尊敬し、そして今はもういないお師匠様の言葉。


 ただ、許せないから、我慢できないからというだけで行使していいほど、僕の力は弱くない。

 ……だから。


 僕はミラーヌに言った。


「今の話だと、バラヌは僕の異母弟おとうとということだと思います。だったら、もう少し彼のことを考えてあげてください。お願いします」


 そう、僕は頭を下げた。

 他にできることがなかったから。

 今の僕には、バラヌを助ける力も、お父さんやお母さんの悔しさをぶつける方法も持ち合わせていなかったから。

 優先すべきは、アル様を王位に据えて、お母さんの心を元に戻すことだから。


 とても悔しかったけど。

 とてもとても悔しかったけど。


 僕はそうすることしかできなかった。

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