62.VS巨大芋虫/またはリリィお嬢様の暴走

 テルグスを旅立って、今日で11日目。

 僕らはいよいよこの旅最大の難所に突入しようとしていた。


 草原を抜け、目の前に広がるのは地平線の彼方かなたまで続く砂と岩の大地。

 そう、ここから先は砂漠。

 僕らが目指す場所――エルフの住むエインゼルの森林に向かうには、どうしてもこの死の砂漠を越えなければならない。

 順調にいけば徒歩5日で踏破できるらしいので、前世のサハラ砂漠ほど過酷ではないのだろう。土地そのものは。


 問題は、この大陸の砂漠には魔物が住むらしいということ。

 なんでこんな枯れた大地に住みたがるのか知らないが、巨大な芋虫やらサソリやらみたいなのや、人を惑わす悪魔のような存在まで様々いるらしい。


 僕らのパーティはアル様、レイクさん、キラーリアさん、リラ、僕、リリィ、ダルトさんに加え、案内人として雇ったデゴルアさんの8人。

 デゴルアさんは何度かこの砂漠を踏破したことがあるという男性。

 色黒でキツイ天然パーマの男性だ。色黒なのは日焼けしているだけでなく、そういう種族らしい。腰にはロングソードを携帯している。


「じゃあ、確認しておくぞ。俺が頼まれたのあくまでも案内。命の危険が生じたときは自分の身を守ることを優先させてもらう」


 デゴルアさんの言葉に、アル王女が頷く。


「ああ、それでかまわん」

「本当にいいんだな。何度も無茶だと警告はしたぞ」

「ああ」


 死の砂漠の案内人を探して、僕らは何度も断られている。

 案内人の人数が少ないというのもあるが、なによりも僕らのパーティが問題だった。


 曰く、


『女、子どもを連れて死の砂漠を行くなど正気の沙汰じゃない。悪いがそんな仕事は引き受けられん』


 だそうだ。


 そんななか、大金と引き換えにようやく見つけた案内人がデゴルアさんだった。


「そっちの嬢ちゃん2人が強いのは分かるよ。見ればな」


 アル様とキラーリアさんを見ながらデゴルアさんは言う。

 さらにレイクさんとダルトさんに視線をやる。


「男2人は体力なさそうだが、まあ自己責任だろう」


 そこでいったん言葉を止める。


「だがな……」


 僕、リラ、リリィを見て彼は顔をしかめる。

 今からでもいいから、子ども達は置いていけと言っているのだ。


 実際、チート持ちの僕と龍族の因子を持つリラはともかく、リリィはダルトさんと共に一つ手前の村で待つべきじゃないかという話もあったのだ。

 だが、リリィががんとして聞かず、アル様も微妙にリリィには甘いので、彼女もついてくることになった。


「大丈夫です。僕、体力はありますから。いざとなったらリラとリリィは僕が背負うくらいします」


 僕が言うが、デゴルアさんは冷たい目。

 彼には僕のチートは明かしていないので、7歳児が何を言っているんだと思われてもしかたないけどね。


「あんたの世話になんかならないわよっ。私は足手まといじゃないわ」


 リリィが言う。リラも同じ気持ちらしく、言葉にこそしないものの引き返すつもりはなさそうだ。


「わかった。そこまで言うならもうめねぇよ。警告はしたからな。あとは自己責任だ」


 ---------------


 砂漠の旅というのは思った以上にキツかった。

 当初、日差しが強いのだからと帽子を用意したのだが、デゴルアさんに『砂漠をなめているのか』と言われ、僕らは全員でっかいフードで体を覆っている。

 実際、それで正解だ。

 強すぎる日差し、砂混じりの風、これで日が沈むと逆に一気に寒くなるという。

 帽子と長袖長ズボンで防げると思っていた僕らは甘すぎた。


 しかし、不思議だ。

 僕らが目指すエインゼルの森林も豊富な水がある場所にもかかわらず、森林は四方を死の砂漠に囲まれているらしい。

 最初は森林といいながらオアシスみたいなところなのかと思っていたが、話を聞くにそんなものではなく、本当の森だという。

 一体、どんな地理や気候ががあれば、砂漠がドーナッツ状に出来上がるのか。


 僕がその疑問をレイクさんにぶつけると。


「なんでも、エインゼルの森林やドラゴンレイクはエルフ族の巨大な結界に守護されているそうです。アル様が以前教皇猊下から受け取った伝手というのは、結界を突破するための術式と許可状です」


 要するに、本来は大陸中央に巨大な砂漠があるだけだったが、その中央にエルフが巨大な結界を張って森を作り、さらにその森の中央に龍族が住む湖があるということらしい。


「なんで、そんな場所にエルフは住んでいるのよ?」


 尋ねるリラに、レイクさんは首をひねる。


「さて、私にもそこまでは。獣人と同じく人族との接触を嫌っているのでしょうけれども、だとしても厳重ですね」


 死の砂漠、結界、エルフによる守護、それを乗り越えてようやく人族は龍族と対面できる。


「おめえら、おしゃべりはそこまでだ。来たみたいだぜ」


 デゴルアさんが言う。


「来たってなにが……」


 言いかけた僕は、途中で言葉を止める。

 地面が揺れだしたのだ。


 ――地震?


