52.闇を切り裂き、駆け抜けろ!!
ルシフに一方的に呼び出され、一方的に元の世界に戻った僕。
――今後もことあるごとにあの世界に連れ込まれるんじゃないだろうな。
そんな心配も頭に浮かぶが、今はそれどころではない。
アル王女達や、リラたちが『闇の獣』とでも呼ぶべき存在に囲まれていた。
おそらく、『闇』と同じく剣は効かない相手だろう。
――どうする?
確かにルシフの言うとおり、2ヶ所同時に助けることは今の僕には難しい。
どちらを優先するか。
命に優先順位なんてつけたくないけれど、それでも僕にとってはお母さんやリラやお師匠様の方が大切だ。
それに、アル王女たちは大人だし、お母さんのように心を失っているわけじゃない。倒せないまでも逃げるくらいはできるかもしれない。
――よし。
僕はリラ達の元へ駆け出し……
……しかし、すぐに足を止めざるをえなかった。
僕の行く手を阻むように、10匹以上の『闇の獣』達が姿を現したのだ。
――どうする? 迂回するか!?
が、気がついたときにはすでに前後左右囲まれていた。
――くそ、こいつら一体何のつもりだ!?
考えるまでもない。ルシフの指示だ。
僕をリラ達のところに行かせないための足止め。
『わかった。なら好きにしろ。そして後悔するがいい』
ルシフが最後に言っていた台詞。
――こういうことかよっ!!
リラ達の元へ帰り着いたとき、もはやお師匠様もリラもお母さんも『闇の獣』に食い殺され、僕は絶望する。それがヤツのやりたい演出!!
「ざっけんなぁぁぁ」
僕は叫んで、『闇の獣』の中に飛び込む。
「うらぁぁぁぁ!!」
襲いかかる『闇の獣』を殴って蹴って放り投げる。
――が。
僕が暴れると周囲の木々が倒れる。
それで冷静になる。
――だめだ。
――感情に身を任せるな。
――考えろ。考え抜け。
――今自分に何ができて、何をすべきなのか。
お師匠様は何度もそう言っていたじゃないか。
僕は大きく息を吸い込み、そして吐く。
少しだけ冷静になれた。
今すべきことはお師匠様達を助けること。
ここで大暴れすることじゃない。
――だったら。
僕は膝を折り曲げ、跳び上がる。
『闇の獣』達には羽がない。ならば上空から行けばいい。
前後左右を封鎖されたからといって、迂回できないと考えるのは馬鹿だ。
僕にはこの跳躍力があるんだから。
よし。
このまま小屋までひとっ跳び……
……と思った次の瞬間。
目の前に、黒い影がたくさん現れる。
――カラス?
瞬間、前世の世界の鳥を思うが、すぐに違うと気づく。
確かに黒い鳥だが、大きさも形も様々だ。
コックを真っ黒にしたようなヤツから、鷹を真っ黒にしたヤツもいる。
――つまり。
「『闇の鳥』か」
人型の『闇』、四足歩行の『闇の獣』がいたのだ。だったら『闇の鳥』がいたっておかしくはない。
だがどうする。空中では身動きがほとんど取れない。
――しかたない!!
僕は左手から漆黒の刃を伸ばし、ヤツラの群れを切り開く!!
何匹かは消滅し、何匹かは地面に落ちる。
だが、多勢に無勢。すぐに僕の四方八方から『闇の鳥』が襲いかかる。
尖ったくちばしで突かれ、鋭い爪で引っかかれ、僕の軌道は大きくずれて地面に落下する。
「くそっ」
『闇』に刺された右腕も、『闇の鳥』につけられた傷も、落下の衝撃も、全部痛かった。
でも、まだだ。
まだ耐えらえる。
僕は周囲を見回す。
見覚えはある。
3ヶ月走り回った場所だ。
小屋まで全力で走れば5分もかからない。
周囲に『闇の獣』はいない。『闇の鳥』達も上空を旋回しているだけだ。
――なら、今度は地上を駆ける!!
そう思って、僕が走り出そうとしたときだった。
小屋の方から、ものすごい光が広がった。
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その光はとてもまぶしかった。
その光はとても神々しかった。
その光はとても力強かった。
その光はとても熱かった。
その光は、命の輝きだった。
――なに?
――何が起きているの?
僕の胸の中に、なぜだかとても嫌な予感が漂う。
「くそっ」
――リラ、お母さん、お師匠様、無事でいて!!
僕は森の中を駆ける。
光は徐々に弱まっていく。
先ほどまでの力強さはすでになく、儚く消えていく。
急げ。
急げ。
急げ、急げ、急げ。
僕は駆ける。
小屋まであと1キロ。
偶然、アル王女達と合流した。
どうやら無事だったらしい。
彼女たちも、あの光を見て急ぎやってきたようだ。
「パドか、一体何があった!?」
「分かりません。とにかく急がないと」
僕は言って駆け出す。
アル王女とキラーリアさんがそれに続く。
枢機卿ラミサルさんや教皇さんはついてこれないスピードだったので、少し遅れる。
悪いけどかまっていられない。
2人が『闇の獣』に襲われたら申し訳ないけど、今はリラ達の方が心配。
それにしても、アル王女やキラーリアさんはすごい。
僕の200倍の力をつかった走りに平気で着いてくる。
アル王女は10倍の力を持っているらしいが、だとしても素晴らしい脚力だ。
むしろ、僕がおいていかれそう。
やがて、小屋にたどり着いたとき。
僕の目に飛び込んできたのは倒れたお師匠様にすがりついて泣くリラと、その後ろで沈痛な面持ちをしているレイクさんだった。
僕はふらふらした足取りでお師匠様に近づく。
「お師匠様? どうしたの、リラ、これ……」
リラは答えない。
ただ、涙を流し続けている。
「レイク殿、一体何が?」
やっと追いついたらしきラミサルさんが、レイクさんに尋ねる。
「アラブシ先生は、命を燃やされました」
――命を燃やす。
あの光は、お師匠様が命を燃やした光。
理屈や原理なんて分からない。
だけど、理解できることは――
「お師匠様!!」
僕は叫んでお師匠様の顔を触る。
リラは泣きながらお師匠様の顔をのぞき見る。
「……なんて顔をしているんだい、この馬鹿弟子どもが」
言ったお師匠様の声は、今にも消え入りそうだった。
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