 いや、ちがう。

 前方から砂の中を突き進んでくる何かかがいる。


 僕らの目の前で顔を出したそれは、直径5メートル、長さは40メートルはあろうかという、巨大芋虫の魔物だった。

 ヤツは口から黄色い触手のようなものをたくさん僕らを威嚇した。


「さあ、どうする? この砂漠にはこういう魔物がうじゃうじゃいるんだぜ。あ、俺は戦力に数えるなよ。戦いまで頼まれた覚えはないからな」


 どこか飄々とした声で、デゴルアさんは言う。


「キラーリア、行くぞ。レイクとダルトは魔法で援護を頼む。パド、お前はリリィとリラを護れ」

『はい』


 アル様の言葉に、僕とキラーリアさん、それにレイクさんとダルトさんが頷く。


「ちょっ、アルお姉様、私もっ!!」


 リリィがショートソードを抜き言うが、「いらん、足手まといだ」とアル様は言い捨てる。


「そんなっ」


 リリィが言う間にも、キラーリアさんは巨大芋虫に跳びかかって斬りつける。

 キラーリアさんの剣は巨大芋虫の腹(?)に刺さる。

 すかさずアル王女が大剣で別の場所をなぎ払う。


 傷ついた体表に、ダルトさんの炎の矢が突き刺さる。


「グギャァァァァァ」


 たまらず悲鳴を上げる巨大芋虫

 っていうか、この芋虫鳴くのか。


 ――と。


「ちょっと、リリィ、よしなさいよ」


 リラが慌てた声をあげる。

 2人の方を見ると、なんとリリィがショートソードを持って巨大芋虫の顔面にツッコもうとしていた。


「見たでしょ、スライムと違ってアイツは斬れる」


 いや、そうだけど。

 それはアル様やキラーリアさんみたいな達人級の剣士が背面から攻めたからで。

 正面から12歳の少女がツッコんで素直に斬らせてくれるほど巨大芋虫も甘くない。


「シュァァァア」


 うなり声を上げて、リリィに向けて大きく口を開く芋虫。

 そのリリィを見て、デゴルアさんが呟く。


「あーあ、あの女の子大やけどだな」


 ――大やけど?

 ――それはどういう意味?


 などと考える間もなく。


 巨大芋虫の口の中が、あかく輝く。


 ――まさか。


 僕の頭の中に浮かんだのは、前世の病室で見た映画の一場面。

 怪獣が炎を吐くシーンだ。


「リリィっ!!」


 僕は叫んで跳ぶ。

 ほぼ同時に、巨大芋虫の口内で炎が巻き上がる。


 ――やっぱりか。


 芋虫の口が大きく開き……


 ……そこに、僕は全力チートパンチをたたき込んだ。


 芋虫の顔は盛大にぶっつぶれ、青紫の体液が吹き出し僕の体を汚す。

 同時に、芋虫の炎が暴れ出し、やつ自身の体に着火した。


 ――ふう、危なかった。


 もう少しでリリィが大やけどしているところだった。


「もう、無茶するなよ」


 そう言って、僕はリリィに近づいたが。


「ふ、ふざけるんじゃないわよっ!! 私に恩を売ったつもり!? アンタの力なんてインチキじゃない。ただのチートよ!!」


 いや、僕の力がチートなのは否定しないけど。

 それにしても勝手に飛び出して勝手にピンチになって、助けられたのにこの言い草。

 僕もちょっとムカッとする。


「なんだよ、助けられたのにお礼くらい言えないのかよ!!」

「ふんっ。そうやって上から目線!? 神託だか200倍だか知らないけど、アンタなんか、アンタなんかっ!!」


 そこまで憎まれ口を叩くと、今度は『わぁーん』と泣き出すリリィ。


「い、いや、あの、リリィ……?」


 正直、自分が悪いとはとても思えないが、女の子に泣かれて良い気持ちはしない。

 とはいえ、かける言葉が見つからない。

 そもそも、リリィが何を怒っているのか、あるいは悲しんでいるのかも分からないし。


「心配するな、俺がなんとかする」


 そう言ってやってきたのはダルトさん。

 うん、ここは付き合いが長いらしい彼に任せるべきかな。


「ほら、リリィ、いつまでも泣いていないで立って……」


 そこまでダルトさんが言ったとき。


 ズゴ、バコ、ドゴッ!!


 リリィの3連発がダルトさんに決まる。

 ちなみに1発目が腹にグーパンチ、2発目が頬を平手打ち、3発目が顔面パンチである。


 ……しょっちゅう僕やリラに拳骨をくれたお師匠様ですら、顔面パンチはしなかったぞ。

 ほら、ダルトさん鼻血出しているし……


「ははは、リリィ少しは元気になった?」


 いや、これでよく笑ってられるな、ダルトさん。


「うるさいっ!! ダルトのくせに生意気よ!!」


 どこぞの音痴ガキ大将かよ……

 呆れかえる僕の肩をリラが叩いた。


「なに?」

「あとで、ちょっとリリィについて話すわ」


 そういえば、リラって初日にリリィと思いっきり喧嘩して、いつの間にやら仲良くなっていたっけ。


「うん、わかった」


 正直、我儘お嬢様のことはどうでもいいけど、リラに気を使って僕はそう答えたのだった。

